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第5話 クロード王子ルート

アルフレッドの転移がゲームのクロードルートと一致するという衝撃が、麦の心をざわつかせる。このシナリオは、上司の佐藤が担当したものだ。

企画書で何度も読んだそのストーリーが、頭の中で蘇る。



―――クロード王子ルートの物語は、ヴァレンシュタイン王国の第一王子クロードの孤独と贖罪の軌跡を描く。

クロードは幼少期から非凡な才能に恵まれ、剣術、魔術、学問のすべてで誰よりも優れていた。しかし、1歳年下の腹違いの弟、アルフレッドの存在は、彼の心を無慈悲に締め付けた。


クロードの母親は平民出身で、王宮の権力構造の中でか細い影に過ぎなかった。彼女の漆黒の髪と瞳を受け継いだクロードは、冷徹な気質と孤高の佇まいを纏い、誰とも心を通わせなかった。彼の内面は、認められたいという渇望と、決して満たされぬ空虚さに苛まれていた。


対して、アルフレッドの母は由緒正しい貴族の家柄で、王宮の政治を操る強固な基盤を持っていた。

アルフレッドは王と同じ金髪碧眼を誇り、その輝く容姿とひたむきさは王の心を独占した。


クロードがどれほどの功績をあげても、どれほど精緻な魔術を披露しても、父である王の称賛は常に弟に向けられた。クロードの努力は、アルフレッドの光に飲み込まれ、顧みられることはなかった。

彼の心は、果てしない孤独と嫉妬に蝕まれ、静かに崩れていった。


ある夜、王宮の薄暗い回廊で、王が「王位はアルフレッドに…」と呟く声を耳にした瞬間、クロードの心は砕け散った。

積み上げた功績、夜を徹した研鑽、すべてが無意味だった。


彼は自らを放棄し、王宮を抜け出し、酒と享楽に溺れた。貴族の令嬢との軽薄な戯れ、酒場の喧噪、そんな自堕落な生活をする彼に向けられる弟の冷ややかな視線――それらは彼の絶望を覆う薄い仮面に過ぎなかった。


そんなクロードが、街の孤児院で働くヒロインと出会う。

気まぐれに声をかけたつもりが、彼女の不屈の意志に引きずり込まれ、孤児院の雑務を強いられるようになる。


身分を隠し、埃まみれの床を磨き、子供たちに粗末な食糧を配る日々の中で、クロードは民の過酷な現実を直視した。乏しい食料、朽ちかけた住まい、治療を受けられぬ病――その中で、この世は変わるはずだと希望を失わない人がいること。


彼女は子供たちに笑顔を届け、どんな困難にも立ち向かった。

彼女の純粋な信念は、クロードの凍てついた心に微かな温もりを灯した。

彼は彼女の揺るがぬ精神に魅せられ、深い愛情を抱くに至った。その愛は、クロードにとって初めての救いだった。


クロードが彼女に真実を告げようとした瞬間、捜索にきた従者が彼を「王子」と呼び、正体が露見した。

ヒロインは驚愕し、クロードに鋭い言葉を投げつけた。

「あなたは王子で、国を変える力があるのに、こんなところで何をしているの? あなたがやらなくて、誰がやるの!?」

彼女の悲痛な言葉は、クロードを容赦なく切り裂いた。それは彼の心に深く突き刺さり、眠っていた使命感を呼び覚ました。

彼は自らの弱さを認め、王宮に戻って王国を変える決意を固めた。民の声を聞き、政策を磨き、臣下との信頼を築くため、クロードは全身全霊で挑んだ。


しかし、クロードが王宮で力を強める中、暗い陰謀が動き始める。

アルフレッドもまた、自身の影響力を拡大し、王位継承の有力な候補として注目されていた。

クロードを支持する過激派は、アルフレッドの存在を脅威とみなした。


彼らはクロードの母を巧みに操り、彼女の不安と嫉妬を煽った。平民出身の彼女は、息子の王位を確実にするためならどんな手段も厭わないと信じ込まされた。

過激派は禁断の魔術師を雇い、アルフレッドを追放する計画を密かに進めた。魔術師は、己の欲望と報酬に駆られ、倫理を捨てて禁忌の魔術に手を染めた。

そして魔術実験室へ彼を誘い込み、アルフレッドは一瞬にして消え去った。

この事件は王宮に深い動揺を呼び、クロードの心に疑惑と苦悩を刻んだ。


ヒロインの協力のもと、クロードは陰謀の真相を追った。彼女の人脈と鋭い洞察は、犯人を突き止める鍵となった。

アルフレッドの居場所を探す過程で、クロードは孤児院での献身が民の心を掴んでいたことを知った。

彼の誠実な行動は、貧しい者から商人まで、幅広い支持を集めていた。王宮の貴族たちも、クロードの真摯な努力と民への深い共感に心を動かされ、彼を王として認める声が高まる。


物語の終盤、犯人を発見し、アルフレッドを連れ戻すことに成功する。

クロードは弟と向き合い、過去の嫉妬と競争を超えて対話する。

互いの誤解を解き、兄弟は新たな絆を築いた。最終的に、王位はクロードに継承された。彼はヒロインの信念を胸に、民の声を反映した公正な統治を始めた。

王国は平和と希望に満ちた時代を迎えた。物語は、クロードの贖罪と王国の再生を厳かに閉じる―――。




以上が、クロード王子ルートのシナリオだ。

しかし、アルフレッドの転移がこのシナリオと一致する事実は、麦に耐え難い重圧を課す。

アルフレッド王子、策略に巻き込まれたときに、この世界に飛ばされちゃったんだ…。

きっと今は、クロード第一王子とヒロインが協力してアルフレッドの捜索を始めた頃だろう。


麦はいますぐアルフレッドに伝えたかった。

あなた、クロード王子一派の策略に巻き込まれちゃったんだよ、今クロード王子があなたを探しているから、そのうち帰れるはずだよ、と。


でも、ゲームの結末を知る彼女がその真実をアルフレッドに明かして、それを彼が信じたとしても、クロード王子がアルフレッドを見つけ出せる確証もない。


そして、彼らの運命をアルフレッドに伝えることで、彼らの未来にどんな影響があるのか、麦には分からなかった。

彼女のシナリオが現実と交錯する異常さを前に、麦は倫理的葛藤に苛まれる。


今すぐ、アルフレッドにクロードルートの真実を伝えてよいかどうか、判断がつかない。

麦は黙って氷で薄くなったレモンサワーを飲み干した。

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