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第10話 王子、バイトする?

「麦、そろそろ財政会議を開くべきだ」




夕食後、湯呑みを置いたアルフレッドがきっぱりと言った。


表情はまるで国会開会の宣言だ。




「節約の話?」




アルフレッドが家計を管理し始めて、これまで幾度となく節約会議が定例で開催されるようになっている。




「余は常に国家財政を頭に入れておる。今の支出構造は健全だが、家賃の比率が高すぎる。いずれ圧迫要因となる」




そう言って、彼はノートに簡単な家計の円グラフを描く。


食費の割合、家賃の理想比率、可処分所得のバランスまで、すらすら説明。


経済学の教科書から抜け出してきたみたいだ。




「まあそうだよね。私の収入に対して2DKは豪華すぎるもんね。とはいえ部屋数は減らせないしさ、アル君も収入を増やす方向で動く?」




「ふむ……民の職に就くというわけか」




「たとえば、近所のコンビニでバイトとか」




「ばいと……? 何語だ?」




「アルバイトの略。短時間だけ働いて、お金をもらう仕事のこと」




「ふむ、臨時傭兵のようなものか?」




「いや、戦わない。接客したり、品出ししたり、レジ打ったりする」




「……兵糧を配る役職か?」




「うん、まぁ……言い方によってはそうかも」




「任期は?」




「契約による。働く時間も交渉が必要だよ。シフト制だったりするし」




「……しふと?」




そこから説明がまた必要になり、麦は10分かけて「バイト」「シフト」「時給」「交通費支給」という現代労働用語を一つずつ解説した。


アルフレッドは真剣にうなずきながらメモを取り、最後にこう言った。




「つまり、余は王子としての身分を一時的に封印し、民の一員として労働力を提供し、その対価として貨幣を得る……そういう契約だな?」




「そうそう」




「面白い、やってみよう」





――――――――――――





思い立ったが吉日。


深夜、家の前のコンビニへ。


アルフレッドは「視察」と称して、外交官のように胸を張って入店する。




「ふむ……効率的な棚配置。動線が短く、冷蔵区画も入口から近い。物流を考慮した構造だな」




入って早々、完全に分析モード。


次の瞬間――飲料ケースの扉を開けて目を見開く。




「冷却効率を損なわぬ透明な障壁……しかも指一本で開閉可能とは!」




お菓子コーナーでは、ポテチを真剣に裏返し、




「この黄金色の薄片は穀物由来か……軽量で長期保存可能。軍糧に適すだろうか」




レジ横の肉まんケースでは、




「蒸気で保温とは、原始的に見えて理にかなっておる。これは……匂いも兵士の士気を高める」




完全に“食糧戦略家”としての視点になっている。




手ぶらで帰るのも気まずいので、家計担当のアルフレッドに許可を取り、アイスを二人分買うことに。




会計の番になった。


アルフレッドは麦に促され、レジに立つバイトの若い女性と目が合う。


その瞬間、彼の瞳がギラリと光った。




「そなた、“ばいと”という職をここで得ておるのか?」




「え、そうですけど?」




「一日何刻、労役を課される?」




「え? あー、シフトによるっていうか、あたしは入る時間と終わる時間いつもバラバラ」




「シフト……従軍時間の割り振りのことか」




「え、軍? やば。物騒すぎてウケるんだけど」




アルフレッドはさらに身を乗り出し、真顔で尋ねる。




「貨幣は、どのような単位で支給される?」




「時給。ここだと1,050円ですね」




「一刻の報酬が1,050……現金支給か?」




「普通に口座に振り込まれますよ」




「……物理的実体を伴わぬ通貨……随分と高度だな」




バーコードをピッと通しながら、店員は苦笑いした。




「で、なんでそんな聞くんですか?」




「この職、余も就けるか?」




「えー、顔めっちゃキレイだし、愛想よければ全然いけるんじゃないすか?」




顔を褒められたアルフレッドはどや顔ふんぞり返りで麦に振り返った。




「フッ。この女、なかなか見る目がある」




「女? なにそれあたしのこと?」




急に失礼な物言いをするものだから、麦は焦って代わりに謝罪する。


「この人礼儀がなってなくてごめんなさい! ほらアルフレッド謝って!」




「なんだと!? 庶民に礼儀を問われるような教育は受けていないぞ!」




