2 失恋
「別れよう」
突然の事だった。
その日は12月24日、クリスマスで、空からは雪が降り注いでいた。ホワイトクリスマスだった。
「え?⋯⋯」
「心とは、一緒に居られなくなった」
「嘘、だよね⋯⋯?」
愕然と聞いた私の問いに、結衣は首を横に振った。
「どう、して⋯⋯?」
震えるように漏らした声と共に、涙が頬を伝う。
街を白く染める牡丹雪。その少し大きな粒が時々服と肌の間に入る度に私の体も心も冷たくなっていく。
「⋯⋯⋯⋯」
結衣は何も言ってくれない。引き結んだ唇が緩やかな鋸歯状に震えを帯びている。
「私の事、嫌いになっちゃった?」
「ちがう!」
突然の叫び声に私はポカンとしてしまう。
「そんな訳ない⋯⋯そんな筈が無いだろ!」
結衣が怒鳴るところ、初めて見た。
その震える声に、私は彼の顔を見る。今にも泣き出しそうだった。
「ごめん⋯⋯」
私と目が合った途端、気まずそうな顔をさせ、結衣はそう言った。
「じゃあ、どうして?⋯⋯」
どうして?
「どうして、そんな事言うの⋯⋯」
瞳に溜まった涙が、再び頬を伝った。
「それは⋯⋯」
「どうして!? ねえ! どうして別れようなんて言うの!」
彼を困らせたい訳じゃない。でも、納得なんてできる筈が無かった。だって、だって!
「私は嫌だ! 別れたくない!」
結衣の事が、こんなにも好きなんだから。
「嫌だよ⋯⋯嫌だ⋯⋯お願いだから、私から離れないで⋯⋯」
その胸に身を預け、子供のように泣いた。
「ずっと、私のそばにいてよ⋯⋯」
縋るように、結衣の顔を見上げる。結衣の困った顔が、心にちくりと刺さった。
「今までおしゃれをしてこなかった私が、結衣と付き合ってからは気を使うようになったの。でもそれは全然苦じゃ無かった。結衣に可愛いって言ってもらえるのが嬉しくて、どんな服着てこうとか、髪型はどうしようとか、そんな事を考える時間が、楽しくて仕方がなかった⋯⋯」
「こころ⋯⋯」
「今日だってそう! 短い髪だけど、後ろで結べば可愛いかなって⋯⋯ニット生地の服と、もこもこのファーなら、女の子らしくなれるかなって⋯⋯履き慣れないスカートで足が寒いけど、ブーツと合わせれば結衣は喜んでくれるって、そう思っただけで、本当に幸せだった! それを結衣に見せるのが、楽しみで仕方なかったの⋯⋯でもそれって、これからも可愛くなってく私を結衣に見てほしいからなんだよ? 好きな人に可愛いって、似合うねって、そばで言い続けて欲しいからなんだよ!? 結衣は?⋯⋯違うの? 浮かれてるのは、私だけ⋯⋯?」
「⋯⋯⋯⋯ごめん⋯⋯」
「ごめんじゃわからないよ!」
違うって言って欲しかった。俺もそうだって、言って欲しかった。でも、結衣の口から漏れたのは、その時の私にとって、最も残酷な言葉だった。
「俺と居ると、心が不幸になっちゃうから⋯⋯」
その時の表情を見て、私の声は届かないのだと悟った。そして気づけば⋯⋯
「結衣なんか、だいっきらい⋯⋯」
憎しみの視線を向けていた。
涙越しに一瞬見えた結衣の悲しげな表情を無視して、私は逃げるように走った。
顔を見たくなかった。追いかけて欲しくなかった。もうほっといて欲しかった。結衣の事が嫌いになった。
でも⋯⋯悲しいくらい、結衣の事が好きだった。
家に着くと、鞄に入っていた筈のプレゼントが無くなっていた。中身は自分で作ったオルゴール。私と結衣が小さな頃から好きだった、私達だけが知っている曲が流れる物だった。
「一緒に聴こうって言いたかったのに⋯⋯どうしてあんな事言っちゃったんだろ⋯⋯⋯⋯」
暗い玄関のドアの前で腰を落とし暫くの間泣いていた。溢れ出てくる結衣との思い出が美しく、儚く、それでいて切なく頭の中で回り続けた。
それから私と結衣が話す事はなかった。初めての失恋は、高校二年生の冬だった。