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第3話 ツンデレ王子は夢か現か

夕暮れの街。

淡いオレンジの空が商店街を柔らかく照らす中、星野麦は高円寺駅の改札を抜け、スマホを握りしめてニヤける。


「…企画書、完璧。アルフレッドのキャラが生きてる」


そう鬼上司佐藤に言わせしめた。ここ数日の残業と徹夜のおかげで顔に疲労が出ていたのか、今日は早く帰れとのお達しが出た。

麦は人混みの中で小さくガッツポーズ。いつもはガヤガヤとして小汚い街も、今日はなんだか輝いて見える。


だが、商店街の賑わいを歩くうち、麦の頭に冷ややかな疑問が忍び寄る。


「でも…ちょっと待って。ゲームの王子が現実にいるって…そんなのありえないよね?」


たこ焼き屋の看板を見上げ、麦は立ち止まる。

疲れた顔の女、朝出た時よりもポニーテールの髪が乱れ、白シャツにシワが寄っているのが、ドラッグストアのガラスに映る。


「いや、冷静に考えてよ、麦。『ロイヤル★パレス』の王子、アルフレッド・ヴァレンシュタインが、うちのボロい2DKに現れる? そんなの、ありえないって!」


麦は深呼吸し、頭を整理する。

そもそも急に現れた見ず知らずに男を家に泊めるなんて、あまりにも無防備すぎたのでは、と今になって冷静になり、肝が冷える。


「よし、順番に考えよう。アルフレッドはゲームのキャラ。昨日現れた人もアルフレッドって名前で、金髪碧眼で、めっちゃイケメンで、貴族っぽい口調で…確かにゲームそっくりだったけど…」 信号待ちで立ち止まり、行き交う人をぼんやり眺める。


「でもさ、魔術の事故で異世界から来たって? そんなの、漫画やアニメの世界だけだよ。現実に王子がポンと現れるなんて、絶対ない」


信号が青に変わり、麦は歩き出すが、足取りは少し重い。


「もしかして、私、疲れて幻覚見た?」


八百屋の色鮮やかな野菜を横目に、麦は独り言を続ける。


「ここ数日、アルフレッドルートのシナリオ修正に追われてたし、ストレスで頭バグったのかも。だって、考えてみたら変だもん。アルフレッドが『愚民』とか言って、お風呂場で暴れて、朝ごはん一緒に食べて、畳の部屋のお布団で寝るなんて…現実なわけない」


麦はカバンを握りしめ、歩道の端で立ち止まる。「絶対、私の脳が勝手にストーリー作っちゃったんだ。最近、異世界ものの漫画読みすぎたから…夢だったんだ、きっと」


麦はもう一度深呼吸し、冷静さを取り戻そうとする。


「よし、整理し直そう。アルフレッドはゲームのキャラ。私の2DKに現れたのは、過労で見た幻覚。企画書が通ったのは私の努力の結果で、王子のおかげじゃない。うん、絶対そう!」


だが、心のどこかで小さな声が囁く。

「でも…アルフレッドがシナリオのアドバイスしてくれたの、めっちゃ具体的だったよね? 『本物の余ならこう言う』って、細かく指摘して…あれ、幻覚がそんなことできる? それに、めっっっっちゃイケメンだった…」

アルフレッドの美しすぎる相貌と意志の強い透き通るような瞳にまっすぐ射抜かれたことを思い出し、麦はポーッとしたが、そんな記憶は忘れたいとばかりに頭を振る。


「いやいや! それも夢! 全部夢! 現実に戻れ、麦!」


商店街の終わり、2DKの古いアパートの前に立つ。麦の心は半信半疑で揺れている。


「部屋に入ったら誰もいないよ。絶対、和室は空っぽ。アルフレッドなんていない。だって、漫画みたいな王子、いるわけないもん…」



鍵をガチャガチャしながら、麦は自分に言い聞かせる。だが、ドアを開けると、換気扇のガタガタ音と、和室から漏れるテレビの音が耳に飛び込む。麦の心臓がドキンと跳ねる。



「これは、民の暮らしを映す魔法の箱か…」


ソファに堂々と座ったアルフレッド・ヴァレンシュタインが、テレビのリモコンを手に、しげしげと画面に見入っていた。彼は朝のグレースウェットではなく、元々着ていた豪奢な黒と金のマント姿に戻っている。肩に輝く金の飾り紐、胸元の精緻な刺繍、まるで中世の宮廷から飛び出してきたような威厳。狭い2DKの和室で、異様に浮いているその姿に、麦は目を丸くする。


「うわっ、いた!? って、え、王子!? その服!?」


麦は叫び、カバンを落としそうになり、ダイニングの古い木製テーブルにつかまってフラつく。


「マジでいる!? ガチ!? なんでまたその派手な服着てるの!?」


アルフレッドはリモコンを置き、呆れたように麦を睨む。


「この服は余の正装だ。民の粗末な布では、貴族の威厳が保てん!」


麦は口をパクパクさせ、内心で叫ぶ。夢じゃない! ガチの王子!


麦はカバンを床に置き

「と、とにかく! 企画書OKでたよ! アルフレッドのシナリオ、褒められた!」

と話題を逸らす。


「ふむ、当然だ。余の指導がなければ、あれは完成しなかった。だがあの破廉恥なシーンで全て台無しだ」 アルフレッドは胸を張りながらも憎々しげだ。


たしかに彼のシナリオ修正――「本物の余ならこう言う」と細かく指摘した台詞――がなければ、アルフレッドルートの企画書は良い評価を得られなかっただろう。


「王子、本当にありがとね。破廉恥なシーンは一旦忘れてさ!お礼にご飯ごちそうするよ」


そう言って冷蔵庫を開くが、ガラン。賞味期限近くのハムと、使いかけの調味料類が寂しく佇むだけ。卵すらない。


「うっ、ヤバい…食べ物、なんもない…」


麦は頭をかき、振り返ってアルフレッドを見る。



「ねえ、王子! 一緒にご飯食べに行こ!」

「外へか?」

アルフレッドが怪訝そうに首を傾げる。


「そう!この辺、美味しい居酒屋さん多いんだよ!」

「居酒屋…ふむ、先ほど魔法の箱でそう呼ばれる場所を見た。…いいだろう。案内せよ」


そう偉そうに言いながらも、彼の碧い瞳がキラキラと輝き、まるで新しい冒険に挑む騎士のよう。黒と金のマントがひるがえり、2DKの狭い部屋で妙に大仰だ。


「その服で行くの?」

「当然だ。さあ、行くぞ」

そっかぁ…そうだよね…と思いながら、街でアルフレッドが集めるであろう視線を思い浮かべ、やや憂鬱になるが、気を取り直して。


麦はエコバッグを手に、スニーカーを履き、玄関扉を開く。


アルフレッドもブーツを履き、マントを翻して麦の後を追う。豪奢な姿が、高円寺の街に異様な存在感を放つ。



「じゃ、行こっか、王子!居酒屋、気に入るといいな」

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