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終章②

 ますは大本命の翡翠妃、明琳。

 

 彼女の室は丁寧に整えられ、あちこちに飾られた美しい花々がかぐわしい香りを振りまいていた。


 黒檀の円卓を挟んで彼女と向かい合う。香蘭が手土産に持参した砂糖菓子を、彼女は細い指でつまんで

口元に運ぶ。


「まぁ、美味ですわね」


 明琳は今日も、一分の隙もなくあでやかだ。香蘭は妃選びの件を話し出す。


「皇后。そうですわね、資質としてはわたくしが一番ふさわしいと自負しておりますわ」


 不要な謙遜をしないのは彼女の美点だ。香蘭は同意を示すようにうなずく。


「では、やる気があると思ってよろしいのでしょうか」


 極上に美しく、明琳はほほ笑んだ。


「ですが、性格的には向かないのでしょうね。わたくしは月麗さまのように心が強くはありません。一歩引いて誰かを支えるほうが性に合っているのかも」

「誰かを?」

「えぇ、わたくしよりもさらに優れたどなたかを。そのほうがわたくしの能力を最大限にいかせるように思いますわ」


 完璧すぎる自己分析で、ぐうの音も出ない。彼女は上品な仕草でお茶をひと口飲み、続けた。


「わたくしは、不遇な立場から自らの力で玉座に座った陛下の強さと賢さをお慕いしております。叶わない恋心と、存じてはおりますけどね」


 そこで寂しげに目を伏せたかと思えば、明琳は次の瞬間には清々しい表情で前を向く。


「ですので、陛下の決定に粛々と従う所存ですわ」

「そう、ですか」


 香蘭もズズッとお茶をすする。彼女の入れてくれたそのお茶は、甘やかで高貴な味がした。


(となると、彼女は蒼貴人? 嫌だ、ぴったりじゃないですか)


 明琳の室をあとにして、香蘭はまた歩き出す。続いて訪ねたのは、琥珀妃、月麗のもとだ。


 彼女は得意の舞を練習しているところだった。軽やかな音楽、その音に合わせて柔らかくしなる背中と蠱惑的な笑み。香蘭も思わず見惚れて、拍手を送る。


「お邪魔してすみません」

「あなたならいいわ。どうぞ」


 少し乱れた髪と上気した頬が愛らしくも色っぽい。月麗は舞の練習を中断して香蘭を迎えてくれた。


「皇后? 三貴人? 別になんでもいいわ。私はただただ、明琳さまに勝ちたいだけ!」


 国にも陛下にも政にも興味はない。興味があるのは明琳だけと熱烈な思いを告白されてしまい、香蘭は反応に困った。


「明琳さまより上の地位は、なにがなんでも死守するわよ!」


 彼女は鼻息荒く宣言し、こぶしを突きあげた。淑女らしさはかけらもないが、香蘭はそんな彼女が結構好きだ。


(明琳さまも認める強靭な精神力は皇后向きですが、政に興味のない方に皇后をお任せするわけにはいきませんし……)


頭を抱えながら、次は双子の景姉妹のもとへ向かう。今日もふたりそろって仲良くお茶をしている。


(月見の宴のあと、仲がこじれないかと心配しましたが杞憂だったようですね)


 うっすらと性悪な香蘭はついついひねくれた物の見方をしてしまうが、世の中には美しい愛もたしかに存在するようだ。

 双子と侍女たちのにぎやかな茶会に香蘭も混ぜてもらう。


「あの、今さらで言いにくいのですが……」


 そう切り出したのは妹の柳花だ。


「私たちと陛下とは親戚でしょう。正直、夫婦となることがピンとこないのです。私は桃花が心配でついてきただけですし」


 意外な切り口で攻められた。


「それに、ここだけの話にしてくださいます?」


 香蘭がうなずくと、彼女はそっと耳打ちする。


 

「実は私、陛下があまり得意ではなくて……ほら、ちょっと怖い顔をしていらっしゃるから」


(皇后どうこうではなく、陛下の妻になるのが嫌。う~ん、さすがの私も想定していなかった回答です)


 姉の桃花は予想どおりの答えをくれた。


「私は殿方が大好きですが、好きじゃないのですよ! わかってくださいますか、この違いを」


 できれば理解できないと答えたいが、言いたいことはよくわかってしまった。つまり、女である自分を愛する殿方は受け入れられないと主張したいのだろう。


「私個人の願望としては、陛下にはずっと独り身でいてほしいですわね。公式な妃などいないほうが、妄想がはかどるというものです」

「は、はぁ」

「そうそう、最近新しく入られた瑠璃宮づきの宦官さま! とてもかわいらいい顔をしていましてね、ぜひ陛下の隣に並んでいただきたいと思っておりますの」


 自分の世界に入り込んでしまった彼女には、なにを言っても無駄だろう。


(景姉妹はダメそうですね)


 香蘭は肩を落として、最後のひとりである瑪瑙妃、美芳に会いに行く。


 墨の香りが漂う室で、彼女は筆を手にしていた。写経だろうか、才女のうわさに恥じない美麗な字を書きつけている。


「……どうでもいいですわ。蘭楊さまのお好きに」


 顔色ひとつ変えずに告げて、彼女はすぐさま香蘭に背を向けた。


「で、では皇后になるのもやぶさかではないと?」


 美芳は、心底うっとうしそうに背中で答える。


「ですから、どうでもいいとお答えしました」


 それきり、彼女は香蘭の存在を遮断して写経に集中しはじめた。香蘭はスゴスゴと引きさがるしかない。


(好きに決めていい。では、消去法で美芳さま? いえいえ、皇后が消去法だなんて!)


 鬱々とした気分で朱雀宮へと帰る道すがら、陛下の閨管理担当の秀由に出くわした。


「おや、蘭楊どの」

「秀由さん。なんだか久しぶりですね」


 いつも口をへの字にしていた彼が、今日は珍しくご機嫌だ。鼻歌を口ずさんでいる。


「なにかいいことでも?」

「そりゃあ、もう! 心から喜ばしいことですよ」


 ものすごく聞いてほしそうな顔をしているので、そのとおりにした。


「なにがあったんですか?」


 グフフと気味悪いほどの満面の笑みを向けられる。


「陛下が皇后をお決めになったそうで!」

「へ?」


 間の抜けた声が出た。そんな話はいっさい聞いていない。香蘭は彼にまだなにも伝えてはいない。つまり焔幽が自分で決めたということだろうか。


「誰ですか?」


 思わず秀由に詰め寄り、彼の襟元を締めあげた。


「ら、乱暴ですぞ。蘭楊どの。皇后の座を射止めたのはですね……」


 彼はえらくもったいぶる。


「射止めたのは?」

「まだ知りません」

「はぁ?」


 もったいぶっておいてこの答えか?と香蘭は浮かれた様子の老爺を蹴り飛ばしたい気持ちになる。


「手筈が整ったら正式に発表するとおおせでしたが、皇帝陛下が自らお決めになったことならば覆るはずもありません。いやぁ、やっと仕事が忙しくなるわけで、楽しみですなぁ」


 最後のほうの彼の言葉はろくに聞かず、香蘭は朱雀宮へ走った。はっきりいって、嫌な予感しかしない。

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