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悪魔降臨

 






 僕が剣術を学び始めたのは六歳を過ぎた頃。

『剣と魔法』じゃないけれど、『剣とオーラ』の世界で生まれたからには、やはり剣も触りたかった。


 それでも、オーラの修練に終わりはなく、特段行き詰まってもいなかったから剣への欲望はまだなかったのだけれど、その機会は突如として訪れた。


 切欠はカーバインだった。

 ううん。正確には、僕を見たカーバインの義弟から。


「どうしたっ!?切先がさがっているぞ!」

「ぐえっ!?」


 現在、その父弟からの剣の指導の真っ只中。

 長時間の素振りの後の乱取り稽古なので、体力切れから切先を下げてしまい、その隙を突かれた形で鳩尾に木刀の一撃を受けてしまった。


 現在振っている木刀には芯に剛鉄と呼ばれる芯材が使われており、その鉄は普通の合金よりも重く、木刀なのに真剣よりも重いという代物。


 そして、僕はまだ八歳。

 いくらオーラの習得が常人よりも早かったとはいえ、素の筋力は八歳児の範疇なのだ。


 技術面ではどうかしらないが、剣の才能面で優秀かと聞かれると首を傾げる程度のもの。


 勝てるわけがないのだ。


「うっぷ…げぇ…」

「呼吸を整えたらもう一本だ」


 げぇー。

 吐いた上に、心の中までゲンナリさせられる。


「あ、母様」

「えっ!?義姉上!?どこだ!?」


 叔父さんの唯一の弱点。それはリベラ。

 うん。ウチで勝てる人もいないから、みんなの弱点でもある。


「隙ありっ!」


 真後ろを向いてリベラを探している叔父へ向け、渾身の逆袈裟斬り。


 この世界に武士道、騎士道精神など存在しない。

 いや…騎士道精神はあるのかもしれないけど、僕はまだ知らないからいいんだ。


「甘いわっ!」


 カキィンッ


 先程まで反対側にあった木刀が、いつの間にか左側を守る形で僕の木刀を防いだ。


「ずるいっ!またオーラを使ったでしょ!?」

「後ろから躊躇なく斬りかかる奴に言われたくはないな」


 強いのだから仕方ないでしょ。

 元々大人と子供。

 その上、達人と初心者だよ?


