ごく普通の日々
八歳になった僕は外出許可を取得していた。
そう。聳え立つ、あの憎っくき塀。
あの塀を許可なく通ることが許されたのだ。
「リアルな門限はあるけど、やっぱり自由っていいよね」
リアル門限。
その名の通り、門が閉まってしまう。
その時刻までに帰らなければ外出許可は取り上げられる。
そんな恐ろしいことを許容出来るはずもなく、今日までしっかりと門限を守っているのだ。
ちなみに、門限は日没。開門は日の出。
これはオーティア男爵領であるこの町の衛兵が行なっている。
「うむうむ。今日も皆、頑張っているね」
まるで視察。最近ハマっている遊びはこの視察ごっこだ。
町の外側には高さ5mの外塀があり、それが町をぐるりと一周している。
その東西に町へ出入りする為の門があり、その開閉も門限と同じく。
町には石畳…などなく、踏み固めた土が剥き出し。
都会は石畳が普通にあるようなので、単に税収の問題なのだろう。
男爵家の財で石畳を貼れても、それを維持する費用がこの町の税収では捻出出来ないのかもね。
まあ、風情は少しないけど、不満はそれくらいかな。
そして、その町の中心にある丘。そこに僕の住む男爵邸があるのだ。
人口二千人に満たない町だから、今では殆どの人に見覚えがある。
「向こうは見ず知らずの子供なんだろうけどね」
何故なら、身分を明かしていないから。
これは止められている訳ではなく、自発的に行っているもの。
理由は二つ。
立場をひけらかしたくないから。
もう一つは、素の町を、人を見てみたいから。
そんな風に、領都とは名ばかりの田舎町を闊歩していると、声が聞こえてきた。
「だから!着いて来んなっていってんだろ!」
「嫌だっ!私も行きたい!」
痴話喧嘩か?そう聞こえそうな会話だけど、声は随分と若そうだ。
「あの路地から聞こえてくるな」
僕は好奇心に負けて、家と家の隙間にあるその路地へとふらっと立ち寄ることに。
「おい、早くいこーぜ」
「離せよ!置いていかれちゃうだろ!」
「嫌だ嫌だ!私も行く!」
そこで見たのは、三人の男の子と、一人の女の子だった。
歳の頃は男の子が八歳くらい、女の子が六歳くらいだろうか。
その女の子は地面に腰を下ろし、一人の男の子の手を引いている。
どうやらこの二人は兄妹のようだ。
「カレン!いい加減にしろ!」
「きゃっ!?」
堪忍袋…と言っても子供だからか。すぐに怒りゲージが溜まり、女の子の手を乱暴に振り払う。
女の子は後ろ向きに倒れ、そのまま……
「うぇぇぇん」
泣き出してしまった。
「おい…どうすんだよ?」
兄の友人だろう一人が問いかける。
「…放っておいても大丈夫だろ。いこーぜ」
何度もいうが、ここは田舎町。
同年代はそう多くない。
ましてや十に満たない子供達だ。
その足で届く距離も知れているので、同年代の小さなグループが点在していても関わりは少ないのだろう。
故に、女の子の遊び相手はこの三人だけ。
それに着いていかなければこの子は一人ぼっち。
「はあ…仕方ないか」
今は僕にとって、この世界を知る為の貴重な時間。
それを他人に使うなんて余裕はない。
ないけれど、余裕は作るものでもあることを、前世で学んでもいた。
「待って」
僕は男の子達へ声を掛けた。
「誰だ?見ない顔だな」
「他所の地区の子だろ。なんだよ?」
この町に別の子供達のコミュニティがあることは知っているんだな。
「その子も連れて行ってあげて。お兄ちゃんなんでしょ?」
上の兄弟は下の兄弟を守るもの。
そして、下の兄弟は上の兄弟を尊重する。
そうしないと、弱い子供達は生き残れないから。
でも…今は、違う。
今世の僕は子供だけど子供じゃないんだ。
周りの子供達を手助けするくらいの余裕はあるつもりだ。
「妹がいると出来ない遊びもあるんだよ。わかるだろう?」
返してきたのはこの子の兄ではなく、一番大柄な男の子だ。
そして、それは悪い遊び…といっても、子供のすることだから大したことはなさそうだし、多少の危険を伴う遊びくらいは目を瞑ろう。
僕もそうしたいけど、失うものの大きさを知っているから出来ないんだよね。
それに中身は純粋な子供でもないから我慢も出来る。
『いつか、大人になってからしなさい』
保護者がよく使う言葉。
そのいつかの長さを知っているかどうかは大きな差だよね。
もう一つは『足手纏い』という理由。
この頃の男女に性差はあまりない。
ただし年齢差はそれとは比べようもないほどの壁を作る。
今回はどっちだろうか。
「君はこのグループのリーダーなのかな?僕はこの子のお兄さんに言ってるんだけど」
「なんだよお前。こっちにはこっちのやり方があるんだから口出しすんなよ」
「それは小さな女の子を泣かせてまで守らなきゃいけないやり方なのかな?」
子供に口で負ける気はしない。胸は張れないけど……
この場合、結果は二通り。
口で勝てないと考えると、短絡的な子供は力で解決しようとする。
