この宇宙を駆け抜けて...(2)
RA-X13──ローマ神話における冥界を司る神〝プルートー〟の別名を敢えて付けられた鋼の巨人が、ドック補給船フォート・ヴィクトリアの解放されたRAデッキの搬入出口から、その禍々しい姿を現した。
標準的なRAを遥かに凌ぐ巨躯 (全高18mのウォリアーに対し全長25m)が、宇宙軍正式採用のRAカタパルトに乗らないからだ。
リオネルによって目覚めさせられた〝規格外〟の重RAは、可搬重量一杯の兵装と共に、強襲巡洋艦コモンウェルスの開放RAデッキにワイヤーで繋がれた。
ダークブルーに塗られたその姿は、当に〝冥界の王〟の名に恥じぬ空気を纏っており、最終決戦前の緊張の度合いを弥が上にも高めている……。
こうしてRA-X13を受領し、武器・弾薬等を補給したコモンウェルスは、僚艦となった〝ミナーヴァ〟〝トールボット〟の2隻の巡洋艦と共に、最も主戦場に近い機動戦力として、現在は大質量弾そのものとなったスペースコロニー、ヘクセンハウスを追っている。
一方、ヘクセンハウスを守る側もまた、その内部では、それぞれの思惑が渦巻いている。
ミュラトール商会の会頭の肩書で行動していたホレイシオ・メレディスは、途中、重要な任務で送り出したミレイア・ダナが消息を絶った際、自らRAを駆って救出に出ている。
図らずもこのとき、リオとメレディスは同じ空域ですれ違っていたのだが、このときには双方が救難者の揚収に徹したこともあって何も起こりはしなかった。(……クワバラクワバラ by同じシーンに居たフラグ待機組。)
その後メレディスは、速やかにヘクセンハウスの周辺を固めているA-Bの主力艦隊に合流している。
*
A-Bの首魁として旗艦〝アミラル・デュプレ〟の艦橋に在ったイニャーツィオ・カッペッリ大佐は、入室してきた軍服姿のメレディスを席を立って迎えた。メレディスは、暗い髪色の少女……ミレイア・ダナを連れている。
「早かったな。新型のRAB-08が6機に、RA-X15P…──この増援は心強い」
「いや、シュヴァリエは5機だ。途中で1機を失ってしまった……すまない」
上機嫌のカッペッリに、メレディスは手土産として持ってきた新鋭機動兵器が道中で1機失われたことを詫びる。カッペッリは気にするふうでなく続けた。
「いや、5機であろうと君が来てくれたことこそが大きい。その5機は君の操るプロセルピナと共にこのヘクセンハウスの最終防衛線に配置させてもらう。頼りにさせてもらうぞ」
その言葉を耳にしたとき、メレディスは口許を薄く歪めてみせたろうか……。
だが、彼が口にしたのは殊勝な言葉であった。
「プロセルピナは私ごときでは性能を十分に発揮できない。パイロットはこの娘だ」
その言葉に側に控えるミレイアが〝姿勢を正す敬礼〟をする。
カッペッリは、値踏みするように少女の細い身体を見遣ると訊いた。
「──…〝国家の子供〟か?」
「はい」
「期待しよう」
簡潔に応えた少女に、A-Bの首魁を演じるカッペッリもまた肯いて返した。
*
一方──。
コモンウェルス、ミナーヴァ、トールボットの3隻の宇宙巡洋艦で臨時に編成された巡洋艦戦隊は、月の重力に引かれたヘクセンハウスとそれを取巻くA-Bの主力艦隊を、いま攻撃圏内に捉えようとしている。
連邦軍の戦力は各ラグランジュ点に分散しており、さらには〝どの部隊がA-Bに内応しているかすら判らぬ〟中、戦力の有効な集中運用を見込めなかったが、さりとて3千万人が暮らす月面第二の都市を見棄てる、という選択肢はなかった。
連邦宇宙軍諸隊の各指揮官は、当に現場の判断で大質量兵器と化したヘクセンハウスを追っている。
直前の事前確認では、コモンウェルスRA隊は第1波の先鋒としてA-Bの艦隊を排除し、後続の主力と工兵隊がコロニーに取り付く血路を開くものとされた。
出撃の直前で慌ただしいRAデッキを流れて行く各パイロット…──。
その中の一人となったリオネル・アズナヴールは、他のパイロットから離れ、解放RAデッキに唯1機ワイヤーで固定された重RAディース・パテルへと流れて行く。
コクピットに収まったリオが最終チェックで一通りコンソール周りに視線を走らせていると、ハッチから小柄なパイロットスーツが潜り込んできた。
しばらくは言葉なく0Gのコクピットの中で浮いていたパイロットスーツは、リオが控えめな反応を返すに留めたので自らのヘルメットを押し付けてきた。
《なんであたしを無視するわけ? あなたも、中尉も》
ラウラ・コンテスティ少尉だった。
そんなラウラに、リオは面倒そうに言う。
《相変わらずのド素人ぶりだね、キミは…──いま忙しいし、下手な動きすると〝フラグ〟が立っちゃうじゃないか》
《フラグって……》
リオの膠の無い言い様に、それでもがんばってその場に踏み止まったラウラだったが、結局、取り付く島がないのに諦めてパイロットスーツを離れさせようとしたときだった…──。
リオがそのラウラの動きを制して、自らのヘルメットをくっ付けてきて言った。
《──…ラウラ……戦闘が始まったら、決して中尉から離れちゃいけない…──いいね?》
初めて〝ラウラ〟と名前を呼び捨てられたことにすら、その瞬間には気付けなかったほどに、彼の口調はいつもと違って有無を言わせぬものだった。
いつもと様子が違うリオに、何かを感じるラウラだったが…──。
その後すぐ、ラウラが〝うん〟と応えるよりも早くに、彼女のパイロットスーツはコクピットから押し出されてしまっていた。
ラウラは後ろ髪を引かれる想いを残し、自分の新しい乗機 (それまでリオが乗っていたRA-04)の収まるハンガーデッキへと流れて行く。
*
A-B主隊 旗艦アミラル・デュプレ艦橋──…。
「敵先鋒、距離…──10kを切ります……」
「……敵巡洋艦群先鋒よりRAの射出を確認! 数は10乃至20…──」
「──…全天を再度走査、確認します……月周辺の動向はどうなっていますか?」
飛び交うオペレータの声を拾いながら、指令席のカッペッリは、艦長席の艦長とその前に立つメレディスとに問い掛ける。
「思ったよりも早いな……主力はL4からの8隻ではないのか?」
万事に慎重を期す艦長に代わり、メレディスが応えた。
「戦力が集まるのを待てないのが一つ…… それと、どれが敵でどれが味方の部隊かを信じかねるのだろう…──何れにせよ、各自が最善を尽くしているのさ」
「……つまりは〝烏合の衆〟、ということか」
カッペッリは、メレディスに向いて薄く嗤った。
「皮肉なものだな。一歩間違えれば、我らこそそうであるのにな」
パイロットスーツ姿のメレディスは、そんなカッペッリに嗤って返す。
「──…私もそろそろ出るとしよう」
そう言って、RAデッキへと下りるため主幹エレベータに向き直る。
「最終防衛線の守り、頼んだぞ」
背中越しに届いたA-Bの首魁の、全幅の信頼の置かれたその言葉に、メレディスは心の内でだけ応えていた。
──イニャーツィオ…… 君は良い人物だが、時代と人を見る目には恵まれなかったな……。




