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破壊魔は謳う  作者: kou
破壊魔【久木結衣編】
16/18

14 二人で

「やった⋯⋯。受かった! 受かったよ百合香! 120番!」


 貼り出された結果を見上げた由美が隣で体を跳ねさせた。


「すごい⋯⋯。凄いよ由美! おめでとう!」


 私も込み上げてきた嬉しさを隠すことができず、由美の手を取ってブンブンと降って喜んだ。


「ありがとう⋯⋯。ほんとにありがとね〜〜〜。全部百合香のおかげだ〜〜〜〜」


「もう⋯⋯泣かないの。他にも人がいる、ん、だからさ⋯⋯」


 子供のように泣く由美を慰めるうちに、自分の瞳からも涙が滲んできた。


「百合香も、、、泣いてるじゃん⋯⋯」


 そう言って抱きしめてきた由美の背中を、トントンと叩きながら、私は自分の番号を探し始めた。


「⋯⋯!!⋯⋯⋯⋯」


「これで私たちおなじ高校に通えるね〜〜〜〜」


「⋯⋯⋯⋯」


「百合香?⋯⋯」


 顔の横で話す由美の言葉に、私は返事をすることができなかった。

 嫌になるほど並んだ数字。その中に、私の番号は書かれていなかった。



「わたし⋯⋯落ちちゃった⋯⋯⋯⋯」


 受験番号125番。如月百合香は、高校に入学するための切符を得ることができなかった⋯⋯





 黄昏色の空の下、私と由美は、村の神社の隅にあるベンチで何か話す事もなくただ並んで座っていた。


「「⋯⋯⋯⋯」」


 沈黙が続いている。

 時間が長く思えるのは、私が試験に落ちて、空気が重くなっているからだ。


「何かの間違いだって! 百合香が落ちるわけないもん⋯⋯」


 流石の沈黙に耐えられなくなったのか、由美が突然そう言った。

 言葉を進めるごとに声音が弱くなっていくのは、その慰めが無理なものであると悟ったからだろう。


 私だって最初はそう思った。


 空白はなかったし、問題は迷う事なく解けた。

 落ちるなんて、万に一つも考えていなかった。


 でも、時間が経てば経つほど、自信が無くなっていった。

 思えば、最近は由美の勉強ばかりで、自分の勉強は疎かになっていた。

 由美を思うばかりに、目前の事を何も考えていなかった。


 自分のバカさに、穴があれば入りたかった。


「それはないわ⋯⋯。私が、勉強をサボっちゃっただけ⋯⋯」


 涙は出なかった。

 由美への申し訳なさと、自分の不甲斐なさに、悲しいなんて言う感情は、一切湧いてこなかった。


 由美は気まずそうに顔を俯かせている。かける言葉が見つからないと言う様子だった。


「バカよね。私⋯⋯。由美に挫折は許さないとか偉そうなこと言っといて、自分が落ちたんじゃ世話ないのに⋯⋯」


「違う!」


 突然響いた由美の否定の言葉からは、慰めも、同情も感じられなかった。


「それは違うよ! 百合香は元々あたまがよかった! おちるなんて絶対にありえないもん!」


「でもわたしは落ちた! 二週間の間、由美の勉強ばかりで自分の勉強はしてこなかった! その間も勉強に集中できてればこんなことにはならなかった!」


 はっと思い、私は急いで口を塞いだ。でも、もう遅かった。


 由美の瞳からはポツリと涙が流れていた。


「何それ⋯⋯まるで、私のせいみたいに⋯⋯」


「ちが———」


「嘘つき」


 由美の言葉を否定しようとした瞬間、由美が発した一言に、私は呆然としてしまう。


「え?⋯⋯」


「この嘘つき! 一緒に行こうって言ったのに! 夢のために頑張らないとって、言ってくれてたのに⋯⋯。百合香が落ちたら意味ないじゃん!」


 人が変わったかのように、由美は私に罵声を浴びせた。

 一気にむかついた私は、言い返さずにはいられなかった。


「私が誰のために自分の勉強を捨ててまで教えたと思ってるのよ!」


「それは!⋯⋯」


 正論を叩きつけられた由美は、何も言い返せずに小さく体を動かしていた。

 そんな由美に、私は止めをさすかのように罵倒を返し続けた。


「だいたい同じ高校に行きたいって言い出したのも由美でしょ!? それなのになんでそんな言われ方されなきゃいけないの! 由美が⋯⋯由美が普段からしっかり勉強してれば、私の勉強が疎かになる事もなかったのに!」


 パチン!


