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六 モグラ、幽鬼退治に駆り出される⑥

「皇后に一番近い? とんだお笑い種ね! 陛下はまだ誰にもお手をつけていらっしゃらないのよ。私もあなたも、宮持ちですらない女たちも、みーんな仲良く零点でしょう」


 自分もみじめになりそうな捨て身の攻撃だが、月麗はとんと気にしていない。


(彼女の目的は『陛下に愛されること』ではなく『明琳さまに勝つこと』なんでしょうね)


 へこたれない月麗とは違い、明琳にはかなりきいたようだ。いつも冷静な彼女の顔が朱を注いだようになる。気をよくした月麗は攻撃の手を緩めない。


「これはただの勘ですけどね、陛下はきっとあなたを選ばないと思うわ」


 クッといまいましそうに下唇をかみ締めたものの、明琳は言い返すことをせずに踵を返した。珍しく月麗が勝負に勝ったようだ。


「戻りますわ」

「ちょっと、宦官たちも連れて帰ってよ! あなたのほどこしは死んでも受けたくない――」


 月麗のわめき声を遮って明琳は背中で告げた。


「誤解なきよう。月麗さまへのほどこしではありません。琥珀宮で働くみなさまへの労いの気持ちです」


 琥珀宮の女官や宦官たちが、明琳の背に感謝と尊敬の念を送る。


(去り際に引き分けに持ち込みましたね。さすがは明琳さまです)


 おつきの女官を引き連れて明琳は去っていった。


 月麗が香蘭の存在に気がつき、片手をあげる。


「あら、蘭楊。いつの間に戻っていたの?」


 明琳をやり込めることができて満足したのか晴れやかな表情だ。


「今さっきです。その差し出がましい口をききますが、せっかく明琳さまがご親切にしてくださったのに……なにも喧嘩してしまうことはなかったのでは?」


 気を悪くされることは承知で、香蘭は言った。先ほどの明琳の傷ついた顔が脳裏を離れず気の毒に感じてしまったのだ。


 そもそもこのふたりの喧嘩というのは、強く賢い大きな犬の尾の周りで小さな犬がキャンキャン吠えている……というのが常のことで、どれだけ月麗がかみついても明琳は余裕たっぷりにあしらうだけ。だからこそハラハラせずに生温かく見守っていられたのだ。


(明琳さまがあんなふうに反応するのは、めったにないことですね)


 月麗も言いすぎた自覚が多少はあるのだろう。少しばかり気まずそうにモゴモゴと答える。


「私に平気で塩を送る。ライバルとも思っていないと言いたげで憎たらしいのよ!」 

「逆だと思いますよ。最大のライバルの月麗さまが幽鬼に襲われ不戦勝になるのが嫌だったんですよ、きっと」


 彼女は唇をとがらせる。


「蘭楊は嘘が上手だもの」

「はい。なので嘘をつくならもっと上手につきますよ」


 にっこりと笑う香蘭に月麗は細く息を吐く。


「明琳さまもね。どうせなら完璧な嘘をついてほしいものだわ」

「なんのことでしょう?」


 とぼける香蘭に、月麗は皮肉たっぷりに片眉をあげる。


「私に負けないくらい賢くて腹黒いあなたなら、さっきのを見ていて気づいたでしょう?」


 フンと月麗は鼻で笑う。


「明琳さまはね、妃嬪候補のなかで唯一、本気で陛下に恋しているのよ」


(やっぱりそうなのですね)


 さっきの場面に遭遇する前から、ぼんやりと気がついてはいた。明琳が焔幽を見る目はほかの妃嬪たちのそれとは違う。


「それをね、さも『自分以外に皇后にふさわしい女がいないから仕方なく』みたいな態度なのがむかつくのよ」


 イライラした口調で月麗は続ける。


「あの女が素直に陛下を好きだと認めるなら、皇后の座は譲ってあげなくもないのに」


(愛憎は本当に紙一重ですわね)


 ようするに、月麗は明琳が本心を打ち明けてくれないのを寂しく思っているのだろう。ライバルなのか親友なのか、わからぬふたりだ。


「明琳さまは真面目そうですから。自分でも認められないのかもしれないですよ」


 皇后も貴人も、愛だの恋だので務まる地位ではない。むしろそんな感情は持たないほうがよき皇后になれる。陽家なら、娘にそう教育してきたことだろう。


(明琳さま。存外にかわいい方なのかもしれませんね)


 そんな明琳を誰よりも大好きそうな月麗も憎めない。


(どなたを皇后に推薦するか、迷ってしまいますわ)


 幽鬼騒ぎで忘れていたが、本命の職務もそうのんびりしている余裕はないのだ。秀由には顔を合わせるたびにせっつかれている。


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