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破壊魔は謳う  作者: kou
破壊魔【久木結衣編】
12/18

10 覚悟

 香織ちゃん宅へと上がった私は、居間に案内され、真ん中に机を囲むようにして敷いてあった座布団に座った。

 座ってから直ぐに、目の前にお茶が出され、香織ちゃんの祖父母は私の反対側に、自分たちのお茶も用意しがてら腰をかけた。


「事情は理解したわ。あなた今、あの子のお母さんのふりをしてるのでしょう?」


 祖母がズバリ言い放つと、隣の祖父が驚いている。


「はい」


「なぜそんな残酷なことを⋯⋯」


 祖父が唇を噛み締める。今にも目から血が出そうな勢いだ。


「私も初めはそう思いました。私情でついた嘘と言われても、言い訳はできません⋯⋯でも! 人を救う嘘もあるって分かったんです。私がお母さんのふりをすることで、香織ちゃんが一人で山にお母さんを探す事がなくなるかもしれない⋯⋯」


「人を救う嘘だと? その嘘が、香織を救うと言うのか?」


 少し怒ったような口調の祖父に、緊張感が私の肌を襲う。


「ごめんなさい。それは、分かりません⋯⋯」


 気持ちは痛いほど分かる。本当に無責任な話だとも思う。

 もしそれが嘘だと分かった時、香織ちゃんは、どんな顔をするのだろうか。考えるだけで胸が締め付けられそうだった。

 それでも、目の見えない香織ちゃんが、やっとの思いでお母さんを見つけられたと思っていたあの瞬間に、それが赤の他人だなんて、お母さんじゃないなんて、私には言い切る事ができなかった。


「赤の他人である貴方が、見ず知らずの香織の為にそこまで考えてくれてることには、私たちは感謝しないといけないわね。本当に、ありがとう」


 若干気まずい空気の中で、次に口を開いたのは、祖父ではなく、その隣でお茶を啜っていた祖母の方だった。


「でもね、残酷なのは事実よ。少なくとも、あの子にとっては、本当に残酷⋯⋯」


 祖母は、感情を表に出す人ではなさそうだった。でも、そう言った祖母の湯呑みを持つ手は、徐々に震えを帯びていった。


「それって⋯⋯」


「あの子のお母さんはね、もう、死んでるの⋯⋯」


「え⋯⋯⋯⋯」


 頭が真っ白になった。死んでる? 香織ちゃんのお母さんが⋯⋯死んでる?

 何を言っているのか、分からなかった。


「ちょ、ちょっと待ってください⋯⋯死んでるって⋯⋯なんでそんな事が分かるんですか?⋯⋯だって! 香織ちゃんのお母さんがいなくなったのは、昨日のことなんですよね⋯⋯」


「そう。あの子のお母さん。由美がいなくなったのは、昨日。でもね、もう、死体は昨日のうちに見つかってるの⋯⋯」


 祖母の手の震えは、伝染するように声にも帯び始めていた。

 まるで、言いたくもない事を、苦渋しながら言っているようだった。


「それじゃあ、私ののついている嘘は⋯⋯」


 質問するように言うと、祖母は頭を縦に振った。


「必ず、バレる。あの子の本当のお母さんが帰ってくることは、絶対に無いから⋯⋯」


 言葉を進めるごとにその震えは大きくなっていき、遂に祖母はおろおろと泣き出してしまった。


「どうして⋯⋯一体、何があったんですか!」


 可能性があるとしたら、事故? 殺人? それとも、自殺? 

 どれを考えても、あり得る話で、あり得ない話でもあった。

 でも、実際は、私の考える以上に、絶対あってはいけない内容だった。


「お前さんも知ってるだろ! 今日本を騒がしてる破壊魔事件を! あの子は⋯⋯由美は! その破壊魔に殺されたんだっ⋯⋯」


 祖父の苦々しい声音が、私の心臓を強く刺した。

 胸の皮を誰かにお思いきり引き裂かれたような感覚が襲う。

 視界がぐらついて、よろけそうになった。


「そんな⋯⋯嘘⋯⋯結衣が?⋯⋯」


 結衣が、香織ちゃんのお母さん。由美さんを殺した? 破壊魔の被害は、こんな田舎にも出ていたって事?


 どうして⋯⋯どうして⋯⋯⋯⋯


「ねえ結衣⋯⋯どうしてなの⋯⋯どうして貴方は、そんな事をするの! 私の知ってる貴方は、こんな事をする人じゃなかったのに⋯⋯」


 二人の涙が、まるで自分を責めているように映る。

 それと同時に頭によぎったのは、香織ちゃんの姿だった。


「どうしよう⋯⋯私、取り返しのつかない事をしちゃった⋯⋯」


 途端に、涙が視界に滲んでくる。


「ごめん⋯⋯ごめんね⋯⋯そんなつもりじゃ、なかったのに⋯⋯私、最低だ⋯⋯」


 後悔なんて甘い言葉では表せられない感情が溢れ出てきた。

 今すぐ自分を殺してやりたくなって、罪悪感で胸がいっぱいになっていた。


「謝らないで⋯⋯貴方は何も悪くない⋯⋯悪いのは、破壊魔よ!」


 人の感情は、悲しみから怒りへと変わって、怒りはいずれ、憎しみへと変わっていく。

 おおらかだった祖母の憎悪の瞳が、由美さんを殺した結衣を遠くから力強く睨んでいるようだった。


「おばあちゃん⋯⋯私がこの村に来たのは偶然なんです。私は、ある人物を追っている最中に、たまたまこの村に辿り着いた」


 私に償えることがあるとするなら、それは明確だ。

 結衣の罪は、私の罪でもあるから。私は、それを受け入れなければならない。


 あんなに小さな子が、どうして苦しまなければいけないのか⋯⋯


 何もなければ、そこに居た筈の大好きなお母さんを、なぜ奪われなければいけなかったのか⋯⋯


 娘を失った目の前の二人は、起きてしまった理不尽に、抗う術はない。報いることもできない⋯⋯


 だったら、私が彼女たちの為にできることは決まっている。


「私は破壊魔を追っていました。そして、これからも、追い続けます⋯⋯」


『君たちが生きるためにする事。食事、睡眠、娯楽、繁殖。それが僕にとっては全てが破壊。ただそれだけの事さ⋯⋯』


 破壊をすることが人間にとっての食事と同じ事だとするのなら、人を苦しめる事が、常識だと言うのなら、ランも、今の結衣も⋯⋯


「私が、必ず破壊魔を殺します」


 私が、この手で殺す。



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