王都de嘔吐
「行ってまいります」
今日は王都へ向けて出立の日。
男爵邸門扉の前で馬車に乗り込み、見送りを受けているところだ。
飛ぶ鳥跡を濁さず。
なら、どれほど良かったことか……
「ジークちゃーん!母を置いていかないでぇー」
僕が九つということは、丁度二十歳差のリベラはまだ二十代。
前世ではまだ女子と呼ばれる年頃だ。
感情をコントロール出来なくとも、何ら恥ずかしくはない。
「か、母様。置いていきません。それは戻ってこない人への台詞ですよ。僕は必ず戻ってくるので、笑顔で見送って下さると嬉しいです」
「ジーク…ちゃん……立派になって…。母は嬉しいです……これは嬉し涙なので、いいでしょう?」
「………」
ダメだ。僕には手の施しようがない……
「リベラ様。私と一緒にお待ちいたしましょう?そして、聞くのです。リベラ様のご愛息様がどれ程の活躍を王都でされたのかを」
「ロキサーヌ…様。はい!そうですわね!」
ここでもカーバインは空気。
是非とも、夫としての仕事をして欲しいものだ。
「じゃ、じゃあ行ってくる」
リーダーの合図とともに、馬車はゆっくりと動き始める。
徐々に屋敷から離れていくけれど、終ぞ残された二人の母と家人達の頭が上がることはなかった。
「父様、旅程ですが」
町を出たので、旅程の再確認を行う。
声を出して確認することで、記憶にしっかり刻まれるとのこと。
この確認は旅慣れているカーバインからの指示だ。
ちなみに馬車は箱型の立派なもの。
貴族はお金がなくとも張らなければならない見栄も多い。
これは他の貴族に対してでもあるが、領民や他の平民に対してのものでもある。
立場が上のものは下のものに馬鹿にされてはならない。
その様に振る舞うことも貴族としての勤め。
所謂青い血の宿命ってやつだね。
「ああ。間違いない。急な変更がない限り、それで行く。……もういいぞ」
鈍感なカーバインが変化に気付くほど、僕は顔に出していたのだろうか?
だが、渡りに船。
「わあーっ!ここが、町の外かぁ!」
「そんなに喜ぶとは思わなかったな…ただの山と森だぞ?」
「僕にとっては何もかもが新鮮なんです!茶々入れないで下さい」
僕の初めての外出。
いや、家の外には毎日出ているのだけれど。
初めて町の外に出れた。
これは九年間願ってきたこと。
その光景がどんなものであれ、興奮しないはずがないのだ。
僕は馭者席へと繋がる小窓を開き、外の景色を存分に楽しむのだった。
「おい…大丈夫か?」
馬車に揺られること半日。
今日の目的地である宿場町まではあと少しのところ。
僕は途中下車の旅ならぬ、途中下車のゲ◯をしている。
気持ち悪い……
馬車揺れすぎ……お尻痛い……気持ち悪い……うえぇ……
「だ、だいじょばないです」
「そうか。だが、意外なところに欠点が見つかってホッとしたぞ」
欠点って……乗り物酔いはどうしようもないでしょうが!
うえぇ……
カーバインが背中をさすってくれる。
その大きな手は、身体が子供の僕に大きな安心を齎す。
「少し…落ち着きました」
「そりゃ良かった。とりあえず、口を濯げ」
「ありがとうございます」
差し出された水袋を受け取ると、ゆっくりと口を濯ぎ、気分も取り戻すことが出来た。
「ぷはっ」
「よし。行けるな?」
「行けます…が、何か酔い止めの良い方法はありませんか?」
中身が子供ではないから我儘を言うつもりはない。
それでも、どうにかこの苦しみから脱したいと願う。
「オーラを使って身体を強化すれば酔いにくいが、既にしているんだろう?