 左頬に、衝撃が走った。

 一瞬、何が起きたのか分からずに、あっけどられたように由美の顔を見た。

 そして、自分が本当に馬鹿者なのだと、強く思い知らされた。


「ゆりかの⋯⋯ばか⋯⋯⋯⋯」


 由美は震える唇を強く噛み締めて、細めた瞳から次々と涙をこぼした。

私にそう言うと、流れる涙を拭かずに、走って神社から出て行ってしまった。


「⋯⋯」


 一人残された私は、先ほどより広くなってしまったベンチに安座の形で腰をかけた。

 叩かれた所がすごく痛かった。でも、それ以上に、心が痛かった。

まるで心臓を何かで刺されたような痛みが、いつまでも抜けてくれなかった。


「私⋯⋯最低だ⋯⋯」


 二つの山の隙間に太陽が沈むように、私は両足に顔を埋めた。


 小さな二つの山の麓に、ポツポツと雨が降ってきた。





 次の日、学校に由美の姿はなかった。

 

 どの科目も全ての学びを終えて、残りは教室の掃除などが私たちの登校理由になっていた。

そのため、下校時間は一二年生に比べ早く、殆ど半日だけの登校だった。


 その日は掃除や片付けも最終日で、残りの日数は卒業式前日まで休みになる。

つまり、卒業式前にクラスメイトと学校で会うのは今日が最後だった。



 最後の片付けが終わって、私は一人で帰路についていた。

 片手には一年間お世話になった教科書などが入った袋をぶら下げていたけど、こまめに持ち帰っていたため、そこまで重くはなかった。


 教室を出る際、目に入ったのは、まだ沢山の荷物が残った由美の机だった。

 本来なら、二人で並んで帰る筈だった。

「重たいよ〜〜。少し持って〜〜」

 そうやってべそをかく由美の荷物を、なんだかんだ持ってあげたりして⋯⋯


 なんてね⋯⋯⋯⋯


 そう考えては、一人で呟いた。

 もしも由美が、卒業式にすら顔を出さなかったら、きっと私たちは疎遠になって、もう遊ぶ事も、会うこともなくなるんだ。

 そう考えると、泣きそうになった。


 そう思っていたけど⋯⋯




 風呂から上がって、ベットに体を突っ伏していると、突然携帯から通知音が流れた。


 時刻は二十時を回っていた。

 こんな時間に誰だろうと思いながらも、私は携帯を手に取ってメールを覗いた。


『今から話せない?』


 目を疑った。

 絵文字も何もないシンプルな文だったけど、その送り主は由美だった。

 私は慌てて文字を打って返信した。


『いいよ』


 送るとすぐに既読がついて、すぐに返信が返ってきた。


『じゃあ、神社のベンチで待ち合わせ』


『わかった』


 最後にそう送ると、既読だけがついて、返信は返ってこなかった。


 急いで暖かい格好に着替えると、駆け出すように家を出た。

 お父さんとお母さんが心配そうに呼び止めていたけど、私は返事もしなかった。


 由美に会える。

 そう考えると、早まる足を止めることが出来なくて、肌寒い風に吹かれながら、私は夜の村を走った。



 神社に着くと、由美の姿はまだなかった。

 私は上がった息を整えるように深呼吸して、ベンチに腰をかけた。

 由美の座るスペースを残して。


 

 それから十分ほど待っても、由美は来なかった。

 一瞬、裏切られたような気分になりながらも、凍った手のひらに暖かい息を吹きかけながら待ち続けた。

 

