剣士俺、剣術トーナメントに出場するため王都まで来たけど、その時出会った女剣士から「馬車の手配をしておけ。今日帰るんだろう?」と煽られる
早朝、17歳の剣士ベグルスは自信満々の顔つきで馬車から降り立った。
燃えるような赤髪と真紅の瞳、体には胸当て、手甲などの防具を身につけ、腰には剣を差している。
(ここが王都か。やっぱ賑やかだな)
ベグルスは地方出身の剣士。
馬車に乗って王都まで上京したのにはもちろん理由があった。
(トーナメントで優勝して、国中に俺の名を轟かせてやる!)
王都で年に一度開かれる剣術大会。
王国中から剣士を集めて開かれるトーナメントであり、参加人数の多さから大会は三日間かけて行われる。
(そうすれば、薔薇色の人生が待ってる!)
なにしろ国中の注目を集める大会である。上位まで勝ち進めれば、その剣の腕を求めて至るところから引く手あまたとなる。
王国の近衛兵、貴族の護衛兵、剣術の指導員……仕事にあぶれることはない。
ベグルスの目には栄光へ続く輝く道が見えていた。
(さっそく闘技場に向かうとするか)
***
王都には主役といえる建物が二つある。
一つは国王を始めとした王族が暮らす王城。そしてもう一つが『大闘技場』である。
国内に点在する円形闘技場の中でも最大のもので、ここで試合をすることはあらゆる戦士にとって栄誉とされる。
大会開始までにはまだ時間があるが、闘技場周辺はすでに賑わっていた。屋台も数多く出ている。ベグルスは闘技場を見上げて両拳を握り締める。
「血がたぎってきやがったぜ!」
出場するには受付をする必要がある。
さっそく手続きしようとすると、ベグルスは誰かにぶつかった。
「……いてっ!」
試合前で気が立っているのもあって、ベグルスは相手を睨みつける。
鎧をつけているので、相手も剣士。そして、女だった。
やや長めの黒髪、鋭さと愛らしさが同居した眼、つんとした美貌を持つ、若い女剣士であった。
女剣士はこう言った。
「気をつけろ」
「なにぃ!?」
ベグルスもつい大声を出す。
そして、何か口で反撃しなければ、という義務感に駆られる。
「お前も大会出場者か。ふん、女も出場するんだな」
あざけりを含んだニュアンスで告げる。
ベグルスも世の中に女の戦士や剣士がいることを知らないわけではない。
だが、人とぶつかって謝りもしないこの女に、少しでも不快感を与えたいという気持ちから出た言葉だった。
すると、女剣士はちらりとベグルスを見る。
「馬車の手配をしておけ」
「は?」
「今日帰るんだろう?」
大会は三日間かけて行われる。今日帰るんだろ、ということはつまり、ろくに勝ち進めず敗退するんだろ、という意味である。
「てんめえ……!」
ベグルスは怒りの形相になる。
反射的に剣を抜きそうになるが、こんなところで抜けば、大会出場どころではなくなる。かろうじて抑える。
頭を冷やすため、ひとまず自己紹介を始める。
「俺はベグルスっていうんだ。お前は?」
「私はアニタという」
「アニタか……。もし万が一お前と当たったら、絶対ブッ倒してやる!」
「フッ、弱い犬ほどよく吠える」
「ぐぐっ……!」
ベグルスは顔を歪める。
口での対決では完敗だった。だったら剣で分からせてやる。
トーナメントの組み合わせはくじ引きで決められるが、アニタと当たる組み合わせになりますように、と心の中で願った。
***
くじ引きが行われ、一回戦の組み合わせが壁に貼られ、発表される。
ベグルスは自分のいるブロックを確認する。
(俺は……あそこか。相手は……)
ベグルスの目によく知る名前が飛び込んできた。
(アニタ! ……二回戦であいつに当たる組み合わせだ!)
拳をギュッと握る。
(よし、あいつに借りを返すことができる! 口でやられた分はきっちり剣で返してやる!)
ベグルスが周囲を確認すると、やはりアニタも近くにいた。
「よぉ、組み合わせはもう見たか?」
「ああ」
ベグルスはニヤリとする。
「今日は二回戦までやることになってる。どうやら、馬車で帰るのはお前になりそうだな」
「ふん、返り討ちにしてやる」
「楽しみにしてるぜ」
二人はそのまま別れた。
(二回戦はあの女に快勝して、勢いつけてそのまま優勝してやる!)
