第1話. ねぇ君、異世界転生してみない?
深夜零時。街灯の明かりが仄かに照らす道に一つの影があった。
スマホをポチポチと弄りながら歩く姿は昼間であれば非難の視線を向けられたことであろう。
彼女の名は八代百花。この物語の主人公になるものである。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「うわっ、周年グッズビジュ最高。」
「あぁ~、あと3時間、いや、1時間早く終わればリアタイできたのに~!」
ブラック企業に就職している彼女にとって、泊まり込みにならず帰宅できるというだけ奇跡というものだが、それでも推ししか勝たんな彼女にとっては呻きたくなるものである。
歩きスマホによって視野が狭まるのにもお構いなしに彼女は画面のグッズに釘付けになる。
大好きな推しの姿を眺めながらニヘヘと気持ち悪い顔を浮かべていると、突然画面が暗転した。
プルルルル
「…」
プルルルル
「…」
プルルルル
「………はぁ、」
不愉快な着信音が鳴り響く。
先ほどまで幸せ満天であったはずの画面はあの忌々しい上司からの着信を示すものに変わっていた。
もちろん、今が大きなプロジェクトの途中で、この時間まで上司が残って仕事しているというならば出るのもやぶさかではないだろう。
しかし、実際にやっているのはただのゲームである。それも子供がやるような。確かミズノカミ血風譚みたいなやつだった気がする。しかも執務室という名の自室に経費で購入したふかふかのベッドがあるのだから腹立たしい。百花たち下々の者どもは仮眠室もないので机に突っ伏して死んだように眠るというのに!なんという格差だ!呪われろ!あのくそったれパワセクハラ上司め!
うぉっほん。少々話がずれたようだ。
というわけで百花はそんな上司からの電話には絶対に出たくなかった。
「(でもな~、明日言われるよな~、そしていつも以上に仕事が降ってくるよな~、)」
腹立たしいが、奴は一応上司なのだ。電話を無視すれば翌朝絶対にどやされる。めんどくせ。
そうして葛藤の末に彼女は電話に出てしまった。
「はい、八代です。」
「ねぇ君、異世界転生してみない?」
「…」
は?