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四 月と太陽②

「香、でなかったわ。蘭楊~!」


 人だかりの奥から懐かしい声が聞こえてきた。雪寧だ。白一色の衣装に鮮やかな紅い帯。特別に高価な衣ではないが、雪寧にぴったりなのでとびきり上等に見える。


『衣は白。帯はハッとするほど鮮やかな色。この選び方なら失敗しません。雪寧さまの魅力をグンと引き立てること間違いないです』


 雪紗宮を去る際、香蘭は彼女にそんな助言をした。『香蘭がいてくれないと、衣装や髪型をどうしたらいいのか困ってしまうわ』と雪寧が泣きついてきたからだ。

 どうやら実践してくれたようだ。かつての主の優しさが心に染みて、香蘭は頬を緩めた。


「雪寧さま!」


 香蘭の両手を握って、雪寧は愛らしい笑みを浮かべる。それから周囲に聞こえぬように声をひそめて言った。


「なんだか久しぶりだわ。雪紗宮にもたまには遊びに来てちょうだいね」

「はい、ありがとうございます」


 そう答えたが、雪紗宮を訪れる機会はなかなか得られないだろう。香蘭の仕事は妃嬪選びなので、皇帝の妹である雪寧を調査する必要はないし……もと同僚とあまり頻繁に接触していると正体がバレてしまうのではという懸念もある。


 今も、雪寧の後ろからやってきた彼女たちの眼差しを香蘭はドキドキしながら受け止めている。


「雪寧さま、待ってくださいまし」


 大股で貫録たっぷりに歩いてくるのは臓腑の丈夫さに定評のある鵬朱だ。続いて、詩清の姿も見える。


(詩清さんは妙に鼻がきくから迂闊なことは言えないですね)


「まぁ、蘭楊さま」


 詩清は穴が開くほどまじまじと香蘭の顔を見る。


「本当に……姉君である香蘭にそっくりですねぇ」

「ははっ。幼い頃からよく言われました。両親すら間違えるほどでしたから」


 内心ハラハラしていることなど、おくびにも出さずにほほ笑む。


「声もよく似ていらっしゃる」


 意識して低めに、さらに宦官らしい話し方を心がけているつもりだが香蘭の声をよく聞いていた彼女の耳をごまかすのは難しいようだ。


(では、こうしましょう)


 香蘭はクイと詩清の顎に指をかけて持ちあげる。詩清の頬が赤く染まったのを確認してから、いたずらっぽく目を細めた。


「実は香蘭なんです……と明かしたら、あなたはどんな反応を見せてくれるでしょうか」


 さらにもう一歩、詩清に詰め寄り唇が触れそうな距離でぴたりと止まる。


 きゃ~という歓声が別の女官たちからあがった。


「も、もう! おかしな冗談はやめてくださいませ」


 詩清の心臓の音がこちらにまで伝わってくるようだ。どちらかといえば冷めた性格の彼女がこんなふうにかわいらしい表情を見せてくれるとは少し意外だった。男のふりをしていると、女性がいつも以上にかわいく見える。人間の心は複雑でおもしろいものだと香蘭は感心する。


 詩清は笑って肩をすくめた。


「よく似ていますが、蘭楊さまのほうが洗練されている。やっぱり別人ですね」


 ごまかせたようだ。嘘をつくときは『自分は嘘などついていない』と言い聞かせ、信じ込む。それがコツだ。


(今の私は宦官の蘭楊。香蘭という世界で一番美しく、賢い姉がいる)


 自身の胸に手を当て、再度暗示をかけた。


 詩清はクスッと楽しそうな笑みをこぼした。


「あぁ、自信たっぷりなところも姉弟でよく似ていらっしゃいますね。香蘭は、弟さんの前で言うのもあれですけど……どっこも美女じゃないのに絶世の美女かのように振る舞うんですよ。もうおかしくて!」


 弟の前で……と前置きしたわりには遠慮がない。だが、香蘭は詩清のこういうところがとても好きだ。彼女の話に周囲もワッと盛りあがる。


「そうそう。陛下に気に入られると困るから朱雀宮には近づかないとかね、トンチンカンなことばかり言って」

「でも、なにをやらせても上手なのはすごかったわ!」

「明け方か宵闇。ぼんやりしたところだと絶世の美女に見えなくもなかったわね」


 香蘭は褒められているのか、悪口なのか判断しづらい話をニコニコと聞いている。


(やはり私は誰からも愛される定めなのですね!)


 もちろん、悪口だとは思っていないからだ。


 ふと視線を動かすと、雪寧がなにやら一生懸命に焔幽に話しかけている。彼女は兄のことが大好きだ。まっすぐに焔幽だけを見つめている。


 女嫌い……の焔幽も彼女のことは大切にしているようだ。


(麗しい兄妹愛、よいものですね)


 ほほ笑ましく眺めていたつもりだったが、香蘭の心にかすかな違和感が込みあげる。だが、その理由がいまいちはっきりしない。


(喉に小骨が刺さったような嫌な感じですね)


 この小骨は取り除きたい。香蘭はそう決意したが、じっくりと思考の海を漂う時間はなかった。

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