序章
初めまして。kouと申します。殆ど初の投稿になりますが、皆様に楽しんで貰えるよう精一杯書かせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。
破壊魔がいた。かつて約五千もの人間を爆死させた少年だ。その少年が、刑務所から脱獄したらしい。
「結衣だ⋯⋯」
テレビの画面に映った手配書の画像を見て、私は呟く。そこに映っていたのは、私の初恋の人だった。
「結衣が、破壊魔なの⋯⋯?」
誰が聞いているわけでもないのに、誰かに聞いてみる。勿論返事はない。耳に入ってくるのは、アナウンサーの声だけだ。
『破壊魔が刑務所から姿を消したのは、本日の朝六時。既に刑務官らおよそ二十名以上が殺され、その痕跡からは、破壊魔が正面からの脱獄を試みたと予測されます』
こうしちゃいられない!
私は慌ててリモコンを握るとテレビを消して家を飛び出した。
この時は知らなかったが、その後ニュースで流れたのは、脱獄した破壊魔が再び殺戮を始めたと言う内容だった。その時点での被害者は既に一万人を超えていたと言う。場所は、彼が収容されていた刑務所が存在する東京だった。
街中にある喫茶店で、一人甘めのコーヒーを口に含んだ。いつも飲んでいる筈の甘さが、その時はとても甘く感じた。
チャリンと言うベルの音が、客の来店を知らせる。音の方を振り返ると、見知った顔がこちらへ向かって歩いてきた。
「悪い。少し遅くなった」
背丈の高い刈り上げの中年男だ。彼の名は小林隆太。私の叔父でこの街の警部だ。
「ごめんなさい。いきなり呼び出して。忙しかった?」
「ああ。参ったよ。まさか破壊魔が脱獄をするとは⋯⋯」
私の質問に、彼は頭を抱える。彼がなぜ破壊魔の脱獄に頭を悩まされているのか。それはひとえに刑事と言うだけが理由ではない。
「全く。朝から電話が鳴り止まないさ。破壊魔の脱獄は、俺の責任とほざく馬鹿もいる」
「そんな。りゅうさんはどうしようもないのに⋯⋯」
彼のあまりの不便さに呟くと、その同情を受け取りながらも首を振った。
「仕方がない。奴を逮捕したのは俺だ。誰もが不安な中で責任を押し付けたくなる気持ちもわかる」
「でも、脱獄したからって彼がまた人を殺すとは限らないでしょ? まだ被害も少ないと思うし⋯⋯」
私がそう言うと同時に、店員が水を持って来た。「注文はよろしいですか?」とマニュアル通りの言葉を付けると、りゅうさんは「ブラックで」と手をあげ店員が「かしこまりました」と席を外した。
店員がいなくなるとりゅうさんは再び頭を抱えた。それも先程よりも深刻そうに。
「それが事態は悪い方に進んで行ってるんだ」
その言葉に、私の頭を嫌な予感が過ぎった。りゅうさんも私の予感を肯定するように言葉を続ける。
「都会の方で奴は殺戮を始めた。もう一万人以上が死んでる⋯⋯」
「そんな!」
殺戮? 一万人? 頭がおかしくなりそうだった。明らかに常識の範疇を超えている。いや、人を殺すこと事態、非常識な許されない事だ。でも、どうして結衣はそんな事を?
