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三 偽宦官、ハーレムを作る⑤

「こんにちは。陛下からの差し入れの菓子をお持ちしましたよ」

「ありがとうございます。ちょうど柳花さまが遊びにいらしているので、みんなでいただこうかしら」

「ぜひ、そうしてください」


 女官は香蘭から菓子を受け取った。


「本当に仲のよいご姉妹なんですね」


 香蘭は東屋に顔を向け、目を細めた。


「それはもう! 双子というのはきっと特別なんでしょうね。柳花さまはお身体の弱い桃花さまを心配して毎日のように顔を出してくださいますよ。桃花さまも妹姫が大好きで、いつも柳花さまのお話ばかり」


 彼女はふたりの生家である景家からついてきて千華宮にあがったようだ。


 年嵩の彼女にとって、ふたりは娘でもおかしくない年齢。きっとかわいくて仕方がないのであろう。


「もともと千華宮に呼ばれたのは桃花さまのほうだったんです。でも桃花さまが柳花さまも一緒でないと嫌と聞かなくて」


 ほほ笑ましい話かのように女官は語ったが、香蘭は少しの引っかかりを覚えた。


(それは、柳花さま的にはどうなのかしら)


 香蘭の疑問の答えるかのように女官が続けた。


「柳花さまも桃花さまが心配だから自分も一緒に!とお父上に直談判なさったんですよ!」


(屈辱とは……感じなかったのですね)


 香蘭は自分の嫌らしさを少しばかり恥じた。世の中には麗しい姉妹愛がしかと存在していたらしい。


「そもそも、おふたりとも皇后や三貴人の地位にあまり執着がないようで。だから仲良くしていられるのかもしれませんね」


 香蘭も前世、とくに皇后になりたかったわけでもないが流れ流されその座に座った。歴代の皇后にはそういう女も多くいるだろう。なので別に意外でもなかったのだが、一応驚いた顔を作ってみせる。


「そうなのですか?」

「えぇ。とくに桃花さまはご自分の生にさほど関心がないのですわ」

「それはお身体が弱いせいで? そんなに深刻な病なのでしょうか」


 心配そうに眉をひそめた香蘭に彼女はケラケラと明るい笑い声をあげる。


「いえいえ! 余命短いとかそのようなことはまったく!」


 彼女は香蘭に顔を寄せ、耳打ちする。


「桃花さまはものすごく変わった趣味をお持ちなのです」

「変わったご趣味?」

「ご自身でお話ししてみたらよいかと」


 彼女は含みのある笑みを浮かべたかと思うと、桃花たちの東屋に向けて声をかけた。


「みなさま! 朱雀宮から陛下のご側近の蘭楊さまがいらしてくださいましたよ」


 女官のはからいで、香蘭も茶会に交ぜてもらえることになった。


「ふふふ。朱雀宮の衛士たちはみな見目麗しく、そして仲良しなのですわ! もう眺めているだけでついついよだれが……」


 桃花は顔の前で両手を合わせ、うっとりと夢見心地につぶやいた。かと思えば、バッと香蘭の顔を見て慌てた声を出す。


「あっ、蘭楊さま。この場で聞いた話は絶対に内密に。他言無用でお願いしますわね」


(なんともかわいらしい方です)


 桃花が無邪気で言動に嫌みがない。きっと誰からも愛されるだろう。


「はい、ご心配なさらないでください。私は記憶力が悪いのですぐに忘れてしまいます」


 香蘭は平然と嘘をつく。すると、すぐに女官から突っ込みが入る。


「嘘ばっかりおっしゃって! 一度話した女官の名前は決して忘れない紳士だと評判ですわ」

「それは、この千華宮におられる皆さまが忘れられないほどに美しいからですよ」


 流し目に、きゃ~という歓声があがる。〝蘭楊〟は決して美男ではない。だが、美男っぽく振る舞うだけで女性の目にはそう映るのだ。


(美醜の判定は男性のほうが厳しいのかもしれないですねぇ。おもしろいものです)


「蘭楊さまは陛下といつもどのようなお話をされるのですか?」


 桃花は目を輝かせて、香蘭の顔をのぞく。


「朝から晩までご一緒なのですよね? 蘭楊さまは陛下直々のご指名で側近になられたとうかがいましたわ」


 桃花は陛下に興味津々。妃嬪候補としては当然の態度……のようにも思えるが、微妙なズレを香蘭は感じ取っていた。


(なるほど。これが〝変わったご趣味〟ですね)


 さきほどその情報を香蘭にもたらしてくれた女官に、ちらりと目を走らせる。


彼女はさっぱり理解できないのだと言いたげに、首を横に振って嘆いてみせた。彼女には

意味がわからないようだが、香蘭はすぐにピンときた。


 桃花はきっと、見目麗しい男性同士が仲良くしたり、いがみ合ったりするのを見るのが大好きなのだ。己の生の情熱すべてを、そこに注いでいるのであろう。


(さほど変わった趣味、というわけでもないですね。そういったご趣味の女性は、はるか昔からずーっと存在しておりますし)


「蘭楊さまが陛下のそばにいらしてから、夏飛さまはどんなご様子ですか?」

「う~ん。私は夏飛さんには嫌われているようで、あまり親しくしてもらえないんですよ」

「や、やっぱり!」


 桃花は頬を紅潮させ、そのまま自分の世界に入り込んでしまった。


「あぁ。夏飛さまのお気持ち、痛いほどにわかりますわ。それはきっと嫉妬、嫉妬の炎ですわね」


 なにやら涙ぐみながら、ブツブツとつぶやいている。


(夏飛さんのお気持ちはこれっぽっちも理解されていないので、痛みはきっと気のせいでしょうね)


 香蘭は心のなかで突っ込むが、妄想の世界の住人となっている彼女の耳にはなにを言っても届かないだろう。


(桃花さまの大好物は『三角関係』)


 妃嬪選びの役には立ちそうにない、不要な情報を仕入れてしまった。


「あぁ、陛下と蘭楊さまと夏飛さまが三人でいらっしゃるところを、なんとしてでもこの目で見たいわ!」


桃花はもう香蘭の存在に配慮することもなく、己の欲望に忠実な叫びをあげた。


「夜間にこっそりと朱雀宮付近に忍んでみましょうか」

「馬鹿なことを考えないのよ、桃花。夜風に当たったらまた体調を崩すわ」


 注意すべきところはそこではないだろうと、その場の誰もが心で思った。が、柳花は本気で姉の身体だけが心配な様子だった。


「今日のぶんの薬は間違いなく飲んだの? 薬師のところへ行く日も忘れていてはダメよ」


 こんな調子で彼女はいつも病弱な姉を心配し、手助けしているのだろう。


 なかなかに楽しい茶会だった。


 瑠璃妃と玻璃妃はともに、女官たちから慕われていることがよくわかった。


 桃花はいつもおっとりとしていて、声を荒らげるところなどは一度も見たことがないと全員が口をそろえる。「あのおかしな趣味さえ隠してくだされば、皇后にだってなれるはずですのに!」と女官たちは衣の袖を悔しそうにかみ締めた。


 妹の柳花のほうも評判はすこぶるよい。女官たちはみな主を敬愛している様子で、なかでもひとり、まるで恋をしているかのような眼差しを柳花に向けている者がいた。


(よほど柳花さまを慕っているのでしょうね)


 意志の強そうな娘だ。


 一途といえば一途。けれど、どこか危うい感じもあり、彼女は香蘭の心に強い印象を残した。


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