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柿内 伴宣(二塁手、24歳、右投右打)

 柿内伴宣かきうち とものりは灼熱の炎天下で、兄の柿内錦成かきうち かねしげとともに、中学生のような背丈の捕手のバッティングフォームを見ている。今日やってきた彼のスイングが、昨日とはまるで違っていたからだ。

 どうやらライトの時沢に教わってフォームを変えたらしいのだが、彼の小柄な体型には合っていないようにも感じられる。そこで経験豊富な兄が直々、教えてみようということになったのだ。六道はティーバッティングを行い、調子よく打っている。それを兄は見守りながら時々メモをとっている。まるでバッティングコーチのようだが、兄はすでに30を超えている。いずれは引退し、コーチとなってさらにチームに貢献するのかもしれない。

 しかし、伴宣自身にはそういった未来が見えなかった。兄である錦成には、幾度もトレードの申し出があった。移籍すれば、確実に年俸は跳ね上がっただろう。それでも彼はファンやチームのために、天六コーギーズに残留し続けている。まさに暗黒期のチームを支える生命線であり、ヒーローであり、不動の三番打者であり、チームキャプテン。

 ひきかえ、自分はただ行く場所がないから最下位チームに残っているだけで、年俸も人気も入団当初から大して変わっていない。契約更改のたびに兄と比べられては数字をケチられてきたのは、伴宣にしかわからない悔しさだろう。

 少し前までの、兄と二人だけで練習をすることにもすっかり慣れてしまっていた。さぼっている他の選手たちを内心では見下しながらも、試合では頼らざるを得ない矛盾に苦しみつつ、シーズンを過ごしてもう何年たったか。

 まともに考えてはいつしか爆発してしまうと予感して、なるべく何も考えないようにして練習と試合、球場移動を繰り返してきた。それが引退するまで続くだろうとも感じていたが、今や状況が変わりつつある。


「よし、もう少しそのフォームで振ってみてくれ」


 錦成の指示に従って、六道がバットを振りぬく。ティーに乗っていた白球が三遊間に抜け、守備練習をしていた大爪が「うおっ」と声を上げた。

 なるほど、バットをコンパクトに使ったミート重視のフォームだ。六道に打撃パワーは期待せず、ボールを芯でとらえるものだろう。時沢はそれなりにパワーがあるから、これとは違ったフォームになるのは当然だ。

 しばらくティーバッティングをする六道を見た後、錦成は「よし、いいぞ」と声をかけて止めさせた。


「その感覚を身に着けて、実際に打ってみてくれ。左右に打ち分ける感覚をそこからつかんほしい。だが、時沢に教わったフォームも無理に忘れることはないだろう。もしもどこかの場面で長打を期待されるなら、やってみてもいい。損にもならないだろうしな」

「はい、ありがとうございます!」


 六道の元気な返事に錦成は頷いて、伴宣へ振り返った。


「さて、六道はいいな。俺たちは……」


 言いかけた兄をさえぎって、伴宣は口を開く。


「キャプテン、少しいいですか?」

「なんだ」

「あの、六道のことなんですが」

「ああ、まあ、前の捕手には悪いがいいキャッチャーだと思う」


 錦成は六道が来る前の正捕手にも一応気を使ったが、伴宣が聞きたいのはそこではなかった。


「あいつは、何者なんでしょうか? 中学生や高校生ならまだしも、去年のドラフトで入団してるならもう成年してるか、近いはずでしょう。それであの性格と、純粋さというか、その……」


 自分から話を始めておいて、伴宣は言いよどんだ。ハッキリ口にしてしまえば、いくらなんでも失礼にあたるような言葉が頭に浮かんでいたからだ。

 しかし兄は、そんな弟の言いたいことを察して、頷いた。


「ああ、確かにな。子供すぎるというか、バカというか、そんな感じもあるな」

「キャプテン!」

「大丈夫、野球バカという意味でだ。正直なところ、俺もあいつのことがわからん。それでいいならお前にも聞くが、今の若い奴らがスマホも触ったことがないなんてあるのか?」

