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六 モグラ、幽鬼退治に駆り出される①

六 モグラ、幽鬼退治に駆り出される



 月が厚い雲に隠され、暗い夜だった。千華宮、焔幽の室。


 香蘭が淹れた茶を飲みながら夏飛の話を聞く。


「幽鬼に襲われた?」


 狐につままれたような顔で焔幽は目を瞬いた。


「幽鬼が出るといううわさなら私も聞きましたよ」


 香蘭も口を挟む。香蘭はあちこちの妃嬪たちの宮に顔を出しているが、数日前からそんな話題がよく出るようになった。そういえば先ほどの李蝶の宮の女官たちもそんなことを言っていた。


『ときおり、地面から幽鬼の血だらけの手が伸びてくる』

『庭の柳の木に、髪の長い幽鬼が逆さづりになっているそうで』


 耳にしたのは、そんな他愛のないうわさ話だ。


「いつものこと、と聞き流しておりましたが」


 幽鬼が出ただの出ないだのと話は、毒にも薬にもならないので頻繁に流行するのだ。もちろん、真実であっても不思議はない。


(なにせ、ここは千華宮。この世を恨んで出てくる幽鬼がわんさかいても納得です)


 王位争いに敗れた者、無実の罪を着せられ断罪された者、毒殺、暗殺、大虐殺。血と死にまつわる話の宝庫だ。


 夏飛は弱った顔で後頭部をかく。


「僕もそう思ってましたよ。また流行り出したな~くらいにね! ところがですよ。今夜は実害が出たのです」


 夏飛の話によれば舞台は甘月麗の住まう琥珀宮。そこの護衛をする宦官が幽鬼に襲われ、顔を切りつけられたのだという。


「被害にあった宦官に会ってきましたが、たしかにひどい傷でした。自作自演ってことはまずないと思います」


「幽鬼ではなく、人間に襲われたんじゃないのか?」


 焔幽の冷静な意見に香蘭もうなずく。幽鬼が出るといううわさが流行っているなかで夜に怪しげな人影を見ればそう思い込んでも不思議はない。


「ですが、本人があれは絶対に人ではないと。生きている人間とは思えぬ土気色の顔で足がなかった。恐ろしく鋭利な爪で切りつけられたと主張しています」

「……ふむ」


 香蘭は夏飛に顔を向ける。


「琥珀宮の人に話は聞きましたか? 誰か怪しい人物を見たとかは?」

「ちょうど今、行ってきたところなんです」


 夏飛はズイと身を乗り出し、仕入れてきた情報を報告する。


「女官のひとりがその幽鬼を目撃していたんですよ。彼女もまた、土気色の皮膚で足がなかったと証言しています」


 となると、被害者の思い込み説を主張するのは苦しくなるだろうか。


 夏飛は首がもげそうなほどに大きくひねって、つぶやく。


「実体のない幽鬼が人を切りつけるってありえるんでしょうか」

「呪い殺すとか生気を奪うとかそういう話は聞いたことがあるが、作り話なのか事実なのかはっきりしないものばかりだな」


 焔幽も悩ましげに眉根を寄せた。


 香蘭はきっぱりとした口調で言った。


「たいていの場合、人を傷つけるのは生身の人間でしょうね。もし実行犯が幽鬼なら……裏に妖術師がいるはずです」


 ふらふらと現世を漂っているだけの幽鬼など、案外とか弱い存在なのだ。せいぜい人をびっくりさせることしかできない。だが、彼らに特殊な力を与えることのできる妖術師がいれば話は変わってくる。妖術師は幽鬼の持つ怨念を増大させ、化物へと作り変えてしまう。


 焔幽の眉間のシワはよりいっそう深くなる。


「妖術師……も実在するものなのか、俺にはわからぬが」

「しますよ。少なくとも私はひとり知っております」


 そして、その力が本物であることも目の当たりにした。


 といっても、見たのは香蘭ではなく蘭朱だが。七十年前までは妖術師はもっと一般的な存在で、作り話などとは誰も思っていなかった。


(時代の流れというやつでしょうか)


 だが、妖術はその名のとおり術なのだ。正しく継承し、鍛錬を積めば普通の人間でも会得できるもの。香蘭は妖術師が滅びているとは思わなかった。


「わかった、調べよう。香蘭、お前も知っている情報はすべて話してほしい」

「御意」


 七十年前だというところを軽くぼかせば必要な情報を彼に与えることは可能だろう。


「にしても」


 夏飛が憂鬱そうな顔で天井を仰いだ。


「幽鬼も妖術師も恐ろしいですが、僕は琥珀妃がもっとも恐怖ですよ」

「なにかあったのか?」

「さっさと退治しろ。私の身になにかあったらどうする気なのかと、えらい剣幕で怒鳴られまして」


 夏飛はおおげさに身震いし、自身の二の腕を抱く。


「顔、あんなにかわいいのに。詐欺じゃないですか?」


 本気でがっかりしている様子がおかしく、香蘭と焔幽はクスクスと笑った。


「彼女があの顔でひとにらみすれば、幽鬼も逃げ出すと思うんですけどね」

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