それは時に暴力であったり、親や周りの借り物の力だったりする。
もう一つは……
「ちっ。やめやめ。帰ろーぜ」
諦める。
良かった。力で来られても困るもんね。
オーラを使えるとも思えないし、その場合にはこちらも使うわけにもいかないし。
そうなると体格と数で、負けるのはこっちだ。
殴られても我慢できるけど、それがバレると大事になってしまう。
貴族に手をあげた。
その子は良くて奴隷落ち……
本当に良かった。
二人を見送ると、改めて女の子に視線を向けた。
「ごめんね。僕のせいでお友達が帰っちゃって」
女の子を連れて行って欲しかっただけなのに、結果は散々。
遊びそのものがなくなってしまったのだから。
「ううん!お兄ちゃんがいるから!」
「そう。じゃあ良かったね」
女の子は嬉しそうにそう告げる。
「良くねーよ。折角町の外に出られたのによ…」
「外に出るつもりだったんだ…やめて正解だよ」
「大丈夫だ。年上の人達もよく抜け出してたんだから」
結構危険な遊びだったので詳しく聞くと。
その年上の人達っていうのは、少し大人になってそんな遊びをしなくなった。
それまでは年下の自分達は邪険にされてそこでは遊べなかったけど、いなくなったなら今度は自分達の番。
前世でいうところの、公園の遊具の取り合いみたいなものだ。
危険度は段違いだけど。
「そうなんだね」
「ああ。ところでお前は何処の地区なんだ?見たことない気がするけど、もしかして移住者か?」
しまった。こちらが一方的に質問していたから忘れていた。
答えない…というのは、不義理に感じちゃうね。
「移住者じゃないよ。ただ、最近までは家に籠っていただけだよ」
嘘はついてない。
「あん?変わってるな。ま、いいか。俺はベーグル。よろしくな」
驚いた。
遊びの邪魔をしたのに、こうも友好的な態度で来るとは……流石お兄ちゃん。
いつもは我慢しているんだろうな。色々と。
差し出された手を握り、挨拶を返す。
「ジーク…だよ。八歳だから同い年くらいかな?よろしくね」
「八歳!?妹と同い年じゃねーかよ。大きいな」
そうか!
これまでの僕の生活は健全そのものだった。
夜寝て早朝に起き、平民よりも栄養価の高い物をお腹いっぱい食べ、遊びよりも身体作りが目的の運動を倒れるまで行ってきた。
大きく育たないはずもない。
これまでは自分のサイズ感でしか年齢を判断出来なかったけど、これも収穫かな?
名前は誤魔化した。流石に貴族っぽ過ぎる名前だからね。愛称をそのまま名乗ることもあるみたいだし、不義理ではないだろう。
「俺は十歳だから、兄貴って呼んでもいいぜ?」
「はは…それはやめとくよ…」
将来恥ずかしくなるやつだよ?
「私っ!私はレーズン!同い年だよ!よろしくね、ジークくん!」
「うん。よろしく」
なんとキラキラした目をしているのか……
僕には眩し過ぎるよ……
レーズンの小さな手をそれよりも少し大きな手で握り返した。
「身体がデカいせいか、年下って感じしねーな!ジーク、ウチに来いよ。何もないけど、お茶なら沢山あるぜ?」
「お茶?」
何故にお茶?その歳で実は社交界デビューしてるとか?まさかね……
「お父さんとお母さんが作ってるお茶っ葉なのっ!美味しいよ!」
「そうなんだね。じゃあ、遠慮なくお呼ばれしようかな」
「よし!そうと決まれば行くぞ!」
おー。
小さなお姫様の機嫌は直り、元気よく返事をしていた。
領民の生活を見るのは良いことだし、その茶葉も気になるので着いていくことに。
「はい!ジークくん!どうぞ。お兄ちゃんも」
ベーグルについて行くこと二分。
一軒の民家に辿り着いた。
外観は普通の木造二階建て。
塀も庭もないけど、四人暮らしなら十分なお家だ。
中に入るとそこはリビングダイニング。
椅子を促されたので着席して待つこと十五分ほど。
慣れた手つきでお茶を入れてくれたレーズンから木のコップを受け取る。
確かに、良い香りがする。
これがティーカップであれば、ウチで出されても不思議じゃない香りだ。
「うん。…うん?」
美味しい。
確かにそう伝えるつもりだった。
仮にこれが美味しくなくても。
しかし、言葉に詰まる。
「ど、どうしたの?」
「なんだ?まさかウチの茶が不味いとか言うなよ?」
「違う」
レーズンは何か失敗したのかと焦り、ベーグルは既に怒っていそうだ。
それなのに、僕はそっけなく返事をした。
何か……何か引っ掛かるのだ。
「…そうか。緑茶じゃないんだ」
「はあ?」
「りょくちゃ?」
違和感があったのは、飲んでいるお茶の渋みと雑味。
「ううん。気にしないで。美味しいよ。ありがとうね、レーズン。ベーグルもありがとう。誘ってくれて。お陰で美味しいお茶に巡り会えたよ」
「呼び捨てかよ…ま、俺は心が広いから許してやるけど」
「よかったぁぁ…」
呼び捨ては許して欲しい。
僕達はもう友達だろう?




