天使降臨
「紅茶の生産は順調だし、今日は久しぶりに町へ繰り出そうかな」
あれから暫く。
既に紅茶の配る分と売る分の生産の目処は立っている。
売れなければ町で消費してしまえばいいし、売れたとて現時点では大量に売るつもりもない。
希少価値が出れば労力少なく利益を出せるからね。
痺れを切らした貴族が真似をしてきても構わない。
そうすれば新たな紅茶が出てきて、僕がそれを飲める機会も出てくるかもしれないしね。
というわけで、久しぶりに時間が出来た。
気分転換も兼ね、町へ向かうことに。
「あれは…」
宿やギルドが立ち並ぶエリアを越え、民家が並ぶ場所で見かけたのは。
「おーい!ジークくーん!」
「お!ジークじゃん。久しぶりだな」
二人に気付くと向こうもほぼ同時に気付いたようで、こちらへと近づいて来る。
「久しぶりだね。ベーグル、レーズン」
「久しぶりー!」
「やっぱり年下感ねーな…」
見た目は子供なんだけどね。隠しきれないダンディズムが……
「今日は何してるのー?」
同い年のレーズンが上目遣いで聞いてきた。
身長差で仕方ないとはいえ、これだけ可愛げがあればご両親もさぞ心配だろう。
色々と。
「散歩だよ。二人は?」
くりくりのお目目に、クルクルした癖のある茶髪。
その頭を撫でながら答える。
やはり、同い年扱いは出来そうにない。
「俺達はこれから畑の手伝いに行くとこ」
「そうだよー!えらいでしょー!」
「えらいね。畑って、この前飲ませてくれたお茶の?」
僕は知っているけど、この二人は知らないからね。
「ああ、そうだぜ」
「ジークくんもおいでよ!楽しいよ!」
「いや、作業を楽しんでるのはレーズンだけだろ…」
ふむ。生産元の確認も大切な仕事だよね?
今は収穫時期でもないから、他の作業をしているのだろうか?
「お邪魔してもいいかな?」
「いや、いいけどよ…楽しくはないぜ?」
「やったー!」
こうして、僕は二人について行くこととなった。
手伝いに行くとそこには見事な茶畑があり、二人の両親がせっせと汗を流していた。
秋とはいえ、動くとまだまだ暑いからね。
「お召し物が汚れてしまいます…」
領主の息子とはバレていないようだが、そこは大人。
身に付けている物と物腰から、どこかのお坊ちゃんだとバレたようだ。
「いえ、楽しいので」
事実少し楽しい。
今している作業は、次の新芽の為に邪魔な茎や害虫を取り除く作業。
そして、この世界では秋でもしっかりとした一番茶が収穫出来るそうな……
恐らくオーラのお陰なのだろうけど。
「それにしても、とーちゃん。今年はえらく張り切ってるじゃん。いつもは春まで他の畑ばっかりなのに」
「ああ…それか。何故か領主様が茶葉を買い取ってくれてな。もしかしたら、ずっと定期購入してくれるかもしれない。
そうなれば、冬も夏も関係なくこの茶畑の仕事だけで暮らせる」
そうか。確かに贅沢品であるお茶は、一定量しか売れない。
これまでこの町の需要範囲内しか売れず、作らず。
それだけでは食べていけないから、別の作物を作って生計を立てていた、と。
「じゃあ、家で食べる野菜はどうするんだよ?」
「それは買えば良い。これからはな」
買えば、この町の農家が潤う。
そしてその農家が……
といった具合に、町の景気が良くなればいいなぁ。
そうなれば、レーズンやベーグルだけじゃなく他の領民の子達も気兼ねなく遊び、また学べる。
貧すれば鈍する。
逆もまた然り。
「マジで!?じゃあさ!成人したら剣を買ってくれよ!」
「ああ、良いとも。それまでちゃんと手伝いをしていればな」
「よっしゃっ!俄然やる気出てきたぜ!」
剣。
僕も欲しいけど、まだ許しが……
「聞いたか!?ジーク。剣だぜ、剣!」
「聞いたよ。良いなぁ。でも、どうして剣が欲しいの?」
「そんなの決まってるだろ!冒険者になるためだぜ!」
冒険者。
この世界には、冒険者と呼ばれる職業がある。
役人などもそうだが、冒険者にも様々な仕事があり、雑用や傭兵のような仕事もある。
その中でも代表的な仕事は魔獣害獣討伐と護衛。
簡単に言えば、お金が貰えたらなんでもする御用聞きのようなもの。
その御用を聞くのが冒険者組合。
そこに依頼を出せば、受けてくれる人が出るのを待ち、そして依頼が完遂されるのを待つだけ。
カーバインも公共工事の人手が足りない時は、冒険者を使うこともあると言っていたので、本当に便利屋なのだろう。
勿論、依頼内容と報酬が釣り合っていなければ誰も受けてくれないし、そもそもそういう依頼はギルドが受け付けない場合もあるのだとか。
話は長くなったけど、要は……
「ロマンだよね……」
「おっ!わかるか!?流石ジークだぜっ!口調は変だけど、お前も男だもんなっ!」
「…口調は変じゃないよ?」
仕方ないだろ?
