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破壊魔は謳う  作者: kou
破壊魔【久木結衣編】
14/18

12 破壊魔

 由美が死んだのは、ちょうど今くらいの時間だった。

 私はその日、いつも通りタイムセールになる頃を見計らって、少し早めに学校前のスーパーマーケットに来ていた。


 その日は珍しく、十五歳の息子を連れて買い物に行った。名前は(かおる)と言った。


 スーパーで買い物をしている最中、香の姿がないことに気づいた。

 私は慌てて香を探し回った。野菜コーナー、お肉コーナー、おやつコーナー、レトルトコーナー、レジ付近。

何処を探しても香の姿は見当たらなかった。


 幸い、私は商品棚を見渡していただけだったため、直ぐに外に出ることができた。


「香⋯⋯」


 上がった肩から一気に力が抜けた。

 香は外で男の人と話していた。


 もう十五歳にもなる息子を心配しすぎだとは思うが、母は何処まで行っても母だ。いつだって子供を一番に考えるし、心配だってする。


 私は香の元に近づいた。


「香、勝手に離れないでよ!」


「母さん。心配しすぎだよ」


「心配するに決まって⋯⋯⋯⋯その人は?」


「久木結衣さん。こいいつの話で盛り上がっちゃって⋯⋯」


「こいいつ?⋯⋯ああ、あのゲームのことね⋯⋯」


 恋はいつだって。略してこいいつ。

 香が最近ハマっているシミュレーションゲームだ。

 結構古いゲームらしいけど、香はどちらかと言うと新しいものというより、古い名作が好きらしい。


「ごめんなさい。うちの⋯⋯息子⋯⋯⋯が⋯⋯⋯⋯⋯」


 その日の朝、私はニュースである事件についての記事を見ていた。

 破壊魔事件。

破壊魔と呼ばれる虐殺者が、刑務所から脱獄して、再び人を殺していると言うニュース。

 その時画面に出てきた破壊魔の顔を、私は鮮明に覚えていた。


 いや、違う。

 私はその時、目の前の男の顔を見て思い出したのだ。


「いえいえ⋯⋯丁度お腹が空いていたので。食事前の気晴らしができてよかったです」


 ゾッとした。彼の言葉に身体中に寒気が走り、私は無我夢中で彼の口元を塞ごうとした。


『一瞬の事で、何が起きたのか分かりませんでした⋯⋯ただ、友達が破裂する瞬間、破壊魔が何か呟いたんです⋯⋯私は少し離れてたから、なんて言ってたのかは分からないけど⋯⋯今でも、なにがなんだか⋯⋯⋯⋯』


 それは、テレビのインタビューで女子高校生が答えていた内容だった。

 その記憶が微かにあったからか、途端に体が動き出した。


「逃げて! 香! 出来るだけ遠くに!」


 全身全霊で叫んだ。何かが明確に分かるわけでは無かったけど、彼が何かを言おうとした瞬間の表情は、人殺しの表情だった。


「ちょ、お母さん⋯⋯突然どうしたんだよ⋯⋯」


「いいから! 早く逃げて!」


 彼の口を塞ぎながら、なんとか香をその場から離そうと試みる。

 2メートル。2メートルだけ離れれば、香は大丈夫だ。


 でも、香は離れるどころか、私の方へと駆け出してきた。


「だめ! 香! 逃げて! 死んじゃう!」


 必死だった。香を失いたく無かった。香だけでも、助かって欲しかった。


「なら尚更逃げれないよ。お母さんをおいて、逃げれるわけないだろ!」


 その言葉が聞けただけで、私がどれほど報われるか。


 ありがとう。香⋯⋯


 生まれてきてくれて⋯⋯私の子供になってくれて嬉しかった⋯⋯


「ごめん。香⋯⋯私、店の中にスマホ落として来ちゃった⋯⋯拾って来て、警察を呼んでくれないかな⋯⋯」


 私は、嘘をついた。

 香に初めて、嘘をついた。

 この嘘が、きっと、香を救ってくれるから⋯⋯


「分かった! ちょっと待っててよ!」


 香は店の中へと駆けて行った。

 スマホは私が持ってるから、探すのに五分以上はかかると思う。

 

 よかった。これで香を救える。


 ごめんね。香。ずっと、貴方の成長を見守ってあげたかったけど、お母さん、ここまでだ⋯⋯


 死は突然やってくるとは言うけれど、ここまで急だとは思わなかったな⋯⋯


 私は、彼の口から手を離した。そして、一つだけお願いをした。


「私一人。他の人は、殺さないで⋯⋯」


「どうして、そこまで? 命は惜しくないんですか?」


 立ち上がりながら、彼が質問してきた。


「まあ、やりたい事はまだあったけど⋯⋯天秤をかけたら、私の命なんて軽すぎるから」


「そうですか⋯⋯分かりました。他の人には手出ししません。警察に捕まるわけにもいかないですし」


「助かるわ⋯⋯」


 そういえば、彼、私に口を押さえられてる時、なんの抵抗もしなかったな⋯⋯


 そんなどうでもいい事を考えながら、私は瞳を閉じた。


「ごめんなさい⋯⋯」


「え? 今、なんて———」


 その瞬間、視界が乱れて、私は後ろへと投げ飛ばされた。


「どん」


 びしゃ!


 

 何が起こったか分からず、戸惑いながらも倒れた体を起こした。

 

 私は助かったのか。そう思って視線を彼の方へ向け、私は、言葉を失った。


 視界に映ったのは、涙を流しながら立ちすくむ破壊魔と、少し離れた場所で血まみれになって倒れている人の姿だった。


「うそ⋯⋯」


 絶句した。

 一瞬にして絶望感に襲われ、身体中が激しく震えた。


 倒れていたのは、私の親友。由美だった。



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