第23話 クロード王子、現る?
夜。
高円寺の狭いアパート、眠りにつこうとしていたアルフレッドの寝室兼和室の一角に淡い光の環がふわりと浮かんだ。
アルフレッドは思わず息を呑む。
『……アル……アルフレッド……!』
光の向こうから響いたのは、よく知る声だった。
「……クロード兄上?」
『アルフレッド……ようやく、繋がった……!』
「兄上、私を探していたのですか」
『ああ。ずっとだ。……お前を探して、皆の力を借りて、そしてこうしてやっと見つけることができたのだ』
かつては気楽さばかりが先に立ち、政務を投げては弟に押しつけていた兄の声。
しかし今は違った。澄んだ響きの中に、覚悟と切実さがあった。
「恥ずかしい話だが、お前がいなくなって、初めて自分の責任と向き合うことができた。これまで私は散々逃げてきたが、もう逃げない」
普段なら茶化して笑う兄が、こんなにも真剣な声音を持つことに、アルフレッドは驚き、胸を熱くした。
ずっと背負ってきた責務をようやく兄が受け止めたことを、理解した。
「……兄上」
言葉が詰まる。
心の奥では、喜ぶべきことだと分かっている。
兄が国を背負うと決めた。そして、自分を見つけ出してくれた。
しかし同時に、喉が強く塞がる。
もし今、この胸の奥の思いを吐き出したら、兄はどれほど落胆するだろう。
「アル、さあこの手をとれ! この環は異世界に通じているが長くはもたぬ! 帰ってきてくれ!」
少しずつ小さくなっていく光の環から必死に手を差し伸べる兄を見ながら、アルフレッドは動けずにいた。
──自分は、帰りたくない。
麦と過ごす日々を、まだ終わらせたくない。
その言葉は決して言えなかった。
そんな弱音は吐けない。
アルフレッドは言葉を飲み込んだ。
その瞬間、光の環が強く脈打ち、そして急速にかき消されるように薄れていく。
『……アルフレ……!』
最後まで言葉を聞き届けることなく、光は完全に消えた。
部屋には、再び静寂が戻る。
アルフレッドは拳を強く握りしめ、ひとり呟いた。
「……余は……愚か者か」
机に落ちた自分の影が、夕陽に伸びて揺れていた。
帰還の時が迫っている。兄が変わり、国が立ち直ろうとしている。
それを誇らしく思うはずなのに──胸の奥に広がるのは、安堵と焦燥、そしてどうしようもない喪失の予感だった。