逆に怒りだしてしまったアルフレッドに


「こりゃバイトは無理か…」と麦はため息をついた。




「この人何かのキャラになりきってるんですか?」




「まあそんなところですね…」




彼に悪気が無いのはわかるが、この調子で王族が庶民に接するときのようなコミュニケーションをしてしまうようでは、コンビニバイトは難しいかもしれない。


麦は肩を落とし、アルフレッドは納得がいかないのか憮然たる面持ち。




「顔面強いから、コンビニバイトよりSNSやらせたほうが稼げそうですね。企業案件とかでマジでお金になるらしいし」




SNS――それは確かに収入源になり得る。


しかもアルフレッドは数字にも強い。


ただの見た目頼みじゃなく、戦略的に伸ばせるかもしれない。




「いいアイデア!ありがとうございます、考えてみます!」




まだムっとした顔のアルフレッドを連れ、コンビニを出た。




―――――――――――




帰り道、夜風に吹かれながらアルフレッドはチョコミントアイスを慎重に観察していた。




「この氷菓……甘味と清涼感、そしてミルクの濃厚さが同居しておる……不味くはないが、不思議な味だ……」




「私は好きだけどクセあるよね」




「む……いったいどれほどの民がこの“チョコミント”を支持するのか知りたいな」




麦はこれだと思わずスマホを取り出した。街灯の下で、真剣にアイスをかじる王子の姿。その姿を動画に収める。





家に帰るとすぐにアルフレッド用のSNSアカウントを開設。


撮影した動画をアルフレッドに見せた。


「アル君……あの、さっきのアイスかじってる姿、動画に撮ったんだ。SNSに投稿したいんだけど……」




「む……動画? SNS……先ほどの女店員も言っていたが、一体何なのだ」




麦は深呼吸して説明する。


「えっと、インターネット上でみんなに見てもらえる投稿サービスっていうか……写真や動画を世界中の人に共有できるものなの」




アルフレッドは真剣に聞き入る。


「……つまり愚民は世界中の人間に余の姿を見せたい、と?」




「そう。正直アル君って、顔が本当に良いから人気が出そうだなって。人気が出たら収益になるんだよ。ただ一度アップしたら完全には消せないし、アル君の顔がこの世界の人に知れ渡る可能性があるの」




アルフレッドは少し考え込み、そして胸を張った。


「……ふむ、王族として、人々に手本となる姿を見せることは当然の務め。よって、余はこの試みに異議なし。むしろ協力しようぞ」




「わかった! じゃあ、動画投稿するね」




「む、されども、愚民よ。余のアイスをかじる姿が、余の威厳を損なわぬよう、慎重に扱うがよい」




麦は苦笑しながらスマホの編集画面を開き、アルフレッドに見せる。


「大丈夫、ちゃんとかっこいいよ」




アルフレッドは少し赤面して無言でうなずいた。




こうして、アルフレッドの初めてのSNS投稿は、王族としての自覚を持った上で行われることになった。




悩まし気な表情でアイスにかじりつくだけの美青年、そのアンニュイな空気感から目が離せない動画に、「チョコミントは美味か否か、意見求む」とシンプルなメッセージを添えて投稿。




フォロワーは0人、このまま埋もれるだけかもしれないが、やって損することもない。




「少しでもお金になればいいな」


「フッ。余ほどの美貌だ。民は釘付けになるに違いない」




自信まんまんのアルバートだが、現在フォロワーは0人、


このまま埋もれるだけかもしれないが、やって損することもない。




麦はあまり期待しないことにした。





―――――――――――





朝になると、麦のスマホには100件ほどの通知が溜まっていた。


深夜に投稿したにも関わらず、プチバズ状態である。




「アルフレッド、すごい……! この調子なら収益化狙えるかもね!」


麦は興奮して、朝食を作るアルフレッドの背中に話しかける。




「余の力をもってすれば、民を惹きつけるのも容易いことだ」




アルフレッドは、真剣そのもので画面を見つめながらつぶやく。




「だが、チョコミントが善か悪かについての意見がまるで無い……」


数十件のコメントが寄せられているが、見れば王子の顔についてばかり。




「王子がイケメンすぎて、チョコミントどころじゃないみたいだね」


麦は苦笑した。





―――――――――――

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