「まあ、勘弁しろ。俺がオーラを使ったのは、お前が強くなった証でもある」

「…また一本も入れられなかった」


 かれこれ二年以上。

 僕はこの人から一本も取れていない。


 理由は単純で、この叔父さんが強すぎるから。


 大陸に八人しかいない『剣聖』の称号を持つくらいには。


「よし。次はお前の得意なオーラの指導に入る」

「漸くアドバンテージの一つを潰せるのか…」


 オーラには達人の域では様々な使い方がある。

 その一つを叔父さんは領域展開と言っていた。


 この叔父さんは人の話を聞かないから、僕も諦めてスルーしている。

 故に僕達は会話をしているようでそれは成り立っていない。

 そんな僕には拒否権などなかった。初めて会ったあの日から。











 ◇◆◇


「に、逃げろ!馬車から降りて走って逃げるんだ!」


 鬱蒼と繁る草木。

 森を切り拓いて作られたこの街道には、魔獣が時々出現する。

 それでは道として機能しないのではないのか?という疑問はご尤も。

 それでも人々の往来なしに人は生きていけないのだ。


 では、危険なこの道をどう通るのか。

 迂回するという方法を取る場合もあるが、迂回できない場合も多く、迂回はあまり推奨されていない。

 危険な道を通る場合には、強い人間を護衛に付ける。

 貴族であればそれが騎士であり、平民であればそれが冒険者であったり。


 魔獣はとても危険な存在ではあるが、人もそれほど弱くはない。

 それがこの世界の常識。


 ただ、今回に限り、敵は魔獣ではなさそうだ。


「くそっ!聞いてねーぞ!山賊がいるなんてよ!」

「今更文句を言っても仕方あるまい。迎え撃つぞ」

「何でザーリットさんがいない時に…」


 襲われているのは一台の馬車。馬車の前には燃え盛る倒木が道を占領していた。

 その馬車を護衛しているのが冒険者だというのは、不揃いの装備を見れば一目瞭然。


 そして、今にも襲い掛かろうとしているのは同じ人間。

 覆面から人種は定かではないものの、こちらも覆面から服装装備まで不揃いなので、賊の類でまず間違いないだろう。


 三人いる冒険者だが、最後に声を出した女性が指し示す人物は、恐らく彼らのリーダーか先達の頼れる人なのだろう。

 しかし、今はこの三人で対処する他ない。


 逃げろと言っているが、馬車の外にも逃げ場などないのだから。


 盗賊は馬車を完全に包囲している。

 その数、十五人。

 馬車内には戦いを生業としているものはいない。

 つまり、数が劣り、足手纏いは沢山いる状況。


 絶体絶命とはまさにこの状況の為の言葉だろう。


「抵抗すれば楽には死ねん。男は四肢を壊し動けなくした上で、拷問の練習台となってもらう。女は捕まえた後に死ぬまで犯す。

 だが、武器を捨てるなら別だ。

 男は楽に殺してやる。女は奴隷として第二の人生が待っている。

 よく選べ。100数えるまで待ってやる」


 賊の中から身の丈2mの大男が前に出てきて、宣戦布告した。

 到底飲めない条件に聞こえるが、実はかなり寛大な処置ではある。


 誰も死にたくはないが、不死を選べないのであれば最期くらい痛みの少ない人生でありたい。


 それは何も恥ずかしくない選択。


 女性も同じく。

 ただ犯され惨たらしい死を待つくらいなら、いっそ奴隷になる方がマシだろう。


 そもそも、賊がこの様な条件を突き出すことが稀である。

 だからこそ、この冒険者達も動けないでいた。

 恐らくこの賊は手練れ。

 これまで証拠を残すことなく仕事をやってのけてきたのだろう。

 この提案は自信の現れであると共に、最期の慈悲なのだ。


「時間だ。答えを聞こう」


 大男は身の丈ほどもあるハルバードを構えて最後通牒を行った。


 そこで事態が急変する。


 この馬車には普通乗っていないであろう人物が乗っていたから。


「答えはNOだ。大男」

「…この冒険者の仲間か?」


 大男の言葉には冒険者達三人が首を振って答えた。


 馬車から飛び降りてきたのは一人の偉丈夫。

 歳は20後半くらいか。

 鈍色の長髪を後ろで縛り、無精髭も目立つ。


「聞いていたぞ。賊にしては中々粋な心を持っているな。だから、殺すだけで勘弁してやる」

「…どうやら、馬鹿者らしい。交渉は決裂だ」


 大男は声も大きく、よく通る。

 幌で隠された馬車内まで聞こえたのだろう。中からは悲鳴に似た声が小さく幾つも漏れてくる。


「女は捕えろ!男は生かすも殺すも好きにしろ!行くぞ!」

「「「「おおおおっ!」」」」


 地鳴りのような大男の掛け声に、これまた地鳴りのような雄叫びで賊たちが応え、馬車へ向けて走り寄る。


「ちっ!仕方ねぇ!やるぞ!」

「おうよっ!華々しく散ろうぞ!」

「初めては…好きな……もうっ!行くわよ!」


 冒険者たちが散開しようと動き出すまさにその時、鈍色髪の偉丈夫が声をかける。


「お前達三人で馬車を守れ。死ぬ気でな」

「え…」

「何を…」


 男性冒険者二人は急な命令に立ち止まり、女性冒険者はつんのめり危うく転びそうになった。


「こんな奴らでも仁義を通してきた。ならば無駄に痛めつける必要もない。

 一閃確殺(いっせんかくさつ)流を受け継ぐものとして、一振りであの世へ送ってやろう」

「…一閃…」

「まさか…あんた…」


 どうやら、冒険者達には聞き覚えのある流派の様子。


 その言葉を残し、男の姿は消えた。



 男の残像の後に残るは賊の骸。

 光が通り過ぎただけ。それだけで仲間達が屍へと変わる光景。


 それを見た大男はハルバードを下げて下を向き・・・笑った。


「…まさか、こんなところでこの様な達人と相見えるとは。

 名を聞かせてくれ」

「良いだろう。俺の名はアルバート・オーティア。師匠から剣聖の称号を賜っている」

「け、剣聖アルバート……通りでこのザマか。はは。そうか。ここで終わりか……」


 終わりといった割に、大男はハルバードを構え直している。


「賊とはいえ、俺も武人の端くれ。いざ、尋常に勝負!」

「さらばだ。名もなき戦士よ」


 勝負は瞬きの間に終わる。

 その終わりを告げたのは、納剣時に発生する甲高い鍔鳴りの音だった。









「聞いたぞ?賊から領民を守ってくれたんだってな」


 ここは男爵邸執務室。

 そこにいるのは先程の剣聖とカーバイン・オーティア男爵。


「そんなことよりも義兄上(あにうえ)

「いや…賊が出たんだぞ…?」


 剣聖アルバート・オーティアは男爵の義弟であった。

 元々は姓を持たない平民出だったが、オーティア男爵令嬢と婚姻するにあたり、オーティア姓を授かる。

 そして王国と同じ名前だが、それは割とポピュラーだったりもする。

 特にこの国の国祖であるアルバート自身も、剣術の達人だったと言われている人物。

 子供に強く育つようにと名付ける親は少なくなかった。


「それよりも義兄上」

「…わかった。聞こう」


 長い付き合いではないが、アルバートが人の話を聞かないことくらいはカーバインも知っていた。


「アレはなんだ?」

「あれ?…アレと言われてもわからん」


 カーバインがそう伝えると、アルバートは執務室の窓辺に寄り、ある一点を指し示す。


「ああ。アレは俺の息子だ」


 アレとは、ジークリンドのことだった。


「そうか」

「ジークがどうかしたのか?」


 何かしでかすのはジークリンドの専売特許である。

 今回も何かしたのかと、カーバインのコメカミがギリリと痛む。


「アレを…ジークが欲しい」

「…なに?」


 実の妹が連れてきた婚約者はまさかの剣聖だった。その時に匹敵する驚きがカーバインを襲う。


「無理だ。いくらアルバートの頼みとはいえ、跡取り息子はやれん」

「わかった」


 わかるんかいっ!

 そんな声が聞こえてきそうな表情をアルバートへと向ける。


「では、手解きなら許すか?」

「…まあ、良いだろう。その代わり…」

「感謝する!では!」


 そう言うと、アルバートは執務室を光の速さで退室するのであった。


「リベラの説得はアルバートに任せる……って、もういないか」


 カーバインは開きっぱなしのドアを見つめて呟く。


「俺は知らんからな」


 と。

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