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五 同じ闇を①

五 同じ闇を



 月見の宴から早ひと月が過ぎていた。例の事件の顛末は、被害者である桃花が『被害などなかった』と強硬に主張したため公にはお咎めなし。ただし鈴々は玻璃宮を出され、嬪たちの住まう大きな宮の下働きに降格処分となった。それでも十分に寛大な沙汰だ。


 修羅場の当事者となった皇后候補の姫たちには焔幽から説明があり、柳花があらためて謝罪をした。烈火のごとく怒っていたのは月麗だけで、一番迷惑をこうむったはずの美芳はいっさいの関心を示さなかった。


 それぞれ心に秘めるものはあるかもしれないが、事件は一応の解決を見せた。


 そんなある日の昼さがり。焔幽は近々やってくる隣国の皇子を接待するための準備で忙しくしていた。


「皇子との会談は大変なものなのですか」

「いや、友好国だし儀礼的なものだ。無難にこなせば問題はない」

「そうですか。なにかお手伝いすることがあれば、なんなりと」


 香蘭は側近らしい台詞とともに軽く頭をさげる。するとすぐに依頼があった。


「では、当日の俺の衣装周りの準備を頼めるか?」

「お衣装ですか?」


 それは側近の仕事ではなく別に担当する者がいるはずだ。香蘭の疑問を悟ったのだろう、焔幽が説明する。


「信頼している者が体調を崩していてな。雪寧が『香蘭は衣や宝飾品を選ぶのが得意』と言っていたのを思い出したのだ」

「その言い方ですと、私が着飾ることしか能のない阿呆に聞こえます。私の審美眼はもっと高尚なところにもいかんなく発揮され――」


 つらつらと語りはじめた香蘭を遮るように、彼はヒラヒラと片手を振る。


「わかった、わかった。その抜群の審美眼で俺の衣装と宝飾品を選んでくれ。その間に俺はこの書類を片づけるから」


 焔幽は憂鬱そうな顔で机に山積みされている書類を一瞥した。


 香蘭は彼の衣装部屋に足を踏み入れ、数えきれないほどの衣を前に思案した。


(蒼い瞳がなにより印象的なので、それに合わせて蒼い衣がいいでしょうか)


 悪くない、と思った。が、焔幽はまず見かけないレベルの美男だ。なにをどう着ても悪くはならない。


(なんでも似合う方の衣装選びは意外と難しいのですよね。蘭朱もそうでしたが)


 その点、香蘭は色黒で似合う色がかぎられているので簡単でよい。

 

 迷ったすえに、香蘭は二着を選び出した。ひとつは晴れた日の海のように美しい蒼色の衣、もう一方は夜空のような深い藍。


(本人が気に入るかどうかも無視してはいけませんね。お気に入りを着ていると表情も明るくなりますし!)


 最後の選択は本人にゆだねようと決め、香蘭は二着を持って彼のもとに戻った。もちろんそれぞれの衣に合う装身具も一緒に準備をしている。


 香蘭は両手に一枚ずつ衣を持ち、彼の前に立った。


「こちらがよい」


 焔幽は迷うことなく、香蘭の右を指さした。


「ふふ。私も同感です」


 彼が選んだのは藍色のほうだ。香蘭も絶対にこちらがよいと思っていて、彼が反対意見だった場合にはさりげなく誘導しようと考えていたほどだ。


(よい素材には王道の味つけが一番。完璧な美形に過剰な装飾は不要ですね)


 衣が地味なほうがかえって、焔幽の美貌がすごみを増す。


「会談のお相手は皇子ですからね。対してあなたは皇帝陛下。格を感じさせる装いにいたしましょう」


 香蘭はウキウキと、彼の肩に衣をかける。


(地味な女性を変身させるのも楽しいですが、これはこれで!)


 最高級食材を使っての調理も腕が鳴るというものだ。


「そうしていると、妻のようだな」


 彼の発言に香蘭は弾かれたように顔をあげる。からかっているのかと思いきや……彼は心からうれしそうに目を細めていた。香蘭の心臓が小さく跳ねる。


(ふ、不意打ちを食らいましたわ)


 悪意や策略を巡らせる相手にはめっぽう強い香蘭だが、素直な人間には案外弱い。動揺を気取られないよう、細心の注意を払って声を出す。


「妻が夫の世話を焼くのは平民にかぎった話でしょう。残念ながら皇帝のあなたに、そんな幸せは訪れません」


 焔幽はふっと小さく笑う。その顔もまた、香蘭の目を惹きつける。


「たしかにそのとおりだ。だが、香蘭。今日は返答のキレが悪くないか?」


 隠したはずの動揺を見透かされたのだろうか。

 無邪気で素直だったはずの彼が、一転して攻勢をかけてきた。


「俺は先日、ひとつ嘘をついた。最近女の趣味が大きく変わってな、モグラは案外好みのタイプだ」


 香蘭の表情が固まる。うぬぬと口ごもってしまい、キレのある返答が思いつかない。


「……少しずつ、素が見えるようになってきたな。いい傾向だ」


 焔幽は満足そうだ。

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