4 破壊魔の卵
破壊魔に呼ばれた私達は、彼の待つ公園へとやって来た。駐車場に止めた車から降りると、りゅうさんが鍵を閉めるのを待ちながら、草が茂る広間を遠目に眺めた。
「大丈夫か?」
不意にりゅうさんから問われる。
「うん。もう大丈夫⋯⋯行こう。破壊魔の所に⋯⋯」
いつまでも泣いている訳にはいかない。とっくに覚悟はした。自分で選んだ茨の道を、今更踏み外す訳にはいかないのだ。
広間に着く。そこには一人の少年の姿があった。まだ小学生くらいの小さな男の子だった。
「初めまして」
純粋な笑顔と共に、向けられた言葉。その瞬間、身体中がひりついた。それは、りゅうさんも同じようだった。鋭い目つきで、目の前の少年を睨んでいる。
この子が破壊魔なのだと、直ぐに分かった。
向けられた笑顔からでも、高い声のあいさつからでもない。彼からは、ただならない程の不気味さを感じた。
「君は⋯⋯一体、何者なの?」
「僕は、卵だよ。世を憎んで、破壊する。そんな人の感情から生まれた卵⋯⋯」
純粋だ。あまりにも、純粋な、子供のような話し方。笑顔⋯⋯でも、話す内容は異質を極めていた。
「どうして俺たちを呼んだ!? お前は一体なんなんだ! 何を考えている!?」
りゅうさんの額に血管が浮かび上がる。憤怒の如く荒ぶる怒声が場の緊張感を膨れ上がらせる。
「そんなに一気に質問されても困るよ。一つずつ答えるからさ⋯⋯まあ、焦らないで」
困ったような顔をしているが、口角は不気味に上がり続けている。
「まず⋯⋯なんだっけ⋯⋯えっと〜⋯⋯あ! どうして俺たちを呼んだか⋯⋯だっけ?」
ごくりと。私が固唾を飲み込んだ瞬間だった。破壊魔の目の色が変わったのは。
「君、勘違いしてるよ」
「なんだと?」
「僕が会いたかったのは、その子⋯⋯君じゃない」
破壊魔は、私の方へ人差し指を向けながらそう言った。私も、りゅうさんも怪訝な表情で彼を見つめる。
「君に用はない。邪魔だから⋯⋯」
その瞬間、私の中にゾッと嫌な予感が巡って、気づけば体が動き、叫んでいた。
「りゅうさん!」
「死んで」
破壊魔の一声が聞こえたすぐ、一発の銃声が鳴り響いた。私が手を伸ばす方向には、心臓部分に穴の空いたりゅうさんの姿が映った。
「いやーーーー!」
何が起きたのか分からない。そんな表情で胸に手を当てるりゅうさん。私の叫び声を聞き、我に帰ったように手に付いた血を眺めると⋯⋯
「ぐふっ⋯⋯」
鈍い声を漏らして、倒れ込んだ。
「あははははっ! あはははっはははっはは!!」
声高らかに笑う破壊魔。そこにさっきまでの純粋な笑顔はなかった。
「邪魔者が消えて、僕と君の二人っきり⋯⋯ね。こころ」
「どうして、どうしてこんな事をするの!? あなたの望みは何なの!?」
なぜ私の名前を知っているのか。とても不思議だったが、その時の私にはそれを聞く余裕はなかった。
「同じ質問ばかりだね⋯⋯つまらない。でも、いいよ。こころには教えてあげる」
「え?⋯⋯」
「さっきも言ったけど、僕はただの卵。僕に感情はないし、目的もない。あるものは、僕が破壊をするために生まれたって言う事実だけ⋯⋯」
「どう言う意味⋯⋯」
「はあ〜〜。分からないかな。君たちが生きるためにする事。食事、睡眠、娯楽、繁殖。それが僕にとっては全てが破壊。ただそれだけの事さ⋯⋯」
合っているようで、まるで違う。彼の言っていることは、明らかに常軌を逸していた。
「そんなの、おかしい⋯⋯こんなのは、おかしいよ!」
「おかしい? 君なら分かってくれると思ったけどな⋯⋯そうじゃないのか。この世界の君は、つまらない考えをするんだね」
何を、言って⋯⋯
「結衣は、分かってくれたよ」
今、結衣って言った? 私の気のせい? いや、確かに今、この子は結衣って言った。聞き間違えじゃない。
私の早る心の臓が、聞き間違えではないと、そう言っている。
「やっぱり⋯⋯あなたが、結衣の心を操ってるんでしょ?」
「違う!」
突然響いた甲高い声に、身体が動かなくなる。強張る全身が、私に恐怖を訴えかけているようだった。
