Episode014 教授の過去 II
「ミスター・ロバート」
とブライアンがおびえるように口にする。
教授は懐かしそうに言った。
「お久しぶりですね。 ミスターブライアン。 この学校を作るときにフリーメーソンに出資をお願いしに行ったとき以来ですから十数年ぶりですね」
ブライアンは恐る恐る言った。
「お嬢様、この男は危険です。 超能力の実験で自分の恋人を殺した男ですよ。 今でも警察やら軍の要請を受けて、自分の生徒を派遣して危険な任務に就かせて稼いでいる非道な男なんです」
教授は一瞬ひるんだ様子を見せたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「ずいぶん昔のことをご存じですね。確かに警察やら軍の依頼を受けて生徒を派遣していますが、安全マージンは十分に取っていますし、稼ぐようなことはしていません」
アキは驚いて言った。「超能力の実験で恋人を殺した?」
クラスメイト全員が衝撃を受けた表情をしていた。
ロバート教授は深いため息をついて言った。「あまり昔の話はしたくありませんが、皆さん知っておいても良いでしょう。こんな外部の人の口から聞かされるより、私の口から説明した方が良いかもしれません」
タケルはまだ衝撃から立ち直れずにいたまま、ブライアンのかせを外した。
ブライアンは手足をほぐしながら言った。
「さ、お嬢様、帰りましょう」
スージーは毅然として答えた。
「いやよ、私はこの研究所が、仲間が気に入っているの。 とてもね。 帰ってパパにそう言ってちょうだい」
「しかしお嬢様」
「しかしも何もないわ」
ブライアンは諦めたように帰って行った。スージーは父親からの期待とプレッシャーに押しつぶされそうになりながらも、自分の道を選んだことを誇りに思っていた。
リョーコがスージーをハグしながら言った。「いいんですのよ、スージー。気になさらないで」
手足をくるくる回して体をほぐしてからブライアンは
「さ、お嬢様、帰りましょう」
「いやよ、私はこの研究所が、仲間が気に入ってるの。 とてもね。 帰ってパパにそう言ってちょうだい」
「しかし、お嬢様」
「しかしも何もないわ。 さっさと帰って」
「しかし・・・・」
「帰ってちょうだい!」
ブライアンは平行線だと思ったのかすごすごと帰って行った。
スージーはブライアンが去っていく姿を見送りながら、仲間たちの視線を背中に感じた。
彼らの優しさが胸に染みる一方で、その視線の中に自分への期待と心配が混ざっているのを感じ取った。
「本当にこれで良かったのだろうか…?」
彼女は心の中で何度もその問いを繰り返した。
一瞬、父親の言葉が頭をよぎる。
彼女が父の期待に応えられなかったことが、胸に鋭い痛みを与えた。
しかし、彼女は深く息を吸い込んで、その痛みを押し込めた。
「いや、私はこれで良いんだ。お父様の期待を裏切ることになっても、自分の信じた道を進む。 それが私の選んだ未来なのだから…」彼女はその言葉を自分に言い聞かせ、手を強く握りしめた。 迷いが完全に消え去ったわけではなかったが、彼女の中に確固たる決意が生まれていた。
「ごめんなさいね。 みんな。 私のために嫌な思いをさせたわね。 特にリョーコはつらかったでしょう。 本当にごめんなさい」
「いいんですのよ、スージー。 気になさらないで」リョーコがスージーをハグした。
◇◇◇◇◇◇
その夜、スージーは父親との会話を夢で見た。
暗闇の中で、父親の声が彼女に囁くように響いてきた。
「スージー、お前は家族の誇りなんだ。 だから、危険なことはやめてほしい・・・・」
その声は温かく、彼女の心を包み込むようだった。
しかし、その温かさが彼女を締め付ける鎖のように感じられた。
夢の中のスージーは言い返そうとしたが、喉が詰まり声が出ない。
心の中で叫んでも、父親の声が彼女の意志をかき消すかのように続いていた。
「お前が危険に晒されるのを見たくないんだ…」その言葉が彼女の心に突き刺さり、迷いが生じた。
だが、スージーは必死にその声を振り払った。
夢の中でかすかに首を振りながら、彼女は心の中で叫んだ。
「でも、お父様、私は私の道を行きます。 たとえそれが危険であっても、私は自分を信じたいんです!」
その瞬間、夢の中の闇が薄れていき、彼女の心に光が差し込んだ。
目を覚ましたスージーは、まだその言葉の重みを胸に抱えながらも、自分の決意が揺るがないことを再確認した。
◇◇◇◇◇◇
いつの間にか教壇に立っていた教授は
「皆さん、聞きたい事があるんじゃないでしょうか」
少し沈痛な面差しに見えたのは先入観だったろうか
黙りこくる研究室。
「いいでしょう、私の方からカミングアウトしましょう」
うつむいて何か考え事をしていたかと思うと顔を上げていつもの笑顔になって語り始める。
少し沈痛な面差しに見えたのは先入観だったろうか。
ロバート教授は深く息を吸い込み、遠くを見るような目つきで過去の記憶を追った。
「あれは、20数年前のことです…」
教授は深いため息をつき、遠くを見るような目つきで話し始めた。
「彼女は…サラは私のすべてでした・・・・」
教室は一瞬静まり返り、学生たちは息を呑んだ。
教授の話が進むにつれ、リサやタケルたちは驚きを隠せなかった。教授が自分の過去を明かすたびに、その場の空気がますます重くなっていく。
「攻撃魔法が使えなくなった後、私は日本に渡り、ここで新たな人生を始めました。」教授の言葉が教室に重く響いた。
教授の話が進むにつれ、リサやタケルたちは驚きを隠せなかった。
教授が自分の過去を明かすたびに、その場の空気がますます重くなっていく。
