1 信頼できる人
荷解きを済ませると、喫茶店でりゅうさんと合流した。
りゅうさんは私を助手席に乗せると、東京へ向けて愛車を走らせた。破壊魔の位置が定かでは無い以上、唯一情報がある東京へ向かうのが無難だった。
夕方の首都高は驚く程空いていた。それに比べ、反対車線では目では終わりが見えないくらいの渋滞になっている。
破壊魔が脱獄し、一万人が死んだのだから、我先に避難しようと多くの世帯が高速に乗ったのが原因だろう。
『破壊魔が脱獄してから半日が経過しましたが、都内の死者数に変化はないようです。捜索班と消防で救助活動が行われていますが、誰一人、助かるような状態では無いと話しています」
カーナビでは破壊魔に関するニュースが流れている。迅速に動く為には常に最新の情報を把握していなければならない。破壊魔がどう行動するのか。りゅうさんは彼を逮捕する為にやれることは全てやっているようだった。
「ああ。分かった。また何かあったら教えてくれ」
耳から携帯を離したりゅうさんがカーナビを操作し始めた。どうやらチャンネルを変えるらしい。
『破壊魔の行方が分からなくなった中、全国の人間が他人事じゃあなくなった訳です。噂では彼の半径2メーターに入った人は突然破裂死するらしいですから。人口が多ければ多い程危険性は高いと思います』
「ちょっと待ってよ! 行方が分からないって⋯⋯」
スタジオで専門家らしき人が話すと、その場に居る全員の表情に不安が滲む。それはその様子を見ている私も同じ事だった。
「俺も今電話で知ったんだ。まずいぞ。奴は何か他にも力を隠し持っているかもしれない」
「力って⋯⋯瞬間移動とかそういうの?⋯⋯あり得ないよ。だって、人間にそんな事できる筈ないもん! きっと、まだ都内のどこかに隠れてるんじゃ⋯⋯」
「奴は触れる事なく人を殺せるんだぞ? そんな事ができても不思議じゃない」
私の言葉を否定するようにりゅうさんは眉間にしわを寄せる。
「それだってただの噂でしょ? それこそ彼に殺された人と、彼を逮捕した人間にしか分からな⋯⋯い⋯⋯」
そこまで言って私は思い出した。彼を逮捕したのは、他でもない、この人なのだと。
「もしかして⋯⋯見たの⋯⋯? 結衣が、人を殺す所⋯⋯」
私の問いにりゅうさんは直ぐには答えなかった。
少しの間を置いてから、あくまで運転に集中するように、独り言を言うみたいに言った。
「俺自身、信じられなかった。奴が何かを呟いた瞬間、人が風船のように弾けた。まるで、体の内側から破裂するみたいに」
ごくりと固唾を飲む音が響く。額から冷や汗が垂れる。脇からも、膝裏からも、全身を汗が伝っていく。
私の甘い考えは、容赦無くねじ伏せられた。この人はその瞬間を見てしまっている。その時点で噂でもなんでもない。結衣が人を殺したと言う事実は、覆しようが無い事を私はようやく悟った。
「私の、せいなのかな?⋯⋯」
ポツリと漏れた言葉に、りゅうさん怪訝な表情を浮かべる。
「どうしてそう思うんだ?」
否定はせずに、そう聞いてくれる。こう言う所があるから、私は彼をとても信頼している。信頼できる。
「私が結衣を一人にしちゃったから⋯⋯」
「突き放したのか?」
りゅうさんの質問に私は首を横に振った。
「突き放されたのは、私の方⋯⋯」
俯き呟くと、やはりりゅうさんは少しの間を置いてから口を開いた。
「なんだお前フラれたのか!」
「ふ、フラれてないし! 離れただけだもん!」
「それをフラれたって言うんだよ!」
ぐうの音も出ない。りゅうさんはからかうようにケシケシと笑っているが、私は不貞腐れたように頬を膨らます。
正直、以外でもあった。りょうさんは状況や場所を弁える人だ。普段のりょうさんなら冗談を挟む場面では無かったと思う。
でも、その冗談が私の沈む一方だった心を少しだけ元気づけた。その歯に噛むような笑顔を見たりょうさんの表情はすごく優しいものになっていた。変に励まされた方が落ち込む。それを分かっていて、敢えて冗談を挟んだのだろう。全く、これだからこの人は憎めない。
そしてりょうさんは言った。
「その時何があったのか、聞いてもいいか?」
促すわけでもなく、強制するわけでもない。あくまで私の心を汲むように、りゅうさんは言った。
敵わないな⋯⋯
「うん」
自分自身、あまり思い出したいことでは無かった。でも、りゅうさんには何故か聞いて欲しくなった。
だから私は話すことにした。結衣に突き放された、本当に突然に起きた出来事を。
私が話し始めると同時に、長く走った高速を降り、都内に入った。
空は黄昏を過ぎ、辺りはすっかり暗くなっていた。