6 諦めよう
墜落寸前のヘリの中で私が見据えた僅かな希望。それは今、無事陸の上で息をできていると言う奇跡が実現できている事から、希望から成果へと変わったと思う。
「死ぬかと思った⋯⋯」
木々や草草に囲まれた場所で、流行る鼓動が止まらない。
私が見据えた僅かな希望は、今背中で役目を終えしぼんでいるパラシュートだった。
少し遠くでは墜落したヘリが大炎上を起こし、そこに乗っていたらと考えるとゾッとするばかりだった。
「まさかこの服にあんな使い道があったなんて⋯⋯」
りゅうさんから何かあった時のためにと渡された服だったけど、あまりにピンポイントに私の命を救ってくれた。
「元気になったらお礼しないとな⋯⋯」
時刻は朝の八時。きっとりゅうさんも今日のうちに目を覚ましてくれるだろう。
胸ポケットから携帯電話を取り出してりゅうさんにメールを送った。
『ありがとう』
そう一言だけ。
『お前今どこにいる?』
画面に映り込んだ文字に、ハッと息を呑んだ。そのメッセージは私からりゅうさんに送ったものではない。りゅうさんから私に送られたものだった。
つまり、りゅうさんが目を覚ましたことになる。
「よかった⋯⋯」
途轍もない安堵に、全身から力が抜ける。
撃たれた時はどうしようかと思ったけれど、目を覚ましてくれて本当によかった。
そう思った所で、あることが気がかりになり、私は再び携帯に文字を打ち込む。
『ランは? 何もされてない?』
『ラン? なんだそりゃ』
そう言えば、りゅうさんは『ラン』を知らない。
『ラン』とは破壊魔の事で、自称、破壊魔の卵と言う彼をそのまま呼ぶのは面倒臭かった私は、卵の文字から『ラン』と呼ぶようにした。
安直すぎるけど、短くて呼びやすいからそれでいい。
『破壊魔の卵の事』
『ああ。そいつなら俺の隣で気持ちよさそうに寝てるぞ。今すぐ手錠をかけてやりたいところだ』
『そっか。よかった』
取り敢えず、りゅうさんは大丈夫そうだ。
ランも何かしようと言う気はないみたいだし。
ホッと肩を落とす。
安心できたところで私は、背中にくっついている邪魔ったいパラシュートを畳んだ。
「それにしても⋯⋯これからどうしよう。これじゃ結衣の場所も分からないし⋯⋯それに⋯⋯」
呟き、辺りを見渡す。映る景色はどこを見ても緑でいっぱいだった。
「ここはいったい、どこなの⋯⋯」
突然墜落したのだから、場所なんて分かる筈もなかった。
私の地元がある長野県だったらまだ救いだけど、そんな奇跡は無いと思う。
取り敢えずどこかの町にでも出たいところだけど、右を見ても左を見ても山が広がってるため、どちらに進めばいいのかも分からない。
「⋯⋯そうだ! こういう時のために携帯があるじゃん!」
ふと思いつくと、慌てて携帯の画面を見る。でもそこに表示されてたのは圏外という文字だった。
「そんな⋯⋯さっきまでは使えたのに⋯⋯」
打つ手がなく、頭が真っ白になってしまう。こうなったら適当に歩いて町に出るか、何かの間違えで人に出会すのを願うしかない。
でも私のメンタルはそこまで丈夫じゃない。
親友の死体を見た。
胸が張り裂けそうだった。
りゅうさんが撃たれる瞬間が目に焼きついて離れない。
離れてくれない。
死ぬ思いで墜落寸前のヘリから飛び降りた。
今でも体から恐怖が拭えず、震えが止まらない。
私は厳しい教訓も受けていなければ、軍人のように鍛えられたわけでもない。
普通に高校を卒業して就職しただけの弱い女。
もう、心が折れそうだった。
覚悟なんて言う重い責任感を投げ出して、いつもの平和な日々に戻りたい。
そう心で思い、俯いたその時だった。
ガサガサと言う音を立てて茂みが揺れ動く。
「なに!?」
反射的に声を出し、振り返る。
茂みの揺れが激しくなっていき、怖くなった私はその場を離れようとした。
「もう、嫌だ⋯⋯何で私がこんな事⋯⋯」
もう泣きそうになっていた。
山に危険があることはよく知っている。最近ではクマに襲われたとか言うニュースも珍しくない。
実際、茂みの奥に居るのが何かは分からない。でも、ネガティブになってしまえば考える事はマイナスなことばかりだ。
「もう。いいや⋯⋯」
両手に入っていた力が抜ける。もう諦めようと思った。
考えれば、私は、結衣と会ってどうしたいんだろう。話して終わり? 私が話した所で何が変わると言うのだろう。
仮に私の話を聞いた結衣が虐殺をやめたとしても彼の死刑は魔逃れない。結衣がいない世界なんて、私は⋯⋯
「結衣のいない世界なんて、私は嫌だ! そんな世界、消えちゃえば良いんだ!」
そう叫ぶと、突然涙が溢れ出てくる。
「違う。そうじゃない⋯⋯」
本当は分かっている。私は何があっても結衣と話さないといけない事も。結衣の罪を、飲み込まないといけないことも。
そうだ。私が旅に出たのは、結衣の話を聞きたかったからだ。結衣がこんな事する筈ないって。何か理由がある筈だって。そう信じたかったから私は旅立ったんだ。
なら、死ぬのは今じゃない。少なくとも、今じゃない!
「こんな所で、死ねないの!」
そう叫んで走り出そうとした瞬間だった。
「お母さん!」
突然聞こえた声に、私は足を止めた。声のした茂みの方を見つめると、そこから小さな女の子が出てきた。
「え⋯⋯?」
「おかえり! お母さん!」
「お、お母さん?」
そう。その少女は、私の事を『お母さん』と呼んだ。