他だと…薬草もあるが、この旅には持ってきていない」
「え?オーラを使えば酔いにくいのですか!?」
初耳なんだけど……
「知らなかったのか?どうも、耳の奥に酔う原因があるらしく、そこが強化されると酔わなくなるんだとか」
「初めから教えて下さいよっ!」
「…いや、何でも知ってるお前が、一番熱を入れているオーラのことで知らないとは思わないだろう?」
半ば八つ当たりになるが、苦しんだのだから許して欲しい。
あと、見た目は子供だし。
「ふぅ…」
体内のオーラを活性化させると、確かに酔いが治る気がした。
「あんまり強くオーラを掛けるなよ?最小限にしておかないと、次の街までオーラが持たないからな」
「分かりました。都度調整します」
身体の中のオーラを活性化させると、身体が強化される。
カーバインは恐らく三半規管のことを言っていたのだろうが、ピンポイントでの強化は難しいので全身に強化を掛けている。
正確には、オーラを循環させている。
このオーラを循環させる速さと、循環させるオーラの量により、身体強化の度合いとオーラの消費は変わる。
度合いについては、速さと量の乗算。
消費量は使うオーラが全体量の何%なのかで消費量が決まり、そしてそこに回復力などの別の個人差が含まれる。
つまり、持っているオーラが多いほど、オーラの消費が抑えられる。
逆に言えば、少ない人は消費量が高く、殆ど使えないということ。
レイチェル曰く、僕は多い方らしい。
そのレイチェルだけど、今は男爵領にはいないのだ。
そんなことを考えていると、僕にとって初めての別の町が見えてきた。
よし。酔わなかったぞ!
それが何よりも大きな収穫となった。
「おかしい…」
あれから更に旅は続き、遂に目的地である王都へと到着した。
今は王都への入場待ち中である。
「何がおかしいんだ?」
「魔獣にも襲われませんでしたし、高貴な方が乗る馬車も襲われていませんでした」
「…酔わなくなった代わりに、大事な物を失くしてないか?」
憐れんだ目で見つめないで下さい。
こちらは割と真面目なのですから。
「まあ、父様に言っても仕方ありませんね」
「お前、ちょくちょく棘のある言い方するよな…?やはりリベラの子だ」
「母様に告げ口一つ、と」
メモメモ。
今更取り繕ってももう遅いですよ?
「あ、進む」
貴族ということもあり馬車の検閲はすぐに終わり、暗い門から王都内へと景色は一変した。
「凄い!ファンタジーだっ!」
小窓から覗いた景色は、夢にまで見た憧れの北欧都市そのものだった。
ここからはまだ城は見えず、尖塔の先だろう細長い何かが見えるだけ。
しかし、周りの建物は先進的で魅力的な造りをしていた。
白い壁に木の柱、赤い屋根に小さく可愛いガラス窓が付いているお家。
道は白を基調とした、でもカラフルな石畳。
田舎の我が領内とは全く違う都会がそこにはあったのだ。
男爵領もアレはアレで趣があるんだよ?
「あれは…もしや、街灯?」
「流石だな。よく勉強している。そうだ。アレはオーラの結晶の力で、暗くなると光る街灯というものだ」
さては、勉強の中身を知らないな…?
そんなの習ってないけど、形から予想は誰でも付く。地球人ならね。
「とりあえず、その小窓を閉じろ。窓を開けてキョロキョロしていると、何を言われるかわかったものじゃないからな」
「貴族に誰がいうのです?」
「同じ貴族が噂するんだよ。あの家はお上りさんだとかな」
ああ…貴族のお家芸である、揚げ足取りというか、足の引っ張り合いですか。
「わかりました。時間はあるので、景色はその時に楽しみます」
「いや、遊んでいるような時間はないぞ?」
「時間は作るものです!」
といっても、ここから時間を巻くことは難しい。
「本日、謁見が不可能であれば、時間が出来ます」
「そうならないことを祈るよ。早く帰りたいからな」
「流石愛妻家ですね。先程の件は黙っておきましょう」
時刻は昼過ぎ、昨日年が明けているはずなので、城にさえ行けば、用は済んだも同然。
しかし、国王陛下並びに第二妃殿下の予定は未定。
そこがうまく噛み合ってくれないと、中々帰ることが出来ないのだ。
僕としては、噛み合わない方が嬉しかったりもする。
王都観光の時間が取れるからね!
ああ…城以外にもまだまだ見たいところがあるんだよね……
大聖堂のステンドグラスとか、冒険者ギルドアルバート王国本部とか。
色んな商店も見てみたい……奴隷商は未成年でも入れるのだろうか…?
「到着しました」
あれこれと期待に胸を膨らませていると、馭者の方が到着を報せた。
「降りるぞ」
「ごくっ…はい」
文字通り息を飲み、僕は馬車の扉へと手を掛けた。