「お前は何も分かってない! 結衣は僕を分かってくれた! だからいっぱい殺した! 壊した! 破壊した! 全部僕の為だ! 結衣はそう言ってくれた! そんなつまらないこと言うお前なんか嫌いだ! お前も死ね———」
嵐のような怒声と、危機迫った表情に、強張った体が無意識に震え出す。
まるで吹っ切れたように、破壊魔が私に銃口を向けた瞬間だった。
「っく!」
彼の銃を持つ手が吹き飛んだ。骨の底から破裂するように、吹き飛んだ。
「何が、起きたの⋯⋯?」
呆然としてしまう。映画のような光景を目にした私の瞳に今映っているのは、狂気じみた表情ではなく、落ち着いた、諦めたような表情をした破壊魔の姿だった。
「やっぱりダメか⋯⋯」
怖かった。逃げたいとすら思ってしまう。目の前にいるのが、少年の皮を被った化け物なのだと、その時初めて自覚した。
首を傾げて、見下ろすようにこちらを睨み付ける。頭が状況を理解したがらない。殺意にまみれた視線に、身体の震えは増す一方だった。
「もういいや。結衣には君を殺すなって言われてるし、君は思ってたよりずっとつまらない。自分の幸運に感謝して、結衣の破壊を眺めてればいいさ⋯⋯」
「ちょっと待って!」
トボトボと立ち去ろうとする破壊魔を、私は呼び止めた。
「何。まだ何かあるの?」
「私を殺せないってどう言う事? 結衣にそう言われたの?」
私の質問に、呆れた様子で深くため息を吐く破壊魔。
「口をひらけば疑問ばかり。うざったいな〜。契約だよ! 契約! 僕の力を渡す代わりに、結衣が定めた制約! 制約がある限り、僕は君を殺せない⋯⋯もういいでしょ!?」
「待って!」
「まだ何かあるの?」
「結衣は今どこにいるの!?」
「そんなの教える訳ないだろ!?」
私の問いに答える気はないらしい。でも、諦める訳にはいかない。ここを逃せば、もう結衣には会えないかもしれない。何としても、絶対に、それだけは聞き出す必要があった。
「どうして!?」
「結衣が死んじゃうと僕も死んじゃうからだよ!」
これだ!
「へえ〜」
ぎくっ
今私は確信した。今のは彼自身の地雷だと。
「確かあなたに私は殺せないんだよね?」
「だ、だから何なのさ⋯⋯」
「あなたをとっ捕まえて、眠らせるとどうなるのかな⋯⋯?」
「な、何いってるの?⋯⋯」
段々と距離を詰めていく。本当はすごく怖いけど、私、すごく頑張ってる。
「や、やめてよ⋯⋯こっち来ないでよ!」
慌てて逃げようとする破壊魔。まずい⋯⋯何か手は⋯⋯あ⋯⋯
ふと閃いた私は、携帯を片手にわざとらしく叫んだ。
「そーだ! 私結衣の位置わかるんだった!」
その瞬間、破壊魔の動きが止まる。
恐る恐るこちらを見つめてくる破壊魔に、私は意地悪な笑顔で言った。
「ジーピーエス」
「お、お前⋯⋯何する気?⋯⋯」
「結衣を見つけて、殺す」
勿論嘘だ。自分で言った言葉に、胸を締め付けられる。でも、折れる訳にはいかない。
お願い⋯⋯のってきて⋯⋯
「嫌だ! 死にたくない! それだけはやめて! お願いだから?」
よかった。のってくれた⋯⋯
ここまでくれば、私の手の内だ。
「じゃあ、結衣の所まで連れてって! そうすれば殺さないであげる」
「ほんとに?」
「うん。ホント」
本当に。私も殺したくはないし、殺す気もない。本来の目的は結衣ともう一度話す事だから。
結衣が今、何を思っているのか、それを確かめるのが私の目的だから。
でも、もしもの事があったら、その時は⋯⋯
「分かった。でも、約束は守ってもらうから」
「うん」
今は考えちゃダメだ。結衣に会える。結衣に会うために、今はできる事をしよう。
破壊魔が指を鳴らす。すると突然目の前にヘリが飛んできた。
「これに乗ってけば結衣の元へ行けるから。ほら、さっさと行って! 僕の前から消えて!」
「待って!」
「今度は何!?」
「もう少しだけ、待って欲しい」
ヘリのエンジン音と、ローターが回る際の暴風が容赦無く襲う中、私は隣で倒れているりゅうさんを見つめ、破壊魔にそう言った。