こっちには前世の記憶があるし、貴族としての教育も受けてるから、言葉選びに気を使って逆に変になる時もあるんだよ……
「でも、命懸けって聞くよ?」
「当たり前だろ?こっちは剣を持っているんだ。敵が魔獣か賊なのか知らないけど、向こうの命を奪うんだから、こっちが失くすこともあるだろ」
「…ふーん」
凄い。
単純な思考回路だけど、的を射てる。
これをたった十歳が覚悟出来る世界に僕は生まれたんだな。
でも、褒めない。なんかムカつくから。
だって、僕が前世で四十年持てなかったモノをたった十歳のベーグルは既に持っているんだもん。
「あれ?でもさ」
「なんだよ?」
「ベーグルが冒険者になったら、この茶畑は誰が継ぐの?」
世襲制は貴族だけ。
とかならわかるけど、平民でも親の財産は受け継ぐことが出来る。
売るつもりなのかな?
「レーズンが男を捕まえてくれば問題ないだろ?」
なんと…他力本願……
だけど。
「何処の馬の骨とも知れない奴は、僕が認めませんから」
「お前は一体どの立場なんだよ…」
何とでも言ってください。
恐らくご両親も同じ気持ちですよ?
その後もどうでもいい話で盛り上がり、仕事もひと段落ついたようなので僕は家路に就いた。
「ただいまー。なんて言っても、誰も応えないよね」
平民は知らないけど、貴族に『ただいま』『おかえり』『いただきます』『ごちそうさま』などの挨拶は存在しない。
代わりでもないけど、『おやすみ』と『おはよう』は普通に使っている。
それはウチだけかもしれないけどね。
「おかえりなさい!おにいちゃん!」
しかし、今日は違ったみたいだ。
天使。
そう。
ウチに天使が降臨なされた。
「マイスイートエンジェル!今日も世界一可愛いよ!」
「まいすぅい?」
出迎えてくれたのは、四歳になった僕の妹。
「テスラ、今日は何をしていたのかな?」
本物の天使なのかもしれない。
だって、肩車をしても羽が生えているかのように軽いんだから。
「もじのれんちゅうと、おままごと」
「おお!それは偉いね。テスラはもう立派な淑女だね」
「れでー?」
おままごととは、恐らくお茶会の練習のことだろう。
僕以外がテスラと遊んでいるところを見たことがないからね。
それは仕方のないこと。
生きることで精一杯のこの世界で、大人が子供の遊びに付き合うことは人々の常識外にある。
それに釣られてかどうかは知らないけれど、王侯貴族でもそれは同様。
でも僕達は兄妹だから、なんの問題もない。
テスラを肩車したまま、屋敷中を夕食時まで歩いて回るのであった。
「はあ?剣が欲しい?」
夕食時。僕は抑えきれない欲望をカーバインへとぶつけた。
そこですぐさま反応したのがカーバインではなく過保護なリベラであることは言うまでもない。
厳しい視線をカーバインへ向けると、それに頷いて応えたカーバインが言葉を続ける。
「言っただろう?剣は課題を達成してからだ」
僕は既にこのお願いをしていた。
そして、今回も同じ答え。
「課題って…八歳児がおじさんに勝てるわけないでしょっ!?」
僕は叫んだ。この世の理不尽に立ち向かわんと。
勿論、今日もおねだりは失敗に終わった。




