9 祖母と祖父
「ゆびきりげんまん うそついたらはりせんぼんのます ゆびきった」
人を守る嘘があるのなら、私は、香織ちゃんのためにこの嘘を貫き通す。
「ちょ、ちょっと⋯⋯あなた、何を考えて———」
お姉さんが戸惑った表情で私と香織ちゃんのやり取りを見つめている。
私はゆびきりが終わると、香織ちゃんに聞こえないように、おねえさんに言った。
「この選択が正しいのか、私には分かりません。香織ちゃんのお母さんが何処にいるのかも、私は知らない。だけど、もし私が嘘をつく事で、香織ちゃんの心を救えるのなら、お母さんが帰ってくるその日まで、私は香織ちゃんのお母さんで居たい」
人を救う嘘もある。そう言ってくれたのは、おねえさんだから。
この人なら、きっと分かってくれるとそう思うから。
「でも、あの子のお母さんは⋯⋯」
気まずそうな表情で呟くおねえさん。
その不安げな表情に、私の心は少し揺らぎかけたのだけど。
「そうね⋯⋯あの子のお母さんが帰ってくるまでね。頼んじゃおうかな⋯⋯」
頭の中を少しよぎった嫌な予感。それは気のせいだろうか。きっと気のせいだろう。
その時のおねえさんの笑顔を見て、私は考えることをやめた。
勝手に思い込んでしまった。
きっと、香織ちゃんのお母さんは、無事なんだと⋯⋯
「ただいま!」
香織ちゃんの家に着くと、香織ちゃんは私の背中から体を下ろして声を上げた。
途端に、二人の性別の異なる老人が駆け足で玄関へやってきた。
「香織⋯⋯心配したんだよ⋯⋯」
初めにそう言ったのは、香織ちゃんの祖母らしき人だった。
年齢は六十前半の、若い見た目をした女性だった。
「また、お母さんを探しに行ったのか?」
次に低くて太い声が響く。
香織ちゃんの祖父だ。
祖母とは違い、歳相応の白髪に、少し腰の曲がったおじいちゃんだった。
「心配かけてごめんなさい⋯⋯」
俯き気味に香織ちゃんが言った。
先程、お姉さんに叱られたのもあり、すごく申し訳なさそうにしている。
すると、祖母が香織ちゃんにそっと近づき、その小さな体を抱きしめた。
「もう一人で山に入っちゃだめだよ⋯⋯」
声を震わせて、そう言った。
「ごめんなさい⋯⋯でもね! 見つけたよ、お母さん!」
その言葉に両者、驚いた様子で香織ちゃんを見やる。驚くというよりも、あり得なさそうにしている。
「そんな筈が⋯⋯」
祖父が呟くと、香織ちゃんは私の方へと顔を向けた。
「ほら。お母さんも、心配かけてごめんなさいは?」
香織ちゃんに導かれるように、二人も私を見つめている。その表情は、とても怪訝なものだ。
それはそうだ。二人からしたら、赤の他人がそこには立ってるのだから。
「そ、その⋯⋯ごめんなさい! 心配かけて。ただいま、帰りました⋯⋯」
また嘘を重ねる。
でも、香織ちゃんは満足げな笑みを浮かべていた。
その向こうに居る二人は、まだ怪訝な表情をしているけれど。
私はどうしたものかと思い戸惑っていると、横目におねえさんが二人に向けてコソコソと何かを伝えようとしていた。
〈今だけは合わせて〉
二人の視線がそちらに移る中、祖母が何かを察したように口を開いた。
「お帰りなさい。本当に心配したんだからね」
どうやら、おねえさんの意図が伝わって、それを汲み取ってくれたみたいだ。
でも祖父はまだ理解できてなさそうだった。
「お前、何を言って⋯⋯」
「香織、少しの間、外で百合香お姉さんと遊んでおいで。私たちは、お母さんと話さないといけない事があるから」
祖母がそう言うと、香織ちゃんは楽しそうに返事をして、おねえさんの方へと駆け込んでいった。
二人の姿が見えなくなると、祖母はやさしかった面持ちを変えて、真剣な表情で私を見つめた。
「取り敢えず、上がって。話は、それから」
「はい⋯⋯」
祖父も、真剣な様子だった。
状況が理解できないながらも、私と話す必要があると分かっているのだろう。
私は靴を脱いで揃えると、二人の後を追うように、木の軋む音をゆっくりと鳴らして歩いた。




