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四 月と太陽⑥

「そうですね、理屈は理解できます。皇后、そして三貴人の有力な候補にあがっているのはわたくしを含めて五名。あら、ちょうど全員がこの卓にそろっていますね」


 あらためて名をあげる必要もないだろう。千華宮の誰もが同じ認識でいる。


 候補者は、明琳・月麗・桃花・柳花・そして美芳の五名だ。


「五名で四つの席を争う。ひとり、あぶれますね。そのひとりはおそらく……わたくしか桃花さまになるでしょうね」


 当事者の五人だけではない。聞いていたみんながハッと息をのんだ。そういう空気は誰もが感じて察してはいただろうが、言葉にする勇気がある者がいるとは思っていなかったのだろう。おまけに口にしたのは当人である美芳だ。


(月麗さんも素直ですが、彼女も負けていないですねぇ。候補者たちはみな、それぞれに魅力的です)


 焔幽も呆気に取られた様子で美芳を見つめている。


「桃花があぶれるかもって、あなたが決めることではないでしょう? 勝手なことを言わないでちょうだい」


 姉にくだされた評価にムッとした顔で声をあげたのは柳花だ。けれど美芳は顔色ひとつ変えない。柳花をちらりと見て淡々と答える。


「わたくしの主観はいっさい加えておりませんが。桃花さまは素晴らしい方と存じておりますし、資質だけなら明琳さまにも匹敵するでしょう。ですが、お身体が病弱でいらっしゃる。子を産む前になにかあるかも……というのは大きな欠点です」


 焔幽はよく夏飛や香蘭を無礼だと口をとがらせるが、千華宮いちの無礼者は彼女かもしれない。


「ですが、その欠点を考慮してもわたくしよりは評価が高い。ですので、桃花さまが困難に見舞われて一番得をするのはわたしく。みなさま、そうお考えなのですよね」


 場は水を打ったようにしんとなり、誰もひと言も発さない。当事者の五人も見物しているだけの女官たちも、みなが気まずそうに視線を泳がせるばかりだ。香蘭はその彼女たちの顔を順に観察する。そして、とある見知った顔のところでぴたりと瞳の動きを止める。


 しばしの間を置いて、ストンと真実を理解した。


(犯人は美芳さまではない)


 その女性と美芳の姿を見比べ、ますます確認を深める。


(ですが、この場でお伝えすべきなのかどうか……女の争いに首を突っ込む宦官なんてこれ以上ないほど鬱陶しい存在ですよね)


 香蘭が悩んでいる間に焔幽が声をあげた。


「そこまでにしろ」


 鋭い声にみなが弾かれたように彼を見る。焔幽は皇帝らしい威厳を見せて宣言した。


「瑠璃妃、景桃花に故意になにかをした人間がいるのかどうか。俺が責任を持って調査する。だから無責任な犯人捜しはここまでだ」


 そこで焔幽は少し表情を緩めて、夜空を見あげた。


 白く輝く月が、焔幽の冴えざえとした美貌を照らす。


「今宵は美しい月を愛でるために、こうして集まっているんだ。そなたたちにも楽しんでもらいたいと思っている」


 焔幽が妃嬪たちに初めてかけたといってもいい、優しい言葉だった。それ以後は、諍いなどなかったかのように宴は和やかに進み、予定どおり夜更けに解散となった。


 香蘭は早寝早起きを心がけているので、宴のあとは速やかに寝台に潜る予定でいた。が、その予定は焔幽によって妨害されている。自室に戻ろうとする香蘭の首ねっこをつかんで無理やり自分の室に連れ込んだのだ。


 香蘭は眉根を寄せた渋い顔で彼に言う。


「酒の勢いに任せて私の肌に触れることはおやめくださいまし。何度も申しあげておりますが己の破滅を招きますよ」


 衣の胸元をキュッときつく合わせて、香蘭はじりじりと彼から遠ざかる。


「何度でも言うが、そんな気はさらさらない。というか、最近のお前はもう男にしか見えないから女だという事実すら忘れていた」

「まぁ! 陛下の視力が心配ですわ」

「視力はすこぶるいいぞ。先日も庭でお前にそっくりなモグラが出没しているのを発見した」

「それはきっと、無意識に私をお探しになっているのでしょう」

「……もう、それでよい」


 焔幽は遠い目をして反論を諦めた。香蘭がコロコロと笑うと彼もふっと目を細める。


 近頃はこのくだらないやり取りを、互いに楽しんでいる節がある。


(陛下ほど情にもろくはないと思っていましたが、私も前世とは少し性格が変わったのかもしれませんね)


 焔幽はふと真顔になる。


「さて、本題に入ろうか」

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