剣術トーナメントが幕を開ける。
ベグルスとアニタ。因縁の対決の結果や、いかに――
***
昼すぎ、ベグルスは闘技場の中にあるベンチで座っていた。
顔に先ほどまでの強気さはなく、魂が抜けたようにがっくりとうなだれている。
ため息を何度も漏らす。
(終わった……)
ベグルスの大会はすでに終わっていた。
ただし負けた相手はアニタではなく、一回戦の相手。彼はアニタと戦うことなく、敗退してしまったのである。
ちなみに負け方は至極あっさりとしていた。
なにしろ王都民は皆が見に来るとも言われる大会、観客席は超満員もいいところであった。その雰囲気に彼は呑まれた。
カチコチになるほど力んでしまい、対戦相手もやたら屈強に見える。
緊張、恐怖、興奮、これらの感情が重なり、ベグルスは動けなくなってしまった。
そして、対戦相手の一撃で剣を叩き落とされ、そのまま審判に負けを宣告される。わずか三十秒ほどの出来事であった。
(何がトーナメントで優勝して俺の名を轟かす、だ。一回戦も突破できないなんて恥ずかしすぎる……)
両手を額に当てる。
そこへ力のない足音が聞こえてきた。ベグルスはその方向を見る。
「私は……どうすれば……」
アニタがいた。
顔を青くして、闘技場の通路をとぼとぼと歩いている。
ベグルスは思わず話しかけた。
「おい、アニタ……」
「! お前は……ベグルス!」
「残念ながら俺は一回戦で負けちまったよ。お前はどうだった?」
アニタはわずかにためらいつつ、答える。
「私も……負けてしまった」
ベグルスは一瞬驚くが、
「……そうか」
と返すのが精一杯だった。
あまりにも気まずく、お互いにしばらく黙り込んでいたが、ベグルスが切り出す。
「ここにいるのもなんだし、外出ないか?」
「うん……そうする」
一回戦負け同士、ベグルスとアニタは闘技場を出ることにした。
***
闘技場が賑わいを見せる一方、王都は静かなものであった。
なにしろ住民らは大会観戦に向かっているのだろうから、それも当然といえる。
ベグルスは自分の負け方を説明すると、アニタにも聞いてみた。
「お前はどんな風に負けたんだ?」
「私は試合開始と同時に突っ込んでいったんだが、緊張のせいで転んでしまって……」
転んだところに刃を突きつけられ、敗れ去ったとのこと。
「こんな無様な負け方もなかなかあるまい。転んで敗れるなど」
ベグルスはすかさず励ます。
「いや、そんなことないって。前に出て負けた分、ビビって何もできなかった俺よりよっぽどマシだ」
「優しいな、ベグルスは」
「全然優しくないって! 大会前にお前に酷いこと言っただろ!?」
アニタはフフッと笑い、尋ねる。
「お前はなぜ、このトーナメントに出場したんだ?」
「そりゃこの国に俺の名を轟かせて、いい仕事ゲットして……って思ってたけど、さすがに一回戦負けじゃなぁ」
「私もだ。子供の頃から剣が好きで、親からも『女の子が剣なんて』『普通の仕事をしろ』と言われてたが、それでも続けてきた。この大会でいい結果を出せれば、みんなを見返せる……そう思っていたんだがな」
「やっぱそう甘くはないよなぁ……」
二人で静かな街をとぼとぼ歩く。
大会で敗退した以上、もうやることはない。一回戦負けでは誰かの目に留まり仕事をもらえることもないだろうし、あとは故郷に帰るのみ。
だが、二人ともこのまま別れるのはちょっと、という気分になっていた。
「まだ昼すぎだし、どこかで飯でも食べない?」とベグルス。
「うん、そうしよう」
アニタもうなずき、二人は食事ができるところを探す。
とはいえ、剣術大会の影響でどの店も開いていない。
「今日は闘技場周辺に屋台たくさんあったし、みんなそっちをやってるのかもな」
「どうする? では闘技場に戻るか?」
「そうだな。これ以上街をうろついても仕方な……」
ベグルスとアニタは同時に気配を感じた。
「誰かいるな……」
「うん、それもコソコソとした連中だ。あまりいい予感はしない……」