「いや、同級生には家の方針でとかで持ってないのもいましたけど」


 言いながら、伴宣は自分のことを思い出してみる。だが中学生のときにはもう、友人たちがスマホでゲームをしているのがうらやましかった。自分のスマホというものはなかったが、オフシーズンだった兄に貸してもらって遊んだこともある。高校生になれば必要だからという理由で買い与えられ、嬉しくて使い倒した記憶もある。

 高校の授業や野球に日々を過ごす傍ら、ゲームに没頭して課金額の多さに親から怒鳴りつけられたこともあるくらいだった。

 伴宣自身はそんな風に、スマホとかかわって過ごしてきた。いまや少し出かけるにも電車の時間や道案内にと使い、毎日の目覚ましもスマホ頼みである。どっぷりとその恩恵にあずかってきたのだ。

 逆に聞きたいくらいである。この現代社会でどうやってスマホなしで過ごせたのかと。


「あいつは漫画も読んだことないらしいな。だが、小説は色々知っていたぞ。娯楽を何一つ知らないわけでもないんだ。そういう奴もいるだろう」

「野球の小説ですか? 読んだことはありません」

「な、そうだろ。六道からしたら、自分の知っていることを知らないお前の方が不思議なヤツに見えているかもしれん。あとで話してみるんだな」


 まるで自分の心を見透かしているような目で、錦成はニヤリと笑った。なんだか上から目線で説教をされているような気分になり、伴宣は思わずバットを握りしめたが、兄には伝わらない。


「それより今は練習を続けるか。それにしても、もう少しお日様も手加減してくれればいいものを。それに、ショートがいてくれれば守備練習ももっとマトモになるんだが」


 錦成はそう言ってベンチからドリンクをとって、一口飲んだ。伴宣は猛暑の中をじっと立って、汗が背中をジワリと濡らすのをただ感じている。

 スマホも漫画も知らない、得体のしれないヤツ。それを兄が信頼している。

 話をしてみろと言われるが、そうすると自分まで大爪や枝元のように六道のシンパになってしまうのではないか。実はみんなヤツの話術でたぶらかされて、チームはより悪い方向に向かっているのではないか。そんな嫌な予感がした。

 今すぐに何かを振り払いたくなった。伴宣は汗まみれのまま、バットを構えて素振りをする。自分の体から汗と一緒に、思考が飛んで行ってはくれないか。そんな気持ちまであった。

 一度振っただけでは雑念が消えない。何度も、何度も繰り返す。


「おい、お前はセカンドなんだから守備練習に参加してきたほうがいいぞ」

「いえ、振らせてください。キャプテン」


 錦成の言葉を退けて、ただバットを振り続けた。

 それからも練習は続いたが、やがて練習時間は終わりを告げた。チームキャプテンの錦成が「練習終わり」と合図を出し、選手たちはダグアウトに歩き始めた。それと同時に空の端に暑い雲が目立ち始めたが、太陽はまだ元気に紫外線を降り注いでいる。猛暑はまだ続いており、少し動くだけで汗が落ちるほどの蒸し暑さだった。

 伴宣は疲労をこらえて歩き、体中から噴き出す汗をタオルで搔きむしるようにぬぐいつつ、ベンチに座り込んだ。息を整え、ドリンクをグッとあおる。


「ふう、たまんねえなこの暑さは。おい、クーラーボックス持ってこい、氷あるんだろ!」


 どこかまだ余裕のありそうな声を出しながら帰ってきたのは三塁手の大爪だった。サボリ組から練習を始めた最初の男。

 続いて時沢がベンチに戻ってきてへたりこんだ。先ほどまでそこにはサボリ組の選手がいて昼寝をしていたのだが、今度は時沢がそこに寝転がってしまった。彼が練習に参加したのは久しぶりのことだから、かなりキツく感じたのかもしれない。そうでなくとも猛暑の中を練習するのは厳しいことだったが。


