13 将来
由美とは、小学校からの付き合いだった。
私たちが住んでいる村は、小学校と中学校が一貫な上に人数も、学年で三十人もいないため、クラス替えのない私たちが離れることは基本なかった。
離れる機会ができるのは、高校に進学する時。
その当時、中学三年生の私は、この村から出たくて、村外の高校に進学しようと思っていた。
とはいえ、この村に高校は無いので、進学をするのなら村外の高校以外に選択肢はなかった。
「いく高校きめた?」
由美が私の机に体を預けながら聞いてきた。
由美は当時からずっと髪が短かった。ボーイッシュな髪型をしてる癖に、胸だけはやたらと大きかった。性格も明るくて、誰とでも仲がいいと言う感じだった。
「なんとなく目星はついてきたわ。由美は? もう決まったの?」
私が返すように質問すると、由美は渋い顔をさせて言った。
「う〜ん⋯⋯正直、まだ決まってないんだよね〜。ほら、私バカだし」
「あんたねぇ⋯⋯そんなこと言ってると、結局最後まで決まらないよ」
「分かってるけどさぁ〜。将来とか、全然見えなくてさ〜」
考えなしな口調に、ため息が出てしまう。
「取り敢えず、高校はいっときなさいよ。将来、困らないためにも⋯⋯」
「まじめだな〜。まあ、そこが百合香らしくていいけどねっ! あ! そうだ!」
突然何かを思い付いたかのように由美は声を上げた。
「な、何よ⋯⋯」
「わたし、百合香とおなじ高校いく!」
「は!?」
急にとんでもない事を言い出すものだから、私もつい声を上げてしまった。
「私が行くところ、結構頭良くないときついわよ?」
「うん! だから私、勉強がんばる!」
頑張るって言っても、今何月だと思ってるのよ⋯⋯
心の中でツッコミを入れてしまう。
実際、進路用紙の提出まで、日付は殆ど残されていなかった。
つまり、進路用紙の締め切りが来れば、受験まで、あまり日は残されていない。とてもじゃ無いけど、由美が今から勉強をして埋められるような状況ではなかった。
「それって⋯⋯かなり頑張らなきゃだよ?」
「うん! かなりがんばる!」
「とても、がんばらなきゃだよ?」
「じゃあ、とても、がんばる!」
「死ぬほど! がんばらなきゃかもよ!?」
「じゃあ死んでもがんばる!」
再びため息が溢れた。さっきよりも大きめに。
「そこまで言うなら止めはしないけど⋯⋯どうしてそこまでこだわるの? 由美ならどこ行っても上手くやれると思うけど」
不思議で仕方がなかった。
由美は頭は悪いけど、人当たりはかなり良い。やろうと思えば、どこでだって生きてける筈だ。
それに、将来が見えないのに、頭のいい高校を無理して受けるのは、とてもじゃ無いけど無謀だと、私は思えてしまう。
そう思ったけど、私の問いに由美が答えた時、そんな考えは全て吹き飛んでしまった。
「高校にこだわりとかは無いよ⋯⋯でも、もし行くとしたら、私は、百合香とがいいから」
理由だけ聞いたら、かなりバカらしく思えてしまう。
将来を左右する選択を、友達が行くからと言う理由で決めてしまうのもどうかとも思う。
でも、由美は違う。それだけは分かる。
その感情が、固執や依存とは遠く離れた感情だと、その時の由美の笑顔が教えてくれた。
「しょうがないわね! じゃあ今日からみっちり勉強よ! 一回決めた以上、挫折は許さないから!」
由美に気合いを注入するように、私は立ち上がった。
それは、自分を奮い立たせるためでもあって、今考えれば、私は、どうしようもなく嬉しかったのだと思う。
「相変わらずまじめだな〜。よーし! やるぞーーーーーー!!!」
その日から、私たちは毎日のように、放課後私の家で勉強をするようになった。
勉強を始めてから二週間。由美は早くも心が折れかけていた。
「これは凹むな〜」
並べられたテスト用紙を見て、分かりやすく落ち込む由美。
紙に大きく書かれた採点数字は、どれも合格の基準を下回っていた。
「それでも最初に比べればかなりできてるわ。基礎はだいぶ身について来たから、あとは応用。ひたすら問題を解いていくしかない」
「分かってはいたけど、大変だな〜」
軽そうな口調で言っているが、内心かなり参ってると思う。
それくらい、その時の由美には以前の元気がなかった。
「でもがんばる! 絶対百合香とおなじ高校行きたいし! それに⋯⋯」
それに?
「将来の夢もできたしね⋯⋯」
「夢、できたのね⋯⋯どんな夢か、聞いてもいい?」
純粋に気になった。
つい最近まで将来が見えないと言っていた由美が、どんな夢を持ったのか、知りたかった。
「子供が欲しいの⋯⋯」
少し頬を赤らめた由美が言ったのは、特に変わったことのない、誰もが描くような将来像だった。
聞いていた私は、ついポカンとしてしまう。
「え? それだけ?⋯⋯」
「ひどいな〜。結構勇気出して言ったんだよ?」
頬を膨らませて、不満な表情を浮かべる由美。
「ごめん。なんか、思ってたより普通だなって⋯⋯」
由美が正直に打ち明けてくれたのだから、私も思った事を正直に言いたいと思った。
我ながら真面目だと思う。
「確かに、ふつうだよね⋯⋯でもさ、考えたんだ⋯⋯」
そう言うと、由美は自分の体を抱きしめるみたいに、両腕を身体に巻きつけた。
「私が頑張って産んだその子が⋯⋯始めは小さなその子が、だんだん大きくなっていって⋯⋯始めは私の助けがないと生きていけないと思うけど⋯⋯それが段々成長していくにつれて、自分の足で歩くようになって、自分で考えて、大きくなっていく⋯⋯それで二十歳になった時、その子が私にありがとうって⋯⋯生んでくれて、育ててくれてありがとうって言ってくれたら⋯⋯」
まるで泣きそうな顔で、由美は語った。そして最後は、本当に嬉しそうな顔で⋯⋯
「ものすごく幸せだと思うんだ!」
由美はそう言った。
「そっか⋯⋯そうね。とっても幸せよね」
私は思った。
夢の良し悪しなんて、当人が決める事なんだと。
誰かから見て、しょうもない夢だったとしても、本人の中では、それなりの理由だあって、必ず叶えたい尊い夢。
由美が願う美しいその夢が叶う瞬間を、私もそばで見守りたいなって、そう思えた。
「うん!」
「じゃあその夢のためにもがんばらないとね!」
「はい先生! よろしくお願いします!」
「よろしい!」
そう言い合って、二人で腹を抱えて笑った。
心なしか、私の堅苦しさも少し軽いものになった気がして、その瞬間、今まで味わったことのない高揚感が私を包み込んだ。
受験が終わって、発表日。私は、会場の前で由美と待ち合わせをしていた。
受験前、二人で指切りをした。
絶対に受かって、二人でおなじ高校に行こうって。
その時の私は、まるで自分の事かのように、由美の結果を見るのが怖くて、とても緊張していた。
「お待たせ!」
少し遅れて由美が駆け足で来た。
雪が降って寒い中、厚着をした結衣はいかにも女の子っぽくて可愛かった。
「それじゃあ、行きましょ!」
「うん!」
いっせーのーで、門を跨いだ。
繋いだ由美の震える手が、とても愛しく思えていた。




