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四 月と太陽⑨

 事件の謎は解けたものの、焔幽も香蘭もそう晴れやかな気分にはなれなかった。


「少し庭を散歩でもしていかないか」

「はい」


 このときばかりは香蘭も軽口を返したりせず素直にうなずいた。


 千華宮の敷地は広大だ。ここだけでひとつの街を形成しているに等しい。丸池にかかる赤い橋の上から、ふたりは静かな水面を眺めた。


「たしかに。景柳花は損な役回りだな」


 ぽつりとこぼした焔幽の言葉が池に落ちる。


「もちろん桃花さまは柳花さまに感謝しているでしょう。柳花さまだって、そういう姉だから大切になさっている。あのふたりの姉妹愛は本物だと思います」

「……あの女官はだからこそ歯がゆかった、そういうことか」

「えぇ。たまには桃花さまより柳花さまが評価されてほしい。そう考えたのでしょう」


 明琳や月麗に勝つ必要はなかったのだ。衣装がほんの少しほつれ、それで桃花さまが動揺し舞が乱れる。鈴々が望んだのはその程度のことだったのだろう。現に衣装の細工はなんとも中途半端なものだったと聞いている。


「お前がみなの前であの女官を告発しなかったのは、柳花のためか?」


 香蘭はしばし考えた。


「大きな悪意ではなくても、結果的に桃花さまの衣装は裂けた。彼女は断罪されてしかるべきでしょう」


 それから、香蘭はほんのりと冷たい笑みを浮かべた。


「私は陛下が思うほど優しい女ではないので……女官の罪は主の罪。今回の件も柳花さまが責任を取るべきと個人的には思っております。ですが、陛下が私と同じ考えとの確信は持てませんでしたので」

「なるほど。俺の意向を確認するつもりだったのか」


 香蘭はうなずく。


「決して本意ではないですが、私の現在の主は陛下。意に添わぬ行動をとるわけにはいきませんから」


 焔幽はやっと、少しだけ笑みを取り戻した。


「そんな殊勝な心を持っているのなら、お前の正体を白状してほしいところだが」

「私の正体は胡香蘭。それ以外の答えなどありませんよ」


 しれっと香蘭は答える。


 焔幽は苦笑し話題を変える。


「あまり後味のいい真実ではなかったが、柳花の命だった、というよりはマシだったか」

「そうですね。桃花さまにとっては」


 言いながら、香蘭は自身の心臓がざらりとしたものに撫でられるのを感じた。


(ですが、仕える側は無意識に主の心を読もうとするものです)


 柳花が鈴々を責めなかったのは、心のどこかで彼女に共感していたから。そう考えることもできるのではないか。


「ん、どうかしたか?」

「いいえ、なんでも」


 香蘭は確証のないことは口にしない主義だ。なので、今の思いつきは心のなかにとどめておくことにする。


「では、そろそろ朱雀宮へ戻りましょうか。夏飛さんが心配しますよ」


(ふたりきりで散歩などしていると、陛下が恋に落ちてしまいますしね)


 焔幽があきれた顔で肩をすくめる。


「だんだんとお前の考えていることが読めるようになってきたぞ。そう心配せずとも、俺の好みは至って普通だ。……モグラは別に好みではない」


「まぁ、残念です。私は陛下のお顔立ちはなかなか好みですのに」


 けろりと答える香蘭を焔幽はギロリとにらむ。


「嘘はついておりませんよ」

「知っている。俺の顔を嫌いな女など、そうはいないだろうからな」

「ですから! そういった台詞は私の専売特許ですので奪わないでくださいまし」


 並んで歩き出したふたりを、ぽっかりと浮かぶ昼中の月が見守っていた。


「おや、今日の月はずいぶんとせっかちだな」


 焔幽の声に香蘭は空を仰ぎ、景姉妹を思った。


「近くにいればいるほど、愛は深まる。けれど愛憎は表裏一体。あのふたりがこじれる未来など、考えたくはありませんねぇ」


 深い憎しみは深い愛から生まれるのだ。


「なにか言ったか?」

「いいえ、なんにも」

 


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