5 罠
ヘリに乗って結衣の元へ行く前に、破壊魔の卵に頼んで、私は近くの病院へ来た。
理由はりゅうさんを治療してもらうため。破壊魔に撃たれたりゅうさんだったけど、奇跡的に一命は取り留めた。
私が叫んだ一瞬に、りゅうさんは体をずらした。その結果、心臓への直撃を防ぐ事ができたのだ。その事に気付いたのは、破壊魔が私を殺せないと知った時。
『俺は大丈夫だ⋯⋯心はそのまま気づいていないふりをしろ⋯⋯奴の、弱みを⋯⋯握って⋯⋯』
破壊魔に気付かれないよう、りゅうさんは最後にそう言って気絶した。破壊魔の弱みを握り、結衣の元へ行けるようになったのもりゅうさんのおかげだった。
「りゅうさん⋯⋯」
外は未だに死体の処理や、りゅうさんを撃った破壊魔の捜索で騒がしい。それでもりゅうさんが眠っているこの病室の中だけは密やかな空気に包まれていた。
「本当に、こんなやり方で良かったのかな⋯⋯」
返事はない。自分では独り言のつもりでも、無意識に縋ってしまう。
「ごめんね⋯⋯それでも、私は結衣と話したい⋯⋯」
溢れる涙を隠すように、りゅうさんの体に上半身を突っ伏した。
再び公園に足を運ぶと、破壊魔が退屈そうに立ちすくんでいた。
「お待たせ」
「遅すぎ。待ちくたびれたよ⋯⋯」
「それより、約束、破らないでよ」
真剣な眼差しで訴えると、破壊魔は渋い顔をさせる。
「はいはい。あいつには手出ししない。ね」
「それだけじゃない。もう人を殺さないで⋯⋯」
「だから〜。僕は誰も殺してないって〜。破壊は全部結衣の役目。言ったでしょ? 契約してるって」
私は破壊魔に、あと二つ、約束をした。
一つは、りゅうさんに手出しはしないという事。明日には目を覚ますだろうりゅうさんとの連絡が取れなかったら、私は結衣を殺すと言う内容。
二つ目は、これ以上人を殺さないと言う事。でも、それは止められそうになかった。
どうやら破壊魔の卵である彼は、憎悪を抱いた人に力を与える事しかできないらしい。つまり、彼自身に破壊能力はなく、破壊活動を行なっている結衣を止めなければ犠牲は増え続ける一方なのだとか。
「それじゃあ、私は行くから⋯⋯言いたくは無いけど、ありがと」
「しっし! さっさと行っちゃえ!」
不安は残るけど、今のこの子に約束は破れない筈。そう思い、私はヘリに乗った。
でも、その考えが甘かったと私は後悔する事になる。何故なら、相手は破壊魔。人間とは圧倒的に価値観のずれた、化け物なのだから⋯⋯
「道中、お気をつけて⋯⋯」
飛び去るヘリを、破壊魔は不気味な笑顔で眺めていた。
****
ヘリに乗ってから、早二時間が経過した。
内装は特殊なもので、前方シートと後方シートを隔てるようにして壁が存在している。つまり、私から運転席は見えない。誰が運転しているのかも分からないが、今は破壊魔の言葉を信じるしかなかった。
「無事に着いてくれれば良いけど⋯⋯」
一人不安を呟いていると、突然視界が不安定になっていく。
考えれば、今日は波乱すぎて寝れていなかった。その上心身共に疲れが溜まっていたため、静かな機内で一気に眠気が襲ったのだ。
「だめ⋯⋯気をゆるめちゃ⋯⋯⋯⋯」
自分に言い聞かせようとするが、押し寄せる睡魔に叶う訳もなく、私はぐっすりと眠りについてしまった。
時刻は夜中の十一時を回っていた。
声がする。
「こころ⋯⋯心ってば!」
目を覚ますと、そこは教室だった。私が通っていた中学校の教室。
「懐かしいな⋯⋯」
「何寝ぼけてんのさ。もう帰らなきゃ、センセーに怒られちゃうよ!」
この口調、聞き覚えがある。この何処か良い加減な話し方は⋯⋯
そこで初めて顔を合わせた。瞳から涙が溢れてきた。
「み、みなみ⋯⋯」
「ちょ、ちょっと〜。どうしたのさあ! いきなり泣き出して⋯⋯」
「だって、だって⋯⋯みなみが、生きて、生きてて⋯⋯信じられなくて!」
どうしよう。言葉が見つからない。
「よしよし! ダイジョブ! 私は生きてるゾ〜〜!」
久しぶりに聞いた声が、可愛くて、愛しくて、とても安心したから、私はみなみの胸に飛び込んでしまった。
お母さんのような、大きくて柔らかくて、温かい胸⋯⋯
「きっと、悪い夢でも見てたんだよ⋯⋯でも、安心して。もうその夢からは覚めたからさ⋯⋯」
私の背中を優しく叩きながら、みなみは言い聞かせてくれる。
そうだ。あれは悪い夢だったんだ。そう思うと、一気に安心できた。
