3 あり得ざる現実
東京都 墨田区 京成橋交差点、そこで私は、天高く聳え立つ、有名なアレを眺めていた。
「これって、スカイツリー!?」
「なんだお前。スカイツリー行ったことないのか?」
「うん。私修学旅行、小中どっちも京都だったし。高校も沖縄だったからさ⋯⋯」
私がそう答えると、りゅうさんは何故かびっくりした表情を浮かべていた。
「今って修学旅行で沖縄行くのか!?」
「え? そうだけど⋯⋯りゅうさんの時代は行かなかったの?」
「聞いたことなかったわ⋯⋯そうかあ〜今って沖縄行くんだな〜すごいな」
りゅうさんがあまりに感心するものだから、なんだか誇らしくなってしまう。それと同時に沖縄に行った時の事が頭の中を過った。
『心のそばで、心の幸せをずっと見ていたいんだ⋯⋯』
「嘘つき⋯⋯⋯⋯」
俯き、そう呟いているとりゅうさんが言ってきた。
「もうじき着くぞ」
大きなショッピングモール沿いを右折すると警察らしき人がこちらに近づいてきた。
「長野県警、飯田市部の小林だ」
りゅうさんが手帳を掲げると、警官は直ぐに納得した様子で言った。
「あなたがあの破壊魔を捕まえた⋯⋯どうぞ。現場はもうらんごく状態です。これではまるで紛争地帯だ」
「分かった。ありがとう」
りゅうさんがそう告げると、警官は敬礼の体制を取り現場へ向かう私たちを見届けた。
規制された道路を徐行速度で走る。歩道には既に幾つかの死体が転がっていた。
「これが、東京なの?⋯⋯」
平和な世界で生きてきた私には想像もつかなかった景色。その景色を目の前にして、吐き気が襲ってくる。
「無理もない。こんな光景は俺でさえ見ることなんかないからな。それこそ、五年前の飯田で見た時くらいだ」
五年前⋯⋯飯田市の店が連なる多目的のショッピングセンターで起きた破壊魔事件。その日はラーメンフェアがやっていて人がごった返していた。その結果、破壊魔の被害者となった人数は五千人を超えた。
私は休日出勤でそのショッピングセンターに行くことはなかったけど、同級生も何人か巻き込まれ、十回以上葬儀に行ったことを覚えている。
車が進めば進むほど、無残な死体が増えていく。ある程度まで進むと、車道にすら死体が転がっていて私達は車から降りて徒歩で進む事にした。
「うえっ⋯⋯」
私はそこら中に転がる死体の山に耐えられなくなり、近くにあった細道で催した吐き気を発散していた。
「なんだと! そいつは破壊魔じゃない!」
表でりゅうさんが声を上げている。私は急いで彼の近くへ駆け寄った。
「何があったの?」
私がそう聞くと、りゅうさんは分かりやすく不機嫌な表情で答えた。
「破壊魔らしき人間が発見されたらしい⋯⋯」
「破壊魔って⋯⋯それって! 結衣が見つかったって事!?」
必死だった。結衣に会えるかも知れない。そう考えたら、早まる気持ちを抑えられなくなった。
でも、りゅうさんの表情は、とても朗報を持っているようではなかった。
「だが、久木結衣ではない⋯⋯」
何を言っているのか分からなかった。破壊魔らしき人が見つかって、それが結衣じゃない?
「それって、破壊魔は一人じゃないって事だよね⋯⋯」
冷や汗が止まらない。嫌な予感が身体中を支配する。
「小林警部!」
突然一人の警察官がりゅうさんの元へ駆け込んできた。何やら慌ただしい様子で。
「破壊魔らしき人物が、小林警部と、一緒にいる女を連れて来いと⋯⋯」
「なんだと!」
「一緒にいる女って、私の事⋯⋯?」
「要求を断れば、再び殺戮を開始するとの事です⋯⋯」
りゅうさんの額からも、冷や汗が垂れている。実質的な強制とも言える呼び出しは、わたしたちに断ると言う選択肢を与えなかった。
深く息を吸って吐くりゅうさん。上げた顔からは苦渋の意志を感じ取れた。
「分かった⋯⋯破壊魔の場所は?」
「はい。奴が合流場所に指定したのは———」
「きゃあーーーー!!!!」
突如聞こえた叫び声に、警官は話を止めた。りゅうさんも声のする方へ視線を向ける。叫び声のした、私の方へと。
「嘘でしょ? どうして⋯⋯どうしてミナミが!」
足元にあった死体。上半身と下半身が弾けたようなその死体は、私の親友だった神連ミナミのものだった。
「嫌だ! 嫌だよ! ミナミ⋯⋯ミナミ!」
少し露出の多い格好。中学の時からギャルのような見た目をしていたミナミだけど、小根はとても友人思いで、優しくて、私の事をずっと気にかけていてくれた大切な親友だった。今日の格好を見ると、きっと彼氏と一緒に出かけていたのだろう。
どうして、ミナミが死ぬの? この娘はただ好きな人と歩いていただけなのに⋯⋯悪いことなんかしない、本当にいい娘なのに⋯⋯今度私と遊ぶ約束だってしてたのに⋯⋯
「ミナミ! 嫌だよ! 死なないで⋯⋯ねえ! ねえ!」
いくら呼びかけたって、もう助からないのは分かってた。でも、こんなの、納得できる筈がないじゃない!
「くそ⋯⋯くそ! 早く破壊魔の場所を教えろ!」
りゅうさんの震えるような叫び声が飛び交う中、私はひたすらミナミの名前を呼び続けた。
「奴が合流場所に指定したのは、押上公園です!」
「待っていろよ、破壊魔⋯⋯お前が誰で、何を考えているのかは知らんが、私の守備範囲内に手を出したことは報いさしてやる!」