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三 偽宦官、ハーレムを作る①

三 偽宦官、ハーレムを作る



 瑞国皇帝である焔幽は、いつものごとく女たちの黄色い歓声を浴びていた。


「きゃ~、なんて力強い腕かしら。一度でいいから抱き締めてもらいたい!」

「私はあの眼差しが好きだわ。男らしくて……とろけてしまう」


 うっとりと、恍惚した女たちの目。それ自体は焔幽にとって見慣れた、いや見飽きたといっても過言ではないもの。が、しかし――。


「図々しいわね、あんたたち。田舎貴族の娘のくせにっ」


 彼女たちより少し位の高い別の女官が意地悪そうにフンと鼻を鳴らす。が、馬鹿にされた女たちも黙ってはいない。


「あら。蘭楊さまは出自で女を貶めたりする方ではないんですよ!」

「そうよ。自分も田舎出身だからと優しく笑ってくださったわ。この前もねーー」


(ほかの男への黄色い声を聞くのは初体験かもしれないな。あぁ、しまった。男ではないんだった。つい忘れそうになるな)


 朱雀宮から行政区へ向かう焔幽を先導する蘭楊、こと香蘭の広い背中をしげしげと眺める。


 歩き方、話し方、手振り身振り、ちょっとした視線の使い方まで、香蘭はもはや完璧に男だった。


「あ~ん。宦官さまとは思えない、男の色香がたまらないわ」

「そうなのよ! 千華宮ではまず見かけない粗野な雰囲気が魅力よね~」


 歩いて進むたびに、行く先々の女官たちが香蘭に目を奪われ頬を染める。


「生物的な男性要素は宦官より少ないはずなのだが?」


 思わずぼやいた焔幽の後ろから「ぷっ」と噴き出す声が聞こえる。後方を護衛している夏飛だろう。蘭楊の正体を知るのは、焔幽以外では雪寧とこの夏飛だけだ。


 振り返り、ギロリと彼をにらむ。しかし夏飛はものともしない。


「いやぁ、大人気ですね。陛下の側近としてあいさつをしたときは『田舎くさい』『野暮ったい』とあちこちから大不評だったのに。蘭楊さんはいったい、どんな妖術(ようじゅつ)を使ったんでしょうか」


 妖術……たしかにそうとしか考えられないほど、周囲は香蘭への評価をころりと変えた。


 焔幽は女官たちに笑顔で手を振る香蘭を見て、皮肉げに肩頬をゆがませた。


「あれは天性の人たらしだな」


 一度でもあいさつをすれば、次からは必ず名前を呼びかける。故郷のこと、家族のこと、どんな仕事をして、なにに不満を抱いているか。香蘭はそれらを瞬時に頭に叩き込み、相手が聞いてほしい話題を的確に振る。


「おや、今日は髪をおろしているんですね? 昨日のまとめ髪もよく似合っていたけれど、今日の髪型はより素敵です」

「えぇ、昨日はお話したりはしなかったでしょう? どうして?」


 香蘭に声をかけられた女官は驚きに目を丸くする。


「朝、大変な外仕事をひとりで懸命にがんばっていましたよね。汗を流す姿が本当に美しかったので脳裏に刻まれました」


 誠実で優しい笑みを香蘭は彼女に向ける。その笑顔だけで彼女は感極まって涙ぐむ。


「み、見ていてくださったんですね。先輩たちに押しつけられてしまって……でも、蘭楊さまがそんなふうに言ってくださるのなら、がんばった甲斐もありました」


(また、意味もなく女官をたらし込んで……)


 焔幽は小さくため息を落とす。が、実際には〝意味がある〟ことを彼は理解している。


 この女官は明日からも理不尽な目にあっても腐ることなく仕事に励むだろう。そういう女官が増えるのは千華宮にとって意味のあることだ。


 さらに、香蘭は今の会話でこの女官の職場は人間関係がうまくいっていないことを知った。どこの妃嬪の宮かを確認して、彼女の人材管理能力に三角をつけるのだろう。


 香蘭はもう、妃嬪選びという自分に与えられた任務を遂行している。


「しかし、いったいどんな脳の構造をしているんでしょう!」


 夏飛は目を白黒させている。


「これだけの膨大な数の女官が、どんな服でどんな髪型だったか、すべて把握してるんでしょうか。だとしたら化物じみてませんか?」


 夏飛は尊敬を通りこして空恐ろしいという顔で、自身の二の腕をさすった。


「いや。あいつは鼻がきくんだろう。独自の嗅覚で今、重要な人間を見極めているんだ」

「それ、より恐ろしいですよ……」


 焔幽はゆったりとした仕草で自身の顎を撫でた。


(たしかに。予想していた以上の逸材だったかもしれないな)


「このままだと、千華宮を乗っ取られてしまうかもしれませんよ~。焔幽さまも女たちに少しは飴を配らないと」


 夏飛の発言はもっともで、焔幽は苦笑するしかない。どれだけ熱をあげても一瞥すらもくれない焔幽より、たっぷりと飴をくれる香蘭のほうが崇める偶像としては楽しいだろう。女官たちの心情は十分に理解できる。


 それに、飴を喜ぶのはなにも女だけではない。権力欲が強く、妃嬪たちに負けず劣らずの足の引っ張り合いが常である宦官たちの懐にも彼女はするりと入り込んでいた。


 焔幽の唇が楽しげに弧を描く。


「いっそ俺に代わって、国を統べてくれないだろうか」

「……なに寝ぼけたことを言ってるんですか」

「冗談だ、冗談」

「そんなことはわかっていますよ!」



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