「お待たせしました。ブラックです」
思ったより早く、店員が注文した品を持って来た。
「どうも」
私の驚きとは裏腹に、コーヒーを受け取ったりゅうさんは冷静な態度をとっている。
「破壊魔か⋯⋯俺には奴がそんな甘いもんには見えない。あれは悪魔だ」
ひとりごとのように呟いたりゅうさんが私の飲んでいるものより色の濃いコーヒーを口に含んだ。私は何も言えず、震えた手を握りしめる。
私の知っている破壊魔。長門結衣は人を殺すような性格には見えなかった。
私が初めて恋をした彼はとても穏やかで、思いやりに溢れた少年だった。
まだ私が高校生の時、恋をしていた男の子がいた。名前は結衣。クラスで目立つ存在ではなかったけど、初めて彼と話した時の事は今でも忘れない。
当時、私は今と変わらない、肩まで届かない長さのショートカットだった。
バレーが好きだった私は部活もバレー部に所属していた。所謂スポーツ系女子だった。
ある日練習中に、スパイクの際の着地で私は足を捻ってしまった。直後は一瞬痛みが走っただけでそこまで酷い怪我だとは思わず、練習を続けていた。
部活が終わって帰路に着いた時、怪我した部分に強烈な痛みが走った。歩けない程の痛みだった。
私は近くにあった橋の歩道のベンチに這いつくばって何とか座ると、靴と靴下を脱いで足首を見た。尋常じゃない程腫れていた。
歩けず帰れない状況でベンチに腰をかけたまま黄昏れていると、舗装面に人影が映り込んだ。
「どうした?」
投げかけられた声に顔をあげると男子生徒の姿。眉尻を下げ、私の目線に合わせるよう膝を曲げ、膝に手を置くその姿に、私は縋りたくなってしまった。
「部活で怪我しちゃって⋯⋯その傷が痛んで、その⋯⋯歩けなくなっちゃった」
少し気まずく、取り繕うような笑顔を向けていたと思う。
「そんな! 大変だ⋯⋯どうしよう」
私の言葉を聞くなり、慌てた様子で辺りを見渡している。同じ制服だけど、あまり接点がない私を本気で心配してくれていると肌で感じた。
「ごめんね。もう少し安静にしてれば歩けると思うから⋯⋯でも、ありがと」
「だめだ!」
「え?」
「その足首、捻挫してるだろ。そんな状態で歩いたら悪化しちゃう」
他人の怪我でなんでそこまで必死になっているのか。その時の私はそう思った。それも後々気づくことになる。それが彼なのだと。
「部活。出来なくなったら嫌だろ? 今日だけでも安静にしていないと⋯⋯」
何かを模索するように呟くと、私の前で膝を地面につけた。背中をこちらに向け腕を掲げる姿は、「背中に乗れ」と言っているようだった。
「そんな! 悪いよ!」
「俺は大丈夫だ。そりゃ、君が嫌だって言うなら仕方ないけど⋯⋯」
「嫌って言うか⋯⋯私、重いし。それに、あなたが変な誤解とかされちゃうかも」
「俺のことは気にするな」
あまりに譲らないから、私はつい聞いてしまった。
「どうしてそこまでしてくれるの?」
私の問いに彼は考えるまでもなく簡単に答えた。
「ここで君を見捨てると、きっと後悔すると思う」
感激したのか、感化されたのか。私は少し熱くなった心の臓を落ち着かせ、彼の背中に身を預けた。
「お願いします⋯⋯」
頬が熱かった。男に背負われるのは生まれて初めてだった。ごつごつとした、それでいて華奢な背中に胸が押しつぶされる感覚はとても新鮮なものだった。
「⋯⋯⋯⋯」
彼は何も言わずに足を進めた。私に衝撃が行かないように優しく、ゆっくりと歩いていた。
「そう言えば、名前⋯⋯」
私を背に乗せたまま、突然彼が呟いた。そう言えば、同じ学校なのに、私は彼のことを知らない。
「こころ⋯⋯長谷川心」
「心か⋯⋯いい名前だ」
その時の、私は初めて彼の笑顔を見た。優しすぎて泣いてしまいそうな笑顔だった。
「君の名前は?」
「久木結衣」
「ゆいか⋯⋯なんか、女の子みたいな名前だね」
「よく言われるよ」
私の冗談にも相変わらず優しく返してくれる。彼と話しているのは、とても心地よかった。
「学年は? 三年生とか?」
ずっと気になっていた質問をした。顔を初めて見たのもあって私は彼が三年生だと思っていたが、どうやら違ったらしい。
「二年だよ。二年三組」
「え!? 同じ学年じゃん!」
「知らなかったのか?」
「うん。身長高いし、てっきり上級生かと⋯⋯」
そう。彼は身長が高かった。百七十五はあると思う。同じ学年ならすぐに分かると思ったけど⋯⋯
私は申し訳なさを感じながらも、少し信じられない気持ちでいた。私は二組だからクラスが違うと言われればそれまでだが、それでも気づく気がする。
「なんかごめんね」
「いいよ。俺自身、そんなに目立つ存在じゃないし」
そんな悲しいことを言わないでとも思ったけど、それを言っている彼自身、慣れている様子だったのできっとそう言うことなのだろう。
「私はそっちの方が好きかな⋯⋯」
「え?」
つい呟いてしまった。決して同情などではなく、思ったことが口から漏れてしまったのだ。
彼の不意を突かれたような反応を見て、私は慌てて口を押さえる。また頬が熱くなった。