「攻撃魔法が使えなくなった後、私は日本に渡り、ここで新たな人生を始めました」
教授の言葉が教室に重く響いた。
教授の声が震え、教室の空気が一層重く感じられた。
「私のミスで彼女を…失ったんです。 その瞬間、私の心は砕け、攻撃魔法を使うたびに彼女の笑顔が頭に浮かぶようになってしまった。 それからというもの、私はその力を使うことができなくなったんです・・・・」彼の声はさらに低くなり、その重さが教室全体に広がっていった。
教授が言葉を紡ぐたびに、その場の空気がますます重く感じられる。「彼女を…失ったんです」と教授が言った瞬間、まるで時間が止まったかのように、教室全体が静まり返った。
教授が自分の過去を語り始めた瞬間、リサは驚きと同時に心に重いものを感じた。
「教授がそんな過去を…」
彼女の目にかすかな涙が浮かんだ。
一方、タケルは固まったように動かず、教授の言葉に耳を傾けた。
「そんなことが…」彼の声は震えていた。
一言ごと区切るように話す教授。
「彼女の名前はサラ、サラ・モントゴメリー。当時年齢は私が29才、サラは24才。彼女もSASに所属していました。
そして教授は例の悲惨な事件のことを語った。
顔を上げた教授は再び語り始める。
「”訓練中の不幸な事故”として片付けられ私にはおとがめ無しでした。
しかし、私は攻撃魔法が使えなくなってしまいました。
攻撃魔法を使おうとすると彼女の最後の笑顔が頭に浮かんで・・・・」
ロバート教授の沈痛な独白は続く。
「攻撃魔法が使えなくてはSASの任務はこなせません。 私は部隊を去りました。 警察にも追いかけられました。 そして攻撃魔法の必要のなさそうな安全な国、日本に移住しました」
「が、日本にも能力を犯罪に使う輩がいました。 SASに所属していた実績を買われ、最初はアドバイザーとして警察に協力していました」
教授は深いため息をついてから、再び学生たちを見渡した。
「私はサラを失ったことで、多くのことを学びました。 力は確かに重要ですが、それ以上に重要なのは、力をどう使うか、そしてそれがもたらす結果に対してどう責任を持つかです」
彼は一人一人の顔を見つめ、その言葉が届いているか確認するように続けた。
「皆さんも、これから多くのことを経験するでしょう。 その中で、自分の力をどう使うか、常に考えてください。 そして、過ちを犯した時には、それを乗り越えるための力を持っていてほしい」
「そしてこの学校が設立され、二度とサラのような不幸な事故が起きないように、と後進の育成を思い立ち、教壇に立ちました。 そうして請われるままに生徒達を現場に派遣するようになったのです。
教授が話し終えた後、教室には重苦しい沈黙が流れた。誰もが言葉を失い、ただ教授の顔を見つめていた。タケルが静かに呟いた。「そんなことが…」
リサは口を開こうとしたが、何も言葉が出てこない。
彼女は自分の手が震えているのを感じながら、教授の辛さに思いを馳せた。
「教授・・・・」彼女は心の中で呟いた。
「どうしてそんなに辛い思いを抱えながら、今も私たちを導いてくれているの?」
「あるとき私は思い至ったのです。 サラの事故は魔法だったからではないか、超能力で制御されていれば起こらなかった悲劇だったのではないか、と」
「今では私は確信しています。魔法=超能力なのだ、と。 ただアプローチと制御の仕方に違いがあるだけなのだ、とね」
最後の方はロバート教授の顔は晴れ晴れとしていた。
隠し事がなくなってすっきりしました。後もう一つ話しておくべき事があります」
この上に何があるんだろうと僕はいぶかしむ。
「皆さん、超能力の実習の時、普段より上手く超能力が使えたのではないでしょうか?」「そうそう、それ。教授がなんかしてるんじゃないか、ってみんなで話してたんですよ」 リサが返答した。
教授は何かイタズラでも見つかった子供のようにはにかんで
「実は実習中は皆さんの能力を底上げするために支援魔法を発動させていました。成功したときのイメージをつかんでいただくために、ね」
と、答えた。
「一度成功するとそのイメージを思い出す事で次もうまくいきやすいんですよ。必ず成功するわけではないですが、成功率が全然違うと思います」
と、付け加えた。
「そっかぁ、やっぱり実習の時の成功は実力じゃなかったんだな」とタケルが椅子に背中を預けながらこぼす。
「いや、実力ですよ。イメージをつかめるとどれだけ簡単に成功させられるか、それを知っていただきたかったんですよ」
教授はチョークを放り上げたりつかんだりしながらながら言う。
僕たちは教授の二重の告白にどう反応していいのか分からなくて、ただ固まっていた。 僕はもう一つの疑問を教授にぶつけてみる。
「教授は等級はいくつなんですか?」
教授はイタズラっぽい表情を浮かべ
「等級ですか。興味ありますか?」
心底不思議だ、と言わんばかりの表情で
「魔法等級、超能力等級共にS等級です」
「S等級?等級は5から1までじゃないんですか?」
と、僕は率直な疑問を投げかける。
いつもの笑顔を顔にまとわせて、
「それは皆さんがご自身で調べてください。 宿題にします」
と、のたまう教授。
「ミスターブライアンのおかげで思わぬ話をすることになってしまいましたね。 私の話は以上です。 今日は解散としましょう」
パンパンと手をたたいて教授は宣言した。
僕たちは立ち上がって、ぞろぞろと研究室を後にした。S級というワードがクエスチョン付きで頭の中でぐるぐる回っていた。
女子はいまだに泣いていた。
「図書室でS級に関して調べてみようぜ」
タケルの音頭で図書室に向かうことにした