気配の出所を察知し、二人は注意深くその方向へ向かう。
するとそこには、赤いバンダナをつけた十数人の集団がいた。
「ボス、あんたの言う通りだ! どこの家もがら空き! こりゃ盗り放題ですぜ!」
ボスと呼ばれた男が得意げにうなずく。
「そりゃそうだろう。今日からこの王都では剣術大会をやってる。みんな、闘技場に観戦に向かってるはずだ。俺らみたいな盗賊にとっちゃ、いわばボーナスステージってわけだ!」
「へへ、たっぷり稼ぎましょうぜ!」
ゴーストタウン状態の王都は、盗賊にとっては格好の狙い目であった。
これを見ていたベグルスとアニタ。
「まさか、こんな連中がいるとはな……」
「どうする、ベグルス?」
ベグルスは笑みを浮かべる。
「俺もお前も、実力を出し切れずに負けた。まだ運動し足りない。そうじゃないか?」
「その通りだな」
アニタも口の端を上げる。
「よぉし、王都を出る前にいっちょ大掃除といきますか!」
ベグルスとアニタは盗賊たちの前に進み出る。
「残念だが、ボーナスステージとはいかないぜ、皆さん」
「皆が楽しんでいる時に空き巣狙いとはどうしようもない悪党どもだ」
盗賊らが一斉に振り向く。
「なんだ、てめえらは!?」
「俺の名はベグルス。剣士だ」
「同じく、アニタ」
ボスは二人の名乗りを聞くと、不意に頬を緩める。
「ふうん……。さてはお前ら、大会で早々に敗退したな?」
二人は同時にギクリとする。
「でなきゃ、こんな日に剣士が街をうろついてるはずないもんな。勝ち残ってるなら、次の試合を待つか、他の試合を研究するとか、そういうことをしてるはずだ」
ボスが笑うと、手下たちも大笑いする。
「なんだよ、もう負けたのかよ!」
「ビックリさせやがって!」
「威勢はいいが、とんだザコ二人かよ!」
あまりにも図星すぎて、ベグルスもアニタも赤面する。
だが、ベグルスは恥ずかしさを振り払う。
「だから力が有り余ってるんだよ。ちょっと相手になってもらうぜ!」
剣を抜き、まっすぐ中段に構える。
「私もだ」
アニタも剣を抜き、同じように中段に構える。
ボスが顎を動かす。
「お前ら、あんなザコども、とっとと片付けろ!」
「へい!」
盗賊らも全員剣を装備しており、突っ込んできた。
(こいつら、全員鍛えられてる!)
ベグルスは思ったより盗賊らは手強いと判断するが――
「だがな、こっちだって鍛えてんだよ!」
上段からの振り下ろしで、向かってくる一人目を倒した。
「その通りだ!」
アニタは滑らかな動きで攻撃をかわすと、二人目の腹部に一撃を入れ、戦闘不能にする。
さらに三人、四人、五人と瞬く間に倒し、ボスの眉間にしわが寄る。
「予想以上にできるじゃねえかよ。どうやら俺がやるしかねえようだ」
ボスが動き出す。
鋭い踏み込みから大刀で斬りかかり、ベグルスはそれを剣で受ける。
「ぐっ……!?」
ベグルスはわずかに力負けする。
「アニタ、こいつは格が違いそうだ! 手下どもは任せてもいいか!?」
「ああ、任せてくれ!」
「頼むぜ!」
ベグルスはボスとの一騎打ちに挑む。
上段斬りで肩を狙うが、ガードされ、突きが返ってきた。
腕をかすめ、ベグルスは出血する。
「ぐっ!」
「よくかわしたな。これほどの腕ならもっと大会で勝ち進めてるはずだが」
ベグルスもまた、妙に剣術に長けたボスに対して疑問を抱く。
「……お前こそなんなんだ? 並みの腕じゃない。そもそも剣術大会について詳しくなきゃ、この空き巣計画も立てられなかったはずだし……」
ボスはよくぞ聞いたとばかりに笑む。
「教えてやろう。俺も五年くらい前、あの大会に出場したことがあるんだよ」
「なにぃ?」
「で、ベスト4、準決勝まで勝ち上がったかな」
「……!」
一回戦負けの自分に比べ、あまりにも輝かしい実績。格上じゃねえかとベグルスは動揺する。
「だがよ、そこまで勝ち進んだなら、いくらでも仕事あったろ。なんで盗賊なんかに……」