「違くて、結衣くん結構かっこいいし、身長も高くて、こんなに優しいのに、それを見せびらかしたりしないところがいいなって⋯⋯って、私何言ってるんだろ⋯⋯ごめん! 忘れて!」
自分でも何を言っているのか分からなくなって、恥ずかしいなと思っていると、結衣くんの耳が赤くなってることに気づいた。
「そんなこと言われたの、初めてだ⋯⋯」
「え?」
「君、いいやつだな。嬉しい。ありがとう」
突然のお礼に頬が更に熱くなったのを感じた。愛想はあまり良くないけど、その中にある優しさが心に染み渡った。
「どういたしまして」
彼の背中に顔を埋め、呟いた。丁度私の家の前に着いた頃だった。
「大丈夫か? 部屋まで、歩けるか?」
私を下ろした後、彼はまだお節介を焼いてくれた。
「大丈夫。ほんとにありがとう」
「部活、頑張れよ」
「うん」
最後にそう言い残すと、彼は来た道に体を向け、歩き出そうとした。
「待って!」
私は無意識に彼を呼び止めていた。このまま別れると、疎遠になってしまう気がした。
「連絡先! 交換してもいい?⋯⋯」
「あ、ああ」
私の質問にそう答えると、彼はスマホを片手に持ち、メールアプリのQRコードを見せてくれた。私も急いでアプリを開いてそれを読み取った。
彼のメールでの名前は、そのまま久木結衣と登録されていた。そこに不器用さを感じながらも、とても愛しく思えた。
「ありがとう。暇な時とか、メールするね」
「分かった。じゃあな」
「うん。気をつけてね」
そう言って今度こそ別れた。彼が見えなくなった後も昂る心臓の音が、とてもうるさくて、私が彼を気になっていることを知らせた。
「りゅうさん、お願いがあるの」
私がそう切り出すと、りゅうさんは怪訝な表情でこちらを見つめた。私は一呼吸おくと、怪訝なその瞳を見つめ言った。
「私、破壊魔を助けたいの」
「は?」
私の言っている事がどれだけふざけた事か、りゅうさんの反応を見ても明らかだった。でも、私は大真面目だ。
結衣がなんでこんな事をしたのかは分からないけど、少なくとも平気でそんな事ができる人ではない事を私は知っている。
だから、彼の話を聞きたかった。彼と話したかった。そうじゃないと、私は納得できない。
私の真剣な表情に充てられたのか、大きくため息を吐くりゅうさん。
「お前、その意味が分かってるのか?」
「分からない。でも、大事な人ともう一度話したい。それが私の願い」
無理を言っているのは重々承知だけど、絶対に折れたくなかった。もう後悔はしたくない。
「助ける事はできない。奴は殺しすぎた。どんな理由があれ、その事実は変わらない」
「そんな⋯⋯」
「だが」
抗議の目を向ける私に待てと言うように、りゅうさんは言葉を続けた。
「私には奴を逮捕した責任がある。次奴を逮捕するのも私だ。誰にも譲るつもりはない。私も奴が何故あんな大虐殺を、どんな思いで行ったのか、気になるところではある。だから、それを聞き出す手伝いをしてくれないか?」
「それって⋯⋯」
「お前がいれば、奴とも話ができるかもしれないからな」
その言葉の孕む意味に私はすぐに気づいて、心が躍った。
「ほんとに!?」
「一度言い出したら頑固だからな、お前は」
声をあげて喜ぶ私に、呆れたような口調でりゅうさんは言った。
「ただ一つ、お前が奴とどんな関係だったかは知らないが、その時の奴の面影は残っていないと思った方がいい。奴は殺そうと思えば少し離れた場所にいる人も殺せてしまう。もし、お前に危険が及びそうになったら、その瞬間からこの話は無しだ。いいな?」
「分かった。ありがとう」
一気に身体中を緊張感が襲う。考えたくないけど、りゅうさんの言っていることも否定はできなかった。
それでも、私は彼を信じてる。きっと話せば分かってくれる。そう信じて、私は深く頷いた。
家に帰ると、私は長旅になるであろう結衣を探す旅に最低限必要な、着替えなどの生活用品と情報収集の為のパソコンをキャリーバッグに詰め込んで、会社にしばらく休むことを伝えた。
「とは言っても⋯⋯」
ベッドの上に並べられた服を見つめて頭を悩ます。りゅうさんから安全の為にと渡された服だが、上はへそがまるきりでるどころか胸の谷間がはみ出しそうな作りの衣装で、下は完全にショートパンツだ。
「これでどう身を守れと?⋯⋯」
自分でも分かる程頬を赤らめ、仕方なくそれらを纏う。りゅうさんは昔から私にセクハラな言動などを言う人だったが、今回も完全に面白がっている。
「こ、こ、これは⋯⋯」
恥ずかしすぎるでしょ!
先を思いやられながらも、結衣ともう一度会って話したくて、彼にもう一度会う為なら、恥も恐怖心も捨てられる気がした。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯
やっぱり恥ずかしい!
誰が見ている訳でもないが、私は一人、顕になっている肌を両手で覆って隠した。
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