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破壊魔は謳う  作者: kou
破壊魔【久木結衣編】
13/18

11 願いと告白

 ひぐらしの鳴く声が、黄昏に染まった空に風情をそっと添える。

 村では畑作業が終わった農家さんや、バイト終わりの学生などが帰路に着くこの時間は、昼間より少し騒がしくなっていた。

 サラリーマンや、建設仕事などの、この村では出来ない業務に就く人たちは、他の町から車で帰宅するらしく、もう少し暗くなってからまたもうひと賑わいするらしい。


「ねえ、香織ちゃん。そろそろ中に入ろっか」


 私はこの村に一週間の間残ることにした。

 香織ちゃんのお母さん。由美さんのふりをして。

 それは、香織ちゃんの祖父母の願いからによるものだった。


 結衣を殺す。それは私にとってのけじめだと思った。

 被害者の家族に間近で触れて、その人達の悲しみに触れた。その結果、私の考えがあまりにも甘すぎることに気づいた。

 

 もう結衣は犯罪者なのだと。許されていい筈がないのだと。


 誰かが彼の暴走を止めなければならない。そうなった時に、唯一、それができるのは、私だけだと、そう思ったのだ。

 私は今日のうちにこの村を出ようと思っていた。一刻も早く結衣の元へ辿り着かなければいけなかったから。

 でも、話が終わって立ち上がった私に、香織ちゃんの祖父母はお願いをしてきた。


 一週間だけ、香織ちゃんの母という嘘をつき続けてほしい


 それが二人からの頼みだった。


 私は正直、承認しかねた。

 香織ちゃんのお母さんはもう死んでいるのだ。

 それはいずれ、どんな形であっても、香織ちゃん自身、知ることになる。

だったら、もうこれ以上、彼女に嘘をつき続けるのはあまりに野暮な話だ。


 けれど、そんな私のこだわりは、本当に小さいものとすら思えた。


 由美さんの葬儀は、一週間後に行われるらしい。

 その時に、香織ちゃんに、由美さんが亡くなっている事を初めて打ち明けるそうだ。

 

 きっと、香織ちゃんは絶望すると思う。

 たくさん泣くと思う。


 ずっと黙っていた二人を詰るかもしれない⋯⋯


 もう嫌いになって、二度と口を聞いてくれなくなるかもしれない⋯⋯


 それでも、二人は、香織ちゃんに嫌われてでも⋯⋯


 せめて葬儀までの一週間だけは、香織ちゃんの笑顔が見たかった。


 それが、二人の願いだった。


 そんなの、断れるわけないっ!⋯⋯⋯⋯



 だから私はこの村に残ることにした。

 一週間だけ。香織ちゃんのお母さんとして⋯⋯


「じゃあ、私はそろそろ帰るね」


 一日遊んで眠そうな香織ちゃんの手を握った頃、おねえさん、百合香さんが私たちに言った。


 時刻は5時半。もうすっかり夕方だ。

 百合香さんの左人差し指には、指輪がはめてあって、彼女が結婚しているのが分かる。

 家でやる事もあったと思うのに、一日中、香織ちゃんと遊んでくれていた。本当に優しい人だ。


「ありがとうございました。こんな遅くまで⋯⋯」


「いいのよ。私にできることは、これくらいだから⋯⋯」


 優しい目をしていた。まるで香織ちゃんに母心を抱いているようにも感じた。


「最後に、少し時間もらえますか?」


 私の言葉に、百合香さんは不思議な顔ひとつせずに、私に声がかけられるのを分かっていたかのように、首を縦に振った。


 私は香織ちゃんを一旦祖母に預けると、再び外に出て、百合香さんの隣に立った。


「ごめんなさい。忙しいですよね」


「まあ、ちょうど買い物して帰ろうと思ってたし。六時からはタイムセールだしね」


 気遣っている様子はなさそうだ。少し安心した。


「由美さん。亡くなってたんですね⋯⋯」


 私がそう言うと、百合香さんは、寂しげに俯いた。


「そっか⋯⋯由美香さん達から聞いたのね⋯⋯」


「はい」


 由美香さんとは、きっと由美さんのお母さん。香織ちゃん祖母のことだろう。


「ごめんね。私も知ってたんだけど、あの時、貴方に本当の事を言えなかった⋯⋯」


 もうすぐ沈みそうな夕日に照らされた百合香さんの横顔は今にも泣いてしまいそうだった。


「私、一週間だけここに残ることにしました。おばあちゃん達は葬式までの間、香織ちゃんの元気な姿を見ていたいって、そう言ってました⋯⋯」


「そっか⋯⋯」


 そっけない返事の中に、少しの安堵が感じ取られる。


「百合香さんが私に本当の事を言わなかったのは、やっぱり⋯⋯」


 試すみたいに顔を覗き込むと、百合香さんはすっと息を吸うように空を見上げた。


「それもあるけどね⋯⋯⋯⋯私自身、認めたくなかったんだと思う」


 吸った息を、言葉を挟むようにして吐き出す。真剣な表情で私を見た百合香さんの口から出たのは、衝撃的な言葉だった。



「私ね。由美が殺された時、側に居たの⋯⋯」







 

 

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