Episode022 転入生 II
「教授はサトルの個人授業を終え、教壇を離れると一瞬足を止めた。
準備室に目をやると、サトルが椅子にぐったりと倒れ込んでいる。
息が荒く、汗が額から滴り落ちている。
しかし、今はそれよりも別の問題があった。もう一人、転入生がいるはずだが・・・・
「そうか、バーンズ教授のクラスから編入されてくるんでしたね」
エドウィン・バーンズ。
教授の親友にして、ここ事改研でロバート教授とともにミスティック・シナジーの研究にいそしんでいる教授である。
そのエドウィン教授から託された生徒が1人いる。
かなりの問題児らしく、ロバート研究室の人員補充に際して拝み倒して押しつけられたのである。
名を駒場篤志は現場に出るたび、死人が出る。
ほとんどが彼の手によるものだった。
彼の目には冷たい光が宿り、瞬時に状況を判断し、敵とみなした者には一切の容赦がない。
その徹底した『悪・即・斬』の姿勢は、彼がかつて失った家族の復讐を誓った日から培われたものだ。
彼は家族を目の前で失った経験から、正義を信じる心を失った。
敵を倒すことでしか心の平穏を得られない 誰にも彼の決意を変えられない。
彼の手が震えることは決してない、彼自身がそう信じている。」
教授は若い頃の自分を重ね合わせて苦笑した。
教授も若い頃は性悪説を掲げサラとよくぶつかった物だ。
だからアツシの危うさを一番分かっていた。
「まぁ、私の生徒達とふれあえば彼も変わることでしょう」
そんなことを考えながら、ミスティック・シナジーの特訓で、しばらくは使い物になりそうにないサトルを引きずって研究室へ入っていった。
すると人だかりが出来ていた。
何事かとよく見るとアツシを中心に女子の輪が出来ていた。
「いやぁ、僕なんてまだまだですよ」
アツシは女子たちに笑顔を見せながら、内心では心の中に渦巻く暗い感情を必死に抑えていた。
などと明らかに猫をかぶって女子と話をしていた。
これがイケメンな物で女子がキャーキャー浮かれていた。
特にイケメン好きのカズちゃんが、興奮した様子で熱心に話しかけている。
対して男子はアキとタケシ、それに使い物にならないサトルが居るだけだった。
「ちょっとイケメンだとすぐ騒ぎやがる」
タケルがこぼした。自分も結構イケメンなのに、である。
「皆さん、席についてください」
教授が言うとみんな慌てて自分の席に戻っていった。
「もう紹介の必要も無いかも知れませんが、転入生の駒場篤志君です。 これで転入生2人がそろって10人に戻りましたね」
「あ、駒場君、一応自己紹介をお願いします」
「はい」と元気よく優等生っぽく立ち上がった。
「駒場篤志です。エドウィンクラスから転入してきました。ミスティック・シナジー等級4級です」
そうか、エドウィン教授のクラスにはミスティック・シナジー保持者がいるんだ。
うちのクラスではアキとジム、それにリサとミサの4人だけだ。
しかし、なんか違和感を感じるアキだった。
教授があきれたように首を振っていたのも気になった。
教授はアツシが女子たちに囲まれている様子を見て、ふと昔の自分を思い出していた。
「彼はまだ自分をコントロールできていない・・・・このままでは、またあの悲劇が繰り返されるかもしれない」
教授は内心でそう考えながら、アツシの未来に一抹の不安を覚えた。
「今日は趣向を変えていつもと違う実習授業をします。
教壇の周りに集まってください。
みんなでぞろぞろと教壇の周りに集まった。またあれか。
「皆さん集まりましたね? では」
教授が右手をパチンと鳴らすと目の前が真っ黒になった。
「なんやなんや!」「何が起こったんだ?」
初めて体験する転入生二人は少々パニクっていたがアキ達は慣れたものだった。
「エリア・テレポーテーションだ。 教授の得意技で、エリア全体を移動させることができるんだ」
ジムが小声で説明した。
「エリア・テレポーテーションだってさ! 教授、どこまで俺たちを驚かせるつもりなんだ?」
転入生二人は目を輝かせながらも、その技術の難易度に気後れしているようだった。
「これ、俺たちにもいつかできるのかな・・・・?」」
ジムの言葉に、転入生たちは息を飲んだ。」
「ほぉー」「はぁー」と転入生二人は感心しきりという感じだった。
突然目の前が開けると、紅葉に包まれた山の中だった。
冷たい風がアキたちの顔に当たり、秋の匂いが漂ってきた。
周囲を見渡すと、作務衣を着たスキンヘッドの若者たちが静かに歩み寄ってくる。
「ここが今日の戦場か・・・・」
アキは一瞬息を呑みながら、その独特の雰囲気に圧倒されていた。
向こうから作務衣を着たスキンヘッドの若者が数人やってきた。
「紹介しておきましょう。 真言密教の行者の方々です。 いろいろと協力していただいてます。 魔法とは違いますが、実習としては興味深い経験が出来ますよ」
「初めまして、東尋坊兼良と申します。 今日はお手合わせいただけるそうで楽しみにしておりました」と右手を出してきた。
「こちらこそよろしくお願いします」とタケルが代表となって握手した。
真言密教の技か、どんな物なんだろう。と想像もつかないアキ達だった。
「はっ」「オン」というかけ声とともに見たこともない技が繰り出される。
まともに相手が出来るのはジムとリサ、それにスージーくらいのものだ。
アキはストーンウォールで防戦するのが精一杯だった。
ミスティック・シナジーと真言密教は似て非なる技術だ。
