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四 月と太陽①

いよいよ月見の宴、妃候補たちのバトルが始まります。

 瑠璃宮から朱雀宮への帰り道。


(収穫があったようななかったような……)


 瑪瑙妃、瑠璃妃、玻璃妃、それぞれに個性的で魅力がある。が、誰か皇后向きだったかと聞かれるとやや答えづらい。


「やはり、月見の宴を待つしかないでしょうか」


 香蘭はひとりごちて、空を仰ぐ。


 妃嬪選びという大事な任務があるものの、宴そのものは楽しみでもあった。蘭朱の時代からあった伝統行事で、王都のなかでも高台に位置する千華宮から眺める月はそれはそれは美しい。


(月明りに照らされる私はさぞかし神々しいでしょうねぇ。ますます千華宮が私の後宮になってしまう。あぁ、なんて罪深いのでしょうか)


 そして迎えた月見の宴。秋の空はどこまでも高く、優しい色をしている。すっかりなじんだ宦官帽を頭にのせた香蘭は鼻をヒクヒクとさせた。


「なにしてるんだ?」


 隣を歩く焔幽に問われ、答える。


「風の匂いがすっかり秋になったなぁと」

「発言は風流だが……そうしていると、ますますモグラにそっくりだぞ」

「お褒めにあずかり、光栄です。知っていますか? モグラというのは謎の多い生物ですが、なかなかに優秀で――」


 モグラの美点を語り出した香蘭を遮り、焔幽は苦笑を漏らす。


「もういい。お前に嫌みは通じないことがよくわかった」


 言葉とは裏腹に焔幽の笑みは柔らかい。氷のように冷酷とか、仮面皇帝とか、内面については散々に言われている彼だが……実際はそんなこともない。むしろ、情にほだされやすい部類の人間だと香蘭は思った。


 現に日の大半を一緒に過ごす香蘭にすっかり情が移っている様子だ。夏飛がどれだけ無礼でも楽しそうにしているし、気を許した人間にはとことん甘くなるのだろう。


(愛情豊かな人なのに、どうしてかたくなに愛を拒むのでしょう?)


 焔幽は愛を嫌っている。いや、憎んでいるのほうが近いだろうか。その事実はわかるが理由は不明だ。気にならないといえば嘘になるが、香蘭の仕事は妃嬪選びであって焔幽の心の傷を癒やすことではない。頼まれていない仕事までする義理はないだろう。


 香蘭は彼ほど情にもろくはない。


「なんだ、人をジロジロと見て」


 言って彼はニヤリとする。さりげなく送ってよこす長し目は香蘭以外の女性なら卒倒しているかもしれない。


「俺に見惚れたか?」


 たしかに今日の彼は一段と見栄えがよい。華やかな場にふさわしい、豪奢な刺繍のほどこされた濃紫の衣。焚きしめられた上質な香が彼の色香を増幅させる。


「はい、新調された衣装がとてもよくお似合いで、美しいですよ。ですが!」


 そこで香蘭は空をさすように人差し指を立てた。


「その手の台詞は私の専売特許ですから、勝手に奪わないでくださいませ」


(この私と個性をかぶせようとするなんて、千年早いというものですわ)


 焔幽は呆気に取られて目を見開き、それから首の後ろをかいた。


「お前の容姿は別に悪くはないが、万人が見惚れるようなもんでもないぞ」

「ふふ、素直じゃないですね。容姿はなかなかよいし、俺以外の人間には見惚れさせるなと。そうおっしゃりたいわけですね」

「……意訳が過ぎるだろう」

「照れ屋さんな陛下の、無自覚の声を代弁したまでですよ」


 焔幽は存外にかわいらしく、からかって遊ぶのはなかなか楽しい。雪寧の宮も居心地がよかったが、焔幽の朱雀宮も悪くない職場だ。


(まぁ、私がどこにいても有能だという証拠ですね)


 焔幽と他愛ないおしゃべりをしながら、月見の宴の会場となる中庭に向かう。


「これは素晴らしい!」


 もう完璧に準備が整っていた。芸事を披露する舞台は花で飾られ、食事用のテーブルには上等な布がかかっており、所狭しとごちそうが並ぶ。後宮である千華宮の人間も表の行政区の人間も続々と集まってきた。


 香蘭はふと視線を感じた。といっても、隣にいるのは皇帝である焔幽なので視線を集めるのは常のことなのだが……その視線は独特の重みを持っていたのだ。とろりとした毒を含むような。


(誰?)


 香蘭は顔をあげる。が、視線の先にはあまりに多くの人がいた。有力妃嬪たちの姿もちらほら見える。青碧の衣をまとった明琳、数多の女官を引き連れている月麗。


 毒の贈り主が誰なのかは……さっぱりわからない。



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