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五 同じ闇を②

「お前は謎が多い」


 探るような目が香蘭を射貫く。彼の視線が香蘭の内側をのぞいてくるようだ。


「たとえば、お前は愛を信じていないだろう。誰からも愛されているのに、どうしてだ?」


 背中がスッと冷えた。


 香蘭は焔幽を理解しはじめていた、彼の光と闇を――。だが、同じだけ彼も香蘭に近づいているのだ。


 艶然と、香蘭はほほ笑む。


「陛下。女は秘密があるから魅力的なのですわ。暴くのは無粋というもの」


 煙に巻くように、香蘭は彼の頬をさらりと撫でた。が、その手をギュッと強くつかまえられてしまった。


「そうか? 俺は秘密を知れば知るほど、お前という人間に惹かれていくような気がするがな」

「なら、なおのこと暴いてはいけません。お伝えしたでしょう? 私に溺れてはなりませんと」


 互いに目をそらさず、じっとにらみ合う。いや、これは熱く見つめ合っているのだろうか。


 蘭朱だったときには感じたことのない、胸のざわめきだ。一瞬が永遠に感じられる。


「さぁ、衣に合わせた装身具も決めてしまいましょう」


 その言葉に焔幽は従い、ふたりの攻防はいったん終了となった。


 男性の装身具は女性と比べて少ない。だからこそ印象的なものを選びたい。


「陛下は金より銀が似合いますね」

「そうか。あまりこだわりはないが」

「いいえ、絶対に銀です」


 氷のようなと形容される彼にギラギラしたものは似つかわしくない。


「では、すべて香蘭に任せる」


 悪い気はしない言葉だ。香蘭は口元をほころばせた。


「宝玉は……そうですね、蒼もいいですがいっそ赤でも」


 香蘭は最高級の紅玉(こうぎょく)があしらわれた額飾りを手に取る。


(蒼玉の瞳との対比がきっと素晴らしいはず)


 自分の想像を確かめてみたくなり、香蘭は彼の額にそれを当ててみようとした。


「陛下、試着をお願いしても――」


 彼の美しい瞳に額飾りの紅玉が映り込む。その瞬間、焔幽はバッと勢いよく手を払った。


「やめろっ」


 彼らしくない、抑圧され、おびえたような声だった。


 金属ぶつかる硬質な音を立てて、額飾りが床に落ちる。香蘭は慌ててそれを拾う。幸い割れても傷ついてもいないようだった。


「申し訳ございません。額飾りはいらなかったでしょうか?」


 なんだかわからないが、お気に召さなかったことは確かなのだろう。


 床にかがんだまま、彼を見あげる。


(ーー陛下?)


 焔幽の周りだけ、空気が凍りついていた。なにも見たくないという意志表示だろうか、彼はきつく目を閉じた。


 冷たい、死人のような顔だ。よく見れば、唇だけがかすかにわなないている。


「あ、あの」


 もはや今の彼に自分の言葉は届かないのでは? そう思いながら声をかけたが、その音で彼はハッと正気に戻った。


 あきらかに取り繕うための、ぎこちない笑み。


「すまない。怪我はなかったか?」

「私は大丈夫です」


 むしろ大丈夫でないのは彼のほうだろう。


 なにもなかった顔で香蘭はくるりと踵を返し、拾った額飾りを棚に戻す。


「これはないほうがいいですね。完璧なお顔が隠れてしまってはもったいないですし」


 彼は別に額飾りが嫌いなわけではないのだろう。それはわかっていたが〝なに〟を嫌ったのか特定しないためにあえてそう言った。


 沈黙が流れる。聡い彼は香蘭の気遣いを察したのだろう。


「聞かないのか?」


 ゆっくりと彼を振り向く。そして、ふっと小さく笑った。


「殿方も、秘密があるほうが魅力的です」


 謎は謎のままであるほうが美しい。けれど、香蘭もそしておそらく焔幽も感じていた。


 自分たちの抱える闇が、よく似ていることを。


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