「くそー、やっぱやめときゃよかった。監督来ねえじゃねえか」


 時沢は呻くようにそんなことを言っている。確かに今日の練習に監督は姿を見せなかった。だがコーチ陣は遅刻したとはいえやってきたので、練習自体は問題ないはずである。


「なんだ、お前は今さら監督の評価なんか気にして練習に来たのか。お疲れだな」


 どこから調達したのか、ミニ扇風機を顔に当てながら枝元も戻ってきた。時沢は彼の顔を見るなり、舌打ちまでする。


「全部六道のせいなんだよ。あいつがいなきゃこんな練習なんか来るかよ。何が熱中症予防だ」


 彼はダグアウトの壁に貼ってある、『熱中症に気を付けよう』のポスターを指さして罵った。確かにな、と伴宣は心の中で同意する。この直射日光の降り注ぐ灼熱地獄の中で練習すること自体が、高リスクすぎて予防もクソもあったものではない。その中で素振りをつづけた自分が言えたことでもないが。


「おい、氷少なくねえか。こっちゃこの暑さで練習してるんだぜ、アイシングくらいさせろよ」


 大爪がクーラーボックスの中身を見て愚痴をこぼしているようだ。しかし、当然だろう。ほんの少し前まではまともに練習しているのは兄である錦成と伴宣の二人しかいなかったのだから。ドリンクや氷が二人分で十分と思われていてもおかしくはない。


「氷がない? しょうがない、みてこよう。準備しておくから、もう少ししてからクラブハウスに来てくれ」


 聞いていた錦成が自分の疲れを見せず、ダグアウトの奥へ歩いて行く。あわてて伴宣は立ち上がろうとするも、錦成に手で制された。


「おう、悪いなキャプテン」


 大爪は錦成に任せて、自分もベンチにへたり込んだ。余裕のありそうな声はしていたが、さすがにこたえていたらしい。

 練習に参加した選手全員が疲れていた。参加しないでベンチで寝そべったり、日陰を探して昼寝をしていた選手は、すでに猛暑に耐えきれずに奥へ引っ込んだり、クラブハウスの涼しい部屋に逃げるなどしていなくなっている。少なくともまともに練習をしていた人間は、ほぼ限界寸前だった。兄である錦成だけは疲れを見せることなく動いているが、あれはただ彼の体力が尋常ではないだけで、他の人間は全員ベンチにへばりついている。


「この氷は枝元、お前が使えよ。今日の登板はないだろうけどよ」

「なら遠慮なく使わせてもらうか」


 そんな会話を聞きながら、伴宣はぼんやりと灼熱のグラウンドに整備係が入っていくのを見ている。

 だが、整備係に交じって、何やら小柄な影がゆらめきの中で動いていた。なんだ、野良犬か野良猫でも入ってきたのかとぼんやり考えるが、そんなはずもない。ハッとして目を凝らすと、六道がまだグラウンドにいた。

 何をやっているんだ、もうグラウンドは整備係に引き渡しているんだ。早くこっちにこい。と言いたかったが体力の限界で声も出ない。

 六道は練習が終わった後のバットやボールを集めて、整理していた。そんなものは、用具係や整備係に任せることであり、選手がすることでもなかった。

 だが、六道はそんなことは知らないとばかりパタパタとグラウンドを走り回っては散らばっているボールを集め、回収してカゴに入れていく。その横では整備係が仕事を始めている。


「なんだ、六道はまた手伝ってんのか。野球選手の鑑だあいつは」


 そんなことを言いながら、なぜか大爪が伴宣の隣に座ってきた。

 確かに用具を大事にするのはプロとして称賛されることだが、あれは違う。あれはやりすぎである。

 そう思っていることが顔に出たのか、大爪は伴宣の顔を一瞥して「へっ」と何やら笑った。そしてドリンクを一口飲んでから、六道を呼んだ。


「おい六道! クラブハウス行ってアイシングするぞ! あとはプロの方々にお任せしとけ!」

「はい!」


 呼ばれた六道は整備係へペコリと頭を下げて、こちらにパタパタと走ってくる。汗で練習着はドロドロ、あごの先から滴り落ちているような有様だったが、それでも笑っているのは不気味でさえあった。


