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四 月と太陽⑧

 彼は香蘭の頬を撫でていた手を離すと、いつもの顔に戻った。


「聞きたいことはこれで終わりではない。もうひとつ、こちらが本命だ」

「なんでございましょうか」


 香蘭はもう、彼の聞きたいことがなんなのかわかっている。けれどとぼけてみせた。


「瑠璃妃、景桃花の衣装に細工をした人間。おそらく、お前は犯人の目星がついているな?」


 一応、語尾に疑問符はついていたものの、彼は確信を持っている様子。これ以上はとぼけても無駄だろう。


「逆に、陛下はお気づきになりませんでしたか?」


 焔幽は悔しそうに首を横に振った。


「香蘭。お前はなにに気づいたのだ?」

「私は優秀ですが、別に第六感があるとか、凡人には理解できない推理力を持つとか、そういうことはないのです。ただ……人よりちょっと目端がききます」


 焔幽はうなずく。


「それはよく知っている」

「先ほどの場、私は妃嬪候補さま以外の者をしかと観察していました。そうしたところ、ひとり尋常じゃないほど青ざめ、震えている者がおりました」


 蒼い瞳がその真ん中に香蘭をとらえる。


「誰だ?」 

「名は存じません。ですが」


 大きく深呼吸をひとつしてから、香蘭は告げた。


「桃花さまの妹である玻璃妃、景柳花さまの宮に勤める女官でした」


 焔幽の目が驚愕に見開かれる。ゴクリと喉の鳴る音が聞こえてきそうだ。


「どういうことか、聞かせてくれ」



 数日後。香蘭は焔幽について、柳花の住まう玻璃宮を訪れた。


「秀由さんが嘆いていましたよ。ようやっと陛下が妃嬪の宮に渡られることになったのに、まさか昼間だなんて!と」


 太陽はまだ中天の位置にいて、地上を明るく照らしている。もちろん、焔幽は伽のために柳花のもとを訪ねるのではない。

 先日の香蘭の発言の真意を確かめるためだ。


 焔幽のつま先が不愉快そうに小さな石ころを蹴る。


「俺だって心底、不本意だ。景桃花への嫌がらせの犯人捜しで、妹である柳花の宮に来ることになるとはな」


 姉妹は王家の遠縁。妃嬪候補に興味のない焔幽も、彼女たちが仲のよい姉妹であったことは認識していたようだ。


「この宮の女官が?」


 焔幽と香蘭の話を聞いた柳花は両手で口元を覆い、それきり絶句した。瞳に浮かぶのは驚愕の色だけで、罪悪感も後ろめたさもいっさい見えない。


(柳花さまは私とは違って、そんなに嘘が上手な人間でもないでしょう)


 焔幽も同感のようだ。香蘭に顔を近づけ、耳打ちする。


「どうやら、お前の推理が正解だったようだな」


 柳花はなにも答えない。が、惑う瞳で自身の後ろを振り返る。そこに控えるのは玻璃宮の女官たちだ。同席してほしいと皇帝自らが頼んだので、この場にいる。みな、訳がわからないという顔だ。ただひとりを除いて――。


 柳花もそれに気がついたのだろう。


鈴々(りんりん)? あなた、なにか知って……」


 主に名指しされた彼女はビクリと大きく上半身を跳ねさせ、もう耐えきれないと顔を床に突っ伏した。


「も、申し訳ございません! わた、私が……」


 鈴々の言葉は嗚咽交じりになり、要領を得ない。だが、焔幽もそして柳花も、彼女を責めたりせず辛抱強く待った。


 ずいぶんと時間を要したが、香蘭が先日焔幽に話した推測がおむね当たっていたことがわかった。

桃花の衣装へのいたずらは鈴々の単独犯。柳花はなにひとつ把握していなかったのだ。


「悔しかったのです。桃花さまは柳花さまに助けてもらうばかりなのに! いつだって注目を浴びて主役になるのは桃花さま……あまりにも理不尽ではありませんか」


 鈴々の心情は理解できぬこともなかった。


 柳花は身体の弱い姉をいつも心配し、陰ながら支えている。けれど、彼女のそんな献身は周囲にはなかなか伝わらない。みなの気を引き、注目されるのは天真爛漫な姉の桃花ばかり。


(まるで月と太陽みたいですね)


 香蘭はあの日の満月を思い出す。


(月見の宴、月が称賛されるべき日でしたものね)


 鈴々は本心から柳花を慕っているのだろう。それをよく理解しているからか、柳花は彼女を叱責する言葉を一度たりとも口にはしなかった。悲しそうに、苦しそうに唇を引き結んで、また泣き崩れてしまった鈴々を見おろしている。


(けれど、皮肉ですね。彼女のしたことは結果的にまた桃花さまを主役に押しあげた)


 物語には必ず主役と脇役がいる。この世も同じなのかもしれない。


(月は、太陽に憧れることがあるのでしょうか?)


 玻璃宮を出る際、柳花は幾度も頭をさげた。


「鈴々の失態は主である私の責任。いかような処分も甘んじて受けます。許されるのならば、月麗さま、美芳さま、そして姉の桃花へも私から直接謝罪を……」

「被害を受けたのは景桃花だ。彼女の意向を確認し、処分は追って知らせる。そなたもあの女官も沙汰を待て」

「――はい」


 柳花の声はか細く、震えていた。

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