「宮仕えってのもあれで窮屈で退屈でよ。半年くらいでちょいと問題起こしてクビになっちまったのさ。その後は盗賊に転身を遂げ、この通り稼がせてもらってる」
再び何合か打ち合う。
「盗賊はいいぜ。自由で気ままで、好きなだけ稼げる。邪魔する奴は殺しゃいい。そうだ、お前もどうだ? 仲間にならねえか? 大会で負けてムシャクシャしてんだろ? こんだけの腕があるなら俺は歓迎するぜ」
ボスのスカウトに、ベグルスは笑みを見せる。
「ありがとうよ」
「お? その気になったか?」
「いいや、いくら剣の腕があってもクズになっちゃオシマイだと教えてくれてよ。何が転身だよ、ただ落ちぶれただけじゃねえか。俺は大会じゃ一回戦で負けたが、お前みたいには絶対ならねえよ。地道に訓練して、また次の機会を待つさ」
「この……クソガキがァッ!!!」
激高したボスが猛攻を開始する。
怒りで剣が乱れることもなく、的確にベグルスの体を狙う。
一つ、二つとベグルスは傷を増やしていく。
だが、ベグルスもボスの剣を見切りつつあった。恐るべき振りと突きのコンビネーションだが、二つの間にはわずかに隙がある。
そこを狙えば――
「はあっ!」
ボスが勢いのある振り下ろしから、急所狙いの突きを繰り出そうとする。
(そこだッ!)
待ちわびたかのように、ベグルスは渾身の一撃を振るう。
これが胸から腰にかけて入り、ボスは崩れ落ちる。
「ぐはぁっ……! こんな、ガキに……!」
大の字に倒れ、重傷で動けなくなったボスを見下ろし、ベグルスがつぶやく。
「できればベスト4に入った時のあんたとやりたかったぜ」
時を同じくして、アニタも残る手下を倒していた。
「お、そっちも終わったか」
「ああ、さすがだな。ボスを倒してしまうとは」
「いや、そっちこそ。大勢を任せちゃって悪かった」
二人は称え合い、爽やかに笑い合った。
ベグルスは剣を鞘に納めると、ふと空を見上げた。
(これで悔いなく故郷に帰れるな……)
***
故郷に帰る気満々のベグルスとアニタだったが、思わぬチャンスが舞い込むこととなる。
剣術大会中の王都を荒らし回ろうとしていた盗賊団退治の件を、非常に高く評価されたのである。
王国の治安維持を管轄する大臣から直接話を持ちかけられる。
「君たちのおかげで王都は救われた。もしよかったら、その力を王国の平和を守るために貸してもらえないだろうか」
ベグルスとアニタは顔を見合わせてから、
「はい、もちろんです!」
「私の力でよければ……!」
この話を快諾した。
二人はそのまま住居を与えられ、王都で暮らすことになった。
ベグルスとアニタは残る大会の観戦を楽しみつつ、会話を交わす。
「どうやら、帰りの馬車の手配は必要なくなったな」
「お互いにな」
「それと、これからもよろしくな、アニタ!」
「うん、ベグルス!」
戦友同士、二人は固い握手を交わした。
***
三年の月日が流れた。
現在、二人は王国軍の特殊部隊に所属している。
盗賊や山賊といった対無法者に特化した、精鋭部隊である。
部隊の隊長が隊員らに命じる。
「斥候部隊が山賊のアジトを発見した。ただちに出動するぞ!」
「はいっ!」
ベグルスとアニタは着々と実績を重ね、今や部隊のエースである。特に二人で組んだ時の強さは無類のものとなる。
同僚の一人が、支度をしている二人に話しかける。
「今日も頼りにしてるぜ、二人とも!」
「おう、任せとけ!」
「私とベグルスの前に敵などいないからな」
そして、こんなからかいの言葉もかけられる。
「ところで、お二人さんはそろそろ結婚とかしねーの?」
「おい、バカなことを言うなよ!」
「そうだ!」
慌てて否定する二人。
「あー、お互いにそういう関係ではないってことか」
「その通りだ。俺がもっとアニタに相応しい、立派な剣士になってから……」
「うん、そういうのは私がベグルスの伴侶として恥ずかしくない女になってから……」
「なんて分かりやすい奴らだ……」
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。