 由美と話したかった。

 あんな終わり方は絶対に嫌だった。


 その時だった。

 慌てたような足音と、息を切らしたような吐息がだんだんと近づいてきた。

 その音は私の目の前で止まり、顔を上げると、そこには一人の少女が立っていた。


 由美だった。


「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯。ごめん、遅くなって⋯⋯」


 膝に手を当てながら、息を切らす由美の姿に、身体の奥底から何かが込み上げて来そうになった。


「大丈夫よ⋯⋯。そんなに、待ってないから⋯⋯」


「そっか⋯⋯」


 それから少しの間、沈黙が走った。

 気まずくて、居た堪れなくて、由美の顔がうまく見れなかった。


 でも、言わなきゃと思った。

 謝らなきゃって、そう思った。


「その⋯⋯昨日は———」


「すごいよ! 信じられないことが起きたの!」


「え?⋯⋯」


 決心を固めて切り出そうとした途端、由美が大声で叫んだ。

 そこにはさっきまでの気まずさも無くて、いつもの元気で明るい由美の笑顔がそこにはあった。


「何から話せばいいかなーー! もう私も何が何だか分からなくって⋯⋯」


「ちょ、ちょっと、落ち着いて!」


 完全にテンパっている由美を宥めると、一呼吸の沈黙を挟んで由美が言った。


「あのね⋯⋯受験に落ちてたのは、百合香じゃなくて、私だったの!」


「は!?」


 全くもって理解できなかった私は、アホみたいな声を出してしまう。

 そんな私に詳細を説明するように、由美は両手を用いて話を続けた。


「さっき電話が来たの! 出てみたらなんでかいきなり謝られちゃって。意味がわからなくて聞いてみたら、私と百合香の受験番号が逆だったって!」


「嘘、でしょ?⋯⋯。それじゃぁ私は!」


 由美の言っていることが信じられずに、そうなげかけると、由美は優しく笑った。


「百合香は、合格だったんだよ⋯⋯」


 夢みたいだった。

 色々な感情が溢れ出した。

 嬉しかったし、安心したし、何より、驚いた。

 それと同時に、嫌な予感が流れてきた。


「じゃあ、由美だけ、高校に行けないの?⋯⋯」


 自分で言って、一気に胸が苦しくなった。

 

 私と由美の番号が逆ってことは、私が120番で、由美が125番と言うことになる。

 そしてあの場に、125と言う数字はなかった。

 つまり、そう言うことだ。


 嫌だ。嫌だ。絶対嫌だ! 由美と一緒じゃないなら、高校なんていく意味ない!


 気づけば、私自身がそんなことを考えてしまっていた。

 本当にわがままだ。


 でも、考えたくなかった。

 

 入学式に由美の姿はなくて、登校する時も一人で、お昼も由美とは一緒に食べれなくて、帰りもやっぱり由美はいなくて⋯⋯


 そりゃあ友達だって出来るかもしれない。

 私とすごく気が合って、毎日を彩ってくれる最高の友達が出来るかもしれない。

 でも、それでも⋯⋯


 そこに由美がいないなんて、そんなの耐えられる訳がない!


「由美! 私は!」


「それだけじゃないの!」


 再び、私の言葉は遮られた。

 何故か先ほどよりも目をキラキラさせた由美が言った言葉は、驚きをはるかに凌駕するほどの衝撃を私に与えた。


「私も、合格だって!」


「⋯⋯⋯⋯」


 びっくりしすぎて、言葉が出なかった。


「私の番号と124番を間違って記載しちゃってたらしくて、それが手違いだったって!」


「ほん、とに?」


「うん!」


「うそ、じゃない?」


「ほんと!」


「ぜったい?」


「ぜったい!」


「かみにちかって!?」


「かみにちかってーーーーーーー!!!!」


 やばい⋯⋯。涙が、止まらない⋯⋯


 それじゃあ、私たち、本当に!


「これで私たち、同じ高校だね!」


「うん!」


 長い自問自答が終わると、二人とも駆け出して、指を絡めるように手を握って、額を押し付け合いながら泣いて、喜んだ。


 二人で通える。

 それが本当に嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて!


 その時の気持ちは、絶対由美と同じだったと思う⋯⋯


 こうして、私たちは無事試験を合格し、二人揃って同じ高校に通える事が決定した。


 



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