第11話 王子、稼ぐ!
アルフレッドのチョコミント論争動画は、予想以上にバズった。
それから麦はアルフレッドに古いスマホを渡し、格安SIMを契約して、毎日投稿してもらうようにした。
アカウント名は「高円寺の王子」。麦が命名した。
最初は、スーパーでの値引きシール争奪戦や、料理する姿や散歩する様子を投稿し、内容としては面白い類ではないが、動画は安定した再生数を稼いだ。
やがて投稿ネタは生活の細部にまで広がる。
朝のゴミ出しを「資源を循環させる王の務め」と語り、洗濯物を干しながら「この布、戦旗にもなろう」と真顔で言う。
麦の仕事中、アルフレッドは編集に追われる日々となったが、コメント欄の伸びは彼の活力となった。
フォロワーは着々と増え、数字が見える形で成長していく。
ある日。
「麦、これは何だ? この“アナリティクス”とやら……曲線が登っておる」
「それは再生数とかフォロワーのグラフだよ。つまり、伸びてるってこと」
「む……余の治世が順調ということか」
アルフレッドは腕を組み、満足げに頷いた。
そして、ついに――SNS運営会社からの通知が届いた。
《収益化条件を達成しました》
麦は声を上げた。
「アル君! ついに収益化だよ! フォロワー数も凄く増えてる!」
「ふん、当然だ。余は王族であるぞ? 人心掌握の術は、幼年学校で習得済みだ」
口ではそう言いながらも、アルフレッドの横顔はどこか安堵して見えた。
この一か月、彼は家事や料理に全力を尽くしてきたが、それはすべて“居候”としての礼儀だという思いもあった。
稼ぎのない自分が、麦に負担をかけている――その負い目は、誇り高い王子の胸の奥で静かに燻っていたのだ。
利益は1万円にも満たない額であったが、その夜の夕食は、ささやかな祝賀として半額ではないステーキが食卓に並んだ。
――――――――――――
夜、仕事終わりにアルフレッドとスーパーまで歩いていると、二人組の女子高生がひそひそ声を上げた。
「あれ、高円寺の王子じゃない?」
「え、マジ? やば、ほんもの?」
視線を感じたアルフレッドは、すかさず顎を上げる。
「うむ。高円寺の王子とは余のことだ」
麦は思わず「やめて恥ずかしい!」と小声でつつくが、アルフレッドは手を振ってしまう。
女子高生たちはキャッキャと笑いながらスマホを構えて去っていった。
その日の夕方、麦のスマホに一通のメールが届いた。
内容は「動画出演依頼」。地元のカフェが、新作スイーツの宣伝をしてほしいというのだ。
条件を見ると――出演料は3万円。
「……さんまん……えん?」
目をこすり、もう一度見直す。ゼロの数は間違ってない。
「アル君! 初案件だよ! 3万円!」
「3万……これはその……紙幣でか?」
「そう! 現金で! ほら、コンビニバイト4日分じゃん!」
「ほう……では余は、コンビニという戦場に出向くことなく、その兵糧を得たわけか」
「そういうこと!」
「ふむ、余は今後、この“えすえぬえす”で金銭を得て、麦に良い暮らしをさせてやるぞ!」
まっすぐ輝く瞳で真正面から「麦のため」のように言われ、麦はなんだか落ち着かない気持ちになった。
――――――――――――
PR案件の投稿を終え、麦と共に成果報酬を現金で受け取りに行った帰り道。
小さな光の環が一瞬、ほんの1秒にも満たない時間だが、夜空に見えた。
(なんだあれは?)
これまで見たことのない現象であったが、麦には見えなかったという。
(気のせい……か)
アルフレッドはすぐに光の環のことは忘れて、成果報酬の3万円を軍資金に、高円寺の焼肉屋へ向かった。
「今日は食べるぞ~!」
心から嬉しそうにはしゃぐ麦を見て、心が温かくなった。
――――――――――――




