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四 月と太陽④

 このあとは、双子の柳花、桃花。その次に月麗。とりを飾るのは翡翠妃、明琳だ。


 この順番については実はひと悶着があった。芸事に関しては誰にも負けない自信を持っている月麗が『なぜ自分が最後でないのか?』と明琳も聞いているところで堂々文句をつけたからだ。それに対して明琳は『わたしくがとりにふさわしいことを当日、証明してみせましょう』と余裕の笑みを返した。この対決に女官たちは大盛りあがり。今日の目玉はふたりの一騎打ち。みながそれを楽しみに待っている。


 ところが、月麗の出番の前にとある事件が起きた。


 舞台上で舞うのは病弱な双子の姉、桃花。身体が弱いせいか力強さはないものの、繊細で儚げで、この世のものならざる美がその舞には宿っていた。誰もが「ほぅ」と感嘆の声を漏らし見入っている。


 しかし、最後の一節を残すのみとなったところで桃花の様子に異変が起きた。動きが小さくなり、おまけに音楽と微妙にずれている。


(どうしたのでしょう)


「おや? 具合でも悪くなったのかな」


 ひとり言のように夏飛がつぶやく。身体の弱い桃花ならありえなくもない話だが、香蘭はそうではないと気がついた。


「違います!」


 思わず声をあげてしまった。香蘭は天に向かって伸ばされている桃花の細い腕を凝視している。ここは腕をあげる振りではないはずだ。彼女は伸ばした腕でさりげなく衣装を押さえている。

つまり、衣装が肩の辺りから裂け、肌があらわになりかけているのだ。


(あぁ、なんてこと!)


 丸裸になってしまうわけではないが、良家の子女としては一生の恥となる窮地だ。かといって、舞をやめて舞台袖にはけるのも妃嬪候補としては避けたいところ。桃花自身はあまり皇后の地位に執着しているようには思えないが、彼女たちは家名を背負っている。


 衣装を押さえながら、どうにか舞う。そんな苦肉の策を彼女は選択した。だが、健気な桃花をあざ笑うかのように彼女の衣装のほころびは広がっているように見えた。


 さすがに誰もが状況を察したのだろう。場がざわつき出し、同情の嘆息があちこちから聞こえてきた。


 今にも衣がはだけてしまうというところで、バッと舞台に飛び乗った焔幽が音楽に合わせて自身の衣をふわりとかけた。


 儚い姫君を守り支える美貌の王。文句なしに絵になっている。


 最後の一音とホッとしたような桃花の愛らしい笑みがうまい具合に重なり、まるで初めから決まっていた演出のように見えた。


 シンと一瞬静まり返ったあとで、「わぁ~」という大歓声があがった。


 舞台が台無しにならなかったのは桃花の度胸と焔幽の的確なフォローの賜物だ。もっとも、あの状況で舞台にあがることが許されるのは皇帝くらいのものなので彼がどうにかする以外に道はなかったともいえるが。


 桃花が予想外の注目を浴びてしまったせいか、目玉であったはずの月麗と明琳の対決はいまいち盛りあがらないままに終わってしまった。月麗は非常に難しいとされる舞を、明琳は宮廷楽師にも劣らない腕前と評判の(そう)を披露し、どちらも甲乙つけがたい素晴らしさではあったのだが……。


 妃嬪たちの芸の披露が終わると、真の主役である白銀に輝く月がその姿を現した。


 月明かりのもとで、めいめいにぎやかに酒を酌み交わす。この場は無礼講がウリなので、焔幽もみなと椅子を並べる。彼を挟んで右に夏飛、左に香蘭が座っている。瑞国は伝統的に宴席では男女で別れることが多いので、こちらの卓に女性はいない。


「窮地を鮮やかに挽回。今日の主役は瑠璃妃さまでしたね」


 夏飛の言葉に香蘭もうなずく。


「ハラハラドキドキ、そしてハッピーエンド。誰もが大好きな展開ですからね」


 主役が儚げで、思わず応援したくなる桃花だったことも功を奏した。別の女性だったら、あそこまでの称賛にはつながらなかったかもしれない。


「陛下の手助けも絶妙でしたね」


 香蘭は素直に彼を褒めた。もっとも焔幽なら、なんらかの手助けをするだろうとは予想していた。

 彼はたしかに冷徹だが、同時に公正な人間でもある。本人に非がない危機ならば、迷わず手を差し伸べるだろうと思った。


「それにしても衣装が破けるとは、瑠璃妃も不運……でしたね」


どこか含みのある夏飛の物言いに、妙な間が流れた。焔幽も香蘭も唇を真一文字に結んでいる。沈黙を破ったのは焔幽だ。


「白々しいぞ、夏飛」

「いやまぁ、でもただの勘で証拠はないですし」


 三人とも同じことを考えている。ふぅと息を吐いて、香蘭は周囲には聞こえない小声で言った。


「妃嬪候補にとって、今日は重要なハレの日です。衣装のチェックは念入りに行っているはず。急に破ける不運が起きる可能性はいかほどでしょうか?」

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