「お待たせしました!」

「おう、じゃあ行くかぁ。キャプテンを待たせるわけにもいかねえしよ」


 チームメイトたちは、六道を連れてダグアウトを出ていく。伴宣もそれを追って出る。

 クラブハウスに戻ってみれば、錦成が練習に参加したメンバー分の氷を用意してくれていた。ジェルタイプのものもあり、選手たちはそれぞれ自分たちの必要な個所を冷却し、疲労を溶かしていく。錦成もしっかり、自分の体をアイシングし始めている。


「つくづくウチは異常だな。ふつうこういうのはトレーナーがしてくれるもんだ」


 肩を冷やしながら、大爪がぼやいた。


「そうなのか。俺はここしか知らないからな」

「うそだろ、お前オールスターも出てるじゃねえか。そんときはどうだったんだよ」


 錦成の言葉に、大爪はツッコミを入れる。しかし錦成は「出番が少なくてな、というか狭かったことしか印象にない」と肩をすくめてしまい、トレードでやってきた枝元に目をやった。


「枝元の方が詳しいだろ。前の球団だとどうだったんだ?」

「そりゃあ、天地の差よ。こっちが地獄の方でな。帯同トレーナーが色々してくれたもんだ。アイスバスとか普通にあったもんだが、むしろなんでないんだ。いくら貧乏といってもあれくらい買えるだろ」

「いやあ、こんな負け続けじゃ予算おりねえんだろ。枝元よお、自費で買ってくれよ。共通財産にすっからよ」


 選手たちが他愛もないが笑えない、切実な内容の話を繰り広げる中、伴宣は六道に目をやった。彼は膝と肩を冷やしながら、二つのパイプ椅子を並べたところに膝を伸ばして座っている。

 彼はリラックスしているようで、ゆったりと目を閉じている。何も言わず、野球もせず、そうしていればただただあどけない普通の少年のようだった。彼には実際、少なくとも内野席を満席にし、スタンドまであふれさせるほどの集客力がある。フロント企業もぜひ一軍で使ってくれとプッシュしているときいたが、それもそうなるだろうと思える。ルックスという点で、完全に他の誰も彼に追いつけない。

 とはいえ、野球は顔でするものではない。いくら顔が良くても技量がなくては仕方がない。チームが勝てなくては、人気があったところで使えない。もしそれでもというのなら、野球はやめてルックスだけで食える商売に転向すべきなのだ。伴宣はそのように六道を攻撃したかったが、六道は残念ながらルックスだけの選手ではなかった。

 伴宣は二塁手であり、守備の要の一人だ。捕手が何をしているのかも、よく見える位置でずっといる。まだ彼とともに戦ったのは二試合だけだが、それでもよくわかる。六道は十分すぎるほど、よくやっている。枝元も、昨日の先発投手もよく癖を見てリードしていた。全体をよく見ているし、この体格からは信じがたいが盗塁も刺せる肩を持っている。それでいてなお、彼の本質的な部分はただの野球小僧でしかないのだ。

 こんなやつがいてたまるか、というのが伴宣の思いだ。

 向上心の塊で、スマホもゲームも漫画も興味がなく、サボリ魔のチームメイトを味方につけてはチーム力を上げている。しかもたったの三日ばかりの出来事だ。どこの世界からやってきたんだ、それしか楽しみのない時代から迷い込んできたのか、と言ってみたかった。だが、伴宣にはそれができない。「実はそうなんです」などと言われてもおかしくないと思えたからだ。


「おい六道、寝てんじゃねえぞ」


 目を閉じていた六道に、時沢が声をかけた。それでビクリと肩がとびあがり、六道は「寝てません!」と誰にでもわかるような嘘をついて、笑いをとった。


「いやお前寝てただろ。まあ、今日の暑さじゃしょうがねえけどよ」

「えへへ、すみません。ウトウトしてました」


 だが大爪に突っ込まれると、すぐに嘘を認めて笑う。

 あまりにも素直だった。裏表がないというのは、こういうことをいうのかもしれないと伴宣も思う。こういう部分は、見習うべきところだった。悪人でないことは間違いない。野球選手としても優秀。であれば、理解しがたいというだけの理由で距離を置き続けることは正解なのか。