ミスティック・シナジーは理論と技術の結晶だが、真言密教は精神と信仰に根ざしている。
アキは、その違いがこの対決を決定づけるものだと感じた。
彼のストーンウォールは、真言密教の精神力の前に脆くも崩れ去る。
アキは、目の前のスキンヘッドの行者が放つ異様な気配を感じ取り、急いで「ストーンウォール」を展開した。
巨大な岩の壁が彼の前に現れ、敵の攻撃を遮断する準備を整えた。
数年前、彼は同じような場面で仲間を守ることができなかった。
その時の絶望感が今でも胸に残っている。
「あの時のようにはならない」と心の中で何度も繰り返したが、心の奥底に潜む恐怖は簡単には消えなかった。
アキは額に汗が滲むのを感じた。
手のひらは冷たく湿り、鼓動が耳の奥で響く。
目の前の敵が放つ異様なオーラに、全身が緊張で硬直した。
「この一撃を防げるだろうか?」
そんな疑念が心に浮かんでくるが、今はとにかくやるしかない、と自分に言い聞かせた
行者は低く構え、深く息を吸い込むと、両手を組み合わせた。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
と力強く呪文を唱えると、その周囲の空気が震え、炎のような赤いオーラが彼の体から溢れ出した。
そのオーラは彼の手に集まり、激しい光を放ちながら、まるで生きているかのように蠢いていた。
アキはその圧倒的な力に一瞬たじろいだが、「ストーンウォール」の防御があることに安心していた。彼は冷静に行者を見据え、次の一手を考えようとしていた。
だが、次の瞬間、行者は突如として前に飛び出し、赤いオーラをまとった拳を岩壁に叩きつけた。
圧倒的な衝撃音と共に、アキの「ストーンウォール」が激しく揺れた。
彼は内心、驚きの声を上げたが、まだ壁は崩れないと信じていた。
しかし、その信念は一瞬で打ち砕かれた。
赤いオーラが岩壁をじわじわと蝕み、まるで岩そのものを溶かすかのように、亀裂が広がり始めた。
アキの目の前で、固いはずの岩が次々と崩れ落ち、ついには全体が粉々になって地面に崩れ落ちた。
アキが防御の構えを取る瞬間、時間が止まったかのように感じられた。
目の前で行者の拳がゆっくりと迫ってくる。
その拳が、ストーンウォールに触れる刹那、アキはすべてが終わる予感を感じた。
その予感が現実となる前に、彼は必死に次の手を考えたが、時間はすでに元の速度に戻り、何もできないまま、破壊が訪れた
「ま、まさか・・・・」アキは絶句した。彼の最も信頼していた防御が、あまりにも容易く打ち破られたのだ。
真言密教の技は、ミスティック・シナジーの力を完全に凌駕していた。
これ以上は無理だ!』アキは心の中で叫びながら、目の前の現実をどうにか受け入れようとした。
彼の中で恐怖が爆発し、理性が飛び去っていく。
「やめろ!」と叫びたい衝動を必死で押し殺し、彼はただ、次の一撃を待つしかなかった。
行者は無表情のまま、冷たい目でアキを見下ろしていた。その瞳には、勝者としての余裕が漂っていた。
「参りました・・・・」アキはかすれた声で呟いた。
彼の体は疲れ切り、もう一歩も動けそうになかった。
しかし、その瞬間、彼の中で何かが燃え上がるのを感じた。
「こんなところで終わってたまるか・・・・」
彼はもう一度拳を握りしめ、立ち上がる決意を固めた。
敗北の苦さを噛み締めながらも、彼はまだ戦う意志を失ってはいなかった。
「印」
と唱えると不動明王と一体化したスキンヘッドが鬼のような形相でジムに相対していた。
ジムは額に汗が滲むのを感じた。
心臓が激しく脈打ち、全身が硬直して動けなくなる。
目の前のスキンヘッドの行者は、まるで不動明王そのものだった。
空気が張り詰め、彼の一挙一動が、まるで全世界を支配しているかのように感じられた。
リサも苦戦していた。
得意の空手も空を切るばかりだった。
研究所メンバーが押され始めた。
結局真言密教側の方に軍配が上がった。
「「「ありがとうございました」」」
お互いに頭を下げて礼をして、談笑した。
「あなたの回し蹴りは避けることが出来ませんでした。 仕方なく印を結んで対抗しましたが危なかったです」
とジムに話しかけるスキンヘッド。
「いやぁ、すごかったです。 密教の技ってのを初めて見ましたが、すさまじいですね」「いやいや、そちらこそ」
とわいわい情報交換までしている。
「私たちは俗世に関与できませんが、悪党の退治をよろしくお願いします」
と東尋坊さんが頭を下げた。
「分かりました。お任せください」
とリサ。
「女性陣、まさかここまで強いとは思わなかった。正直、圧倒されましたよ。」
ちょっと照れるリサ、ミサ、スージー。
リョーコとカズちゃんは今回は不参加だった。
「それではそろそろ失礼しましょうか」
アキ達はスキンヘッド軍団と握手をして、再開を誓い合っていた。
「いきますよ」
教授がエリア・テレポーテーションを発動し、全員が研究室に戻ると、アキは深い息をついた。
まだ心臓が速く脈打っているのを感じながら、彼は静かに周囲を見渡した。
これから始まる戦いに備えて、彼は心の準備を整え始めた。
「また行きたいですね」「いい人達だったね」
とみんなでわいわい言っていた。
サトルはまだ使用不可能状態で何が起きたか分かってないようだ。テレポーテーションのことは憶えているようだが。
アツシはなぜか参加さてもらえなかったのでブーたれていたが。
「さて、次の実習なのですが」
教授がエリュ・コーエンの支部を襲撃する計画を話し始めた。