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五 同じ闇を④

 焔幽は女に愛され、執着されるのを恐れている。そんなふうに見えた。彼は愛など求めない。そう直感したからこそ、香蘭は側近になることを承知してこうしてそばにいるのだ。


「ほぅ、気づかれていたか」


 焔幽の声は静かだ。狼狽した様子も怒りに震えることもない。香蘭の刃物が確実に突き刺さったはずなのに。


「血のつながった公主さま方はあなたの前で〝女〟にならない。だから心穏やかに過ごせるのですね」


 焔幽はククッと肩を揺らす。


「本当に、お前は腹立たしいほど目端がきくな」

「性分なのです」


 香蘭とて、別に彼の闇を暴きたくなどなかった。けれど雪寧と一緒にいる彼を見ていたら、なんとなく理解してしまったのだ。


 性悪な見方をすれば、彼は雪寧を愛しているわけではない。妹という存在に安心して、だから彼女を大切にしているに過ぎない。


(それを愛と呼んでいいものか、難しいですね)


「その様子だと俺がこうなった理由も調査済みか?」


 香蘭はゆるゆると首を横に振る。調べようとも、知りたいとも思っていない。むしろ聞いてしまったら、焔幽という人間との縁が決して切れぬものになってしまいそうで……香蘭は彼女にしては珍しく、惑うように瞳を揺らした。


「別に知りたくもないだろうが、聞け。俺がどういう人間なのか、知っておくのも側近の務めだろう」


 香蘭は「はい」とは言わなかったが、彼は話し出す。


「たいした話でもない」


 そう言う彼の唇は色を失い、かすかに震えていた。


「俺の実母は景桃花以上に病弱な女でな。俺を産んでから死ぬまで、ほぼずっと伏せっていた」


 彼が語り出したのは実母と自身の幼少期の話だ。


 彼の母は宮を持たない、嬪の地位にあったそうだ。彼女には千華宮にあがった当初から親しくしていた女がいた。


 名は琵加(びか)といい、同じく嬪のひとりだった。


 ふたりとも皇帝にとっては〝その他大勢〟の女。ある意味では気楽でもあり、ふたりは平和な日々を過ごしていたそうだ。


 ところが、焔幽の実母にたまたま皇帝の手がついた。そして、たった一夜で彼女は男児を身ごもった。


(それが幸運とはかぎらないのが、この場所の恐ろしいところですね……)


 香蘭の予想したとおり、後ろ盾のない彼女が歩むのは茨の道だったそうだ。


「もともと身体の弱かった母は、心身ともに衰弱してな。皇帝にも誰にも、かえりみられることはなくなった」


 香蘭はなんと答えたらいいのかわからず口を閉ざす。不憫ではあるが、ここではありふれた話なのだ。


「皇子もすでに大勢いたから、母も俺もどうでもいいものと扱われた。ただひとり、親切だったのが琵加だった」


 美談なのかと期待したが、彼の話はどんどん不穏になっていく。


「母の死後、俺の面倒を見てくれたのが彼女だった。俺は自分の息子も同然だと言ってくれた。だが……」


 思い出すのが苦しいのだろう。彼は言葉を詰まらせる。


「いつしか、彼女は俺に父を――当時の皇帝を重ねるようになった」


 琵加という女の胸のうちがだんだんと香蘭にも見えてきた。彼女はきっと、自分に見向きもしない皇帝に焦がれていたのだろう。


「琵加は俺を溺愛した。重く、息苦しいほどに。かと思えば次の瞬間には、美しく整えられた爪で俺の皮膚を裂いた」


 彼女にとって、焔幽は愛する男の息子。と同時に……憎らしい女の産んだ子でもあった。



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