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第14話 王子、撃退する!

アパートの角を曲がった瞬間、アルフレッドの足がぴたりと止まった。

麦もつられて立ち止まる。街灯の下、ポケットに手を突っ込み、にやついた顔で立っている健太がいた。


「……やっと来たな」

声は低く、どこか人を試すような響きがある。


アルフレッドは表情を引き締め、麦の前にすっと立ちはだかった。

健太の視線がゆっくりとアルフレッドに移る。


「……何その男?」

問い詰める声。

「貴様に名乗る名などない」

アルフレッドは一蹴する。


健太は鼻で笑い、麦に視線を向けた。

「お前さ……マジで終わってるよな。あんなコスプレみたいな格好のヤツと一緒とか、正気?」


麦は、唇をかみしめる。健太は昔からそうだった。相手を見下し、弱みを見つければ踏みにじる。

その姑息さも悪質さも、今はもう隠そうともしない。


「……何か言えよ」

健太の声が急に鋭くなる。

麦が視線をそらすと、その瞬間に健太が一歩踏み出し、怒気を帯びた声をぶつけた。


「なんでお前が俺を避けるんだよ! 浮気ぐらいでガタガタ言うな! お前なんて俺がいないと何もできないだろ!」


吐き捨てるような言葉に、麦の背筋が冷たくなる。

アルフレッドは即座に麦の肩を抱き寄せ、健太を鋭く睨みつけた。

その横顔は氷のように冷たく、しかし麦を包む腕は驚くほど温かい。


「久しぶりに会って思ったけどさ……相変わらず地味だよな。浮気される側にも問題あるよ? でももう俺も浮気は二度としないし、また俺と付き合おうぜ?」


その一言に、麦の心臓が凍りつく。

呼吸が詰まり、言葉が出ない。


しかし、麦が返すより早く、アルフレッドが一歩前に出た。

彼の青い瞳が鋭く光る。

「……今、何と申した?」

低く、底の方から響く声。普段の尊大さとは違い、殺気を帯びている。


健太は一瞬たじろぎながらも、強がって笑う。

「なんだよコスプレ男。事実言っただけだろ」


「愚か者め」

アルフレッドの声は、冷気を帯びた刃のようだった。

「己の過ちを棚に上げ、彼女を傷つけるとは……貴様は人間の皮をかぶった下劣な獣だ。麦は、聡明で、芯が強く、誰よりも誠実な女だ。それも分からんとは、哀れだな」


アルフレッドは一歩、さらに踏み出す。



健太の表情が一瞬固まり、目が泳ぐ。

だが負けじと吐き捨てる。

「そいつとどんな関係なんだよ」


アルフレッドは、麦の肩に片手を置き、ゆっくりと引き寄せた。

「麦は余にとって、とても大事な人だ。二度と近づくな」


麦の心臓がドクンと跳ねる。

恐怖とは別の、緊張と……なぜか少しの高揚が混じる感覚だった。


健太は顔を歪め、声を荒げた。

「そんな女、どうだっていいね。中古でよければお前にくれてやるよ」


麦はアルフレッドの腕越しに、真っ直ぐ彼を睨んだ。

アルフレッドはぶわっと毛が逆立つような怒りを覚え、何か言おうとしたが、麦にけん制されて黙って、健太を睨み続けた。


「……健太。そこまで最低だったなんて、付き合っているときに気づけなかった自分が悔しいよ。楽しかったときもあったよ。でももうあなたのことは好きじゃない。ていうか嫌い。だから友達にも戻らない。二度と目の前に現れないで」


「ブスが調子のりやがって。せいぜいいかれたコスプレ男と仲良くしてな」


麦は一拍置き、力強く言った。

「このコスプレ男は……最高の男だよ」


アルフレッドはその言葉にわずかに目を見開く。

だが麦の視線は、健太から逸れなかった。


健太は何か言い返そうとしたが、アルフレッドが静かに一歩前へ踏み出し、その存在感で道を塞ぐ。

「立ち去れ」

低く響く声に、健太は舌打ちを残して背を向けた。


残されたのは、まだ少しだけ緊張を帯びた夜の空気。

健太の足音が遠ざかり、路地が再び静まり返る。

麦は大きく息を吐き、アルフレッドの腕の中からそっと身を離した。


「……ありがとう」

震える声でそう言うと、アルフレッドは短くうなずくだけだった。

彼の眼差しはまだ険しいまま、玄関の方へ促す。



――――――――――



家に入ろうと、麦がカギをカチャカチャと回している――その時だった。

ふいに、アルフレッドの視界の端で何かが光った。


アルフレッドが振り返ると、アパートの前の空間に、淡い金色の光の環がふわりと浮かんでいる。

月明かりより柔らかく、それでいて見逃せない存在感を放っていた。


「……また、現れたか」

前回現れたときよりもはっきりと、輪は大きく、ゆっくりと脈動している。


微かに――本当に微かにだが、呼ぶような声が聞こえた。

耳で聞くというより、心の奥を直接震わせるような響き。


アルフレッドは一歩踏み出そうとしたが、その瞬間光は消えてしまった。


麦はまた見ていなかった。


(あの光の環はなんなのだ……)



――――――――――



玄関の扉を閉めると、外の冷たい風と騒動が嘘のように静まった。

麦は息を整えながら、アルフレッドに感謝の視線を送る。

「ありがとう……ほんとに、助かった……」


アルフレッドは短く鼻を鳴らし、キッチンに向かう。

だが、その背中からもまだ緊張が抜けない様子が伝わってくる。


麦がソファに腰を下ろすと、アルフレッドは暖かいお茶の入ったマグカップを二つ持ってきて、隣に腰掛ける。

「……そういえば、コスプレとは何だ。そう侮辱されたように思ったのだが……?」


麦は思わず吹き出しそうになりながらも、アルフレッドの表情に目を細める。

王子らしい端正な顔に、困惑が混ざっている。

普段は堂々として傲慢な王子が、健太に言われた言葉の意味に真剣に悩んでいる――。

かわいそうだけど、なんだかかわいらしい。


麦はそっと微笑み、アルフレッドの横顔を見つめた。

「いや、アル君は最高の男だよ」

麦にそう言われ、まんざらでもない気持ちになる。


部屋の中は穏やかに灯りが揺れるだけ。

だが、アルフレッドの悩む姿を見た麦の心には、小さな幸福がそっと広がっていた。

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