 まずは知るべきではないのか。知った上で判断する方が賢くはないか。六道に取り込まれないようにという気をもっていけば、知らないうちに話術にかかるということもないだろう。

 話してみろと兄も言っていたことを思い出して、少し勇気を出す。アイシングを終えれば、みんなはシャワーを浴びに行くだろう。その前にすべきだと考え、思い切って椅子を近づけて、六道に話しかけた。


「六道、前に漫画は読まないと言っていたのに、小説は読むそうだが」


 勇気を絞ったつもりだったが、おずおずと話しかけるような形になる。自分でもなんだかよくわからない話題を振ってしまった。六道の方は一切気にした様子もなく、ニッコリ笑って答えた。


「そうです。面白いんですよ、学ぶところもたくさんありました」

「そうか、どんな話だったんだ?」

「えっと、中学野球の話でした。強い学校から転校してきた主人公がですね」


 六道は簡単なあらすじを語ってくれたが、伴宣はそれに既視感を覚える。どこかで同じような話を読んだことがあった。しかし、好んで小説など読まない自分がなぜ話を知っているのかと不思議に思ったが、タイトルを聞いてピンときた。伴宣の好きだった野球漫画と同じだったのだ。


「それ、漫画じゃないのか。俺はその話漫画で読んだぞ」

「でも、小説ですよ。ぼくは漫画が読めませんから」


 するとどうやら、漫画がノベライズされたのか。それとも、小説がコミカライズされたのか。

 どちらにしても、二人ともその話を知っているということで間違いはなかった。


「小説は最後に負けちゃって終わるんですけど」

「おお、漫画もそうだった。やっぱり同じなんだな。お前、誰が気に入ったんだ?」


 気が付いたときには話が盛り上がっていた。


「現実にはあんなのは無理なんだけどな」

「だから面白いんですよ、誇張があってもチームワークの大事さに気づかされるんです」

「なるほど。いいこというな」


 結局、「そろそろアイシングは終わりにしろよ」と錦成から言われるまで二人で喋っていた。


「へへ、すみません。シャワー浴びます!」

「そうしてくれ」


 六道の素直な返事を聞いて、錦成は氷を片付け始める。伴宣もそれを手伝いながら、ペコリと頭を下げる六道を見た。


(そうか、六道も得体のしれないヤツではなかった。普通の人間なのかも……)


 そう思いかけたが、練習から引き揚げてくるときの笑顔を思い返し、


(いや、やっぱりあれを同じ人種だと思いたくないな)


 と、何とも言えない表情になりながらシャワー室にいく六道を見送る。それを見ていた錦成が、伴宣に言う。


「ところでお前、六道がテレビに出てるのを見たことあるか?」

「ありませんが」

「あいつ、一言もしゃべってないんだ。口を開くとボロがでるからな。野球のことしか頭にないって。それじゃ都合が悪いからな、フロントの都合でテレビじゃ顔の綺麗なお人形さん扱いだぞ」


 伴宣は目を見開いた。彼とて、錦成の弟としてテレビの取材に答えたことはいくらかある。入団した時は他のメディアも取材にやってきた。そのときも「野球選手としてのメディア対応はこうするべき」という教育はされたが、「しゃべってはいけない」とまでは言われていない。

 だが、さもありなん、という気持ちも自然に湧きあがった。六道はとにかく純粋に野球のことしか知らない。テレビの質問に自由に答えさせていたら口を滑らせて何を言うかわかったものではない。スポンサー企業のことを踏みにじってしまう発言が出ないとも限らないので、「しゃべるな」という指示が出ているのだろう。


「あいつも大変なんですね」

「まあ、本人は考えなくていいから楽だとか言ってたがな」

「それもちょっと」


 伴宣は苦い笑いで振り返ったが、もう六道はそこにいなかった。

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