「ほら! ゆいっち! こころを送ってあげて!」
みなみの言葉に、私は慌てて顔を上げた。抱き合う私とみなみを椅子にも座らず見守っている男子。
結衣だった。
「ゆい⋯⋯結衣!」
更に泣き出す私に優しい笑顔を向けてくれる。ああ。やっぱり、好きだ⋯⋯
「結衣! ごめんね! 私が離れたせいで!」
必死に謝る私に、結衣は怪訝な表情を浮かべていた。それでも、何かを察したかのように微笑むと、私に言った。
「心のせいじゃないよ」
理由も聞かずにそう言い返す結衣。本当に無愛想だけど、その中にある優しさに、涙が止まらなかった。
「結衣⋯⋯みなみ⋯⋯ありが———」
突然視界が暗くなった。
「え? 結衣⋯⋯? みなみ!」
二人の姿が見当たらない。周りは真っ暗。一気に不安が込み上げてきた。その時だった。
「結衣!」
結衣の姿が見えた。良かった⋯⋯まだ近くにいて⋯⋯くれ⋯⋯て
「きゃあ!」
突然結衣の裏に大きな影が映り込む。その影に吸い込まれるようにして結衣が遠くへ歩いていってしまう。
「待って! 待ってよ結衣!」
「ごめん⋯⋯俺と居ると、心が不幸になっちゃうから⋯⋯」
嫌だ! その言葉はやめて! それじゃあ、まるで、まるで!
次はみなみの姿が見えた。
「みなみ! みな⋯⋯」
嘘⋯⋯でしょ?
みなみは、死んでいた。上半身と下半身が別々になって。
「いや、いや! いやーーーーーー!」
目を覚ますと、狭い空間だった。
「ゆめ⋯⋯?」
残酷だ。夢と言うのは、あまりに残酷なのだ。
天国から地獄に落とされた気分に。私は額に掌を当てる形で、頭を抱えていた。
「暑い⋯⋯」
悪夢を見たからか、身体中から汗が噴き出している。
空気を吸うために、ガラス窓を開いた。空はすっかり明るくなっていた。
「涼しい⋯⋯ん?」
ふとある異変に気づく。何やら、変な匂いがする。何かが焦げたような⋯⋯
「まさか!」
嫌な予感がして、私は窓から乗り出すようにしてヘリの後部を除いた。
「嘘、でしょ!」
エンジンから炎が上がっていた。このままだと、このヘリは、墜落する。
その時初めて気づいた。むせ返るほどの暑さの原因は、悪夢を見た事ではなくて、ヘリが炎上していたためだと。
やばい⋯⋯このままだと⋯⋯
どんどんと。急かすように壁を叩く。
「運転手さん! 運転手さん! エンジンが燃えてます! このままだと墜落しちゃう!」
いくら呼びかけても応答はない。
こうなったら最後の手段。
私はたまたま持ち合わせていたナイフを手に取ると、半分ヤケの状態で壁に振りかぶった。
幸運な事に、壁はアルミ製だったため、簡単に貫く事ができた。
そのまま大きな円を描くようにして壁を切っていき、ある程度まで切れると、足で切り取った部分を蹴り飛ばした。
運転席が見えるようになり、慌てて覗き込む。
「そんな!?」
絶句した。運転手は首から上が無い状態の死体だった。
はめられた! 完全に破壊魔の罠だった。
考えてる時間は残されてなかった。ヘリが墜落するまでおよそ二分を切っていた。
「これってどうすればいいの!?」
運転席に身を乗り出すしてみたは良いものの、ヘリの操縦などした事のない私には何をどうすれば良いのかさっぱり分からなかった。
「確か今って、どのヘリにも安全な機能ついてたよね⋯⋯たしか⋯⋯」
ニュースで見たことがある。確か名前は⋯⋯
「オートローテーション!」
思い出した!⋯⋯のは良いけど。
「どうすれば良いのーーーー!?」
オートローテーションは、墜落の可能性があると自動で移行するらしい。つまり、このヘリにそんな機能は付いていなかった。
もう成す術がなく、私は祈ることしか出来なくなっていた。
「こんな所で、終わりたくない⋯⋯結衣に会うって、話すって決めたんだから!」
無我夢中に胸辺りを探った。するとりゅうさんから貰った服に何かボタンのような物がある事に気づき、考える暇もなく、私はそのボタンを押した。
途端に背面から何かが飛び出す。
「まさか、これって⋯⋯」
確信は持てなかった。間違っていたら即死だ。でも、このまま落ちてもどっちにしろ死ぬ。
だったら、私は可能性が少しでもある方へ進む!
急いで助手席の窓を開く。その瞬間、体が持ってかれそうな暴風に襲われ、体がふらついてしまう。
「私は、諦めない⋯⋯あなたの好きにはぜっったいにいいい」
つけれる範囲で助走をつけて!
「させないんだからー!」
ヘリから飛び降りた。