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二 モグラ、偽宦官になる①

第二章に入ります!

二 モグラ、偽宦官になる



 千華宮に来てひと月と少し。香蘭はいまだかつてない窮地におちいっていた。彼女の職場である雪紗宮も阿鼻叫喚の様相を呈している。


「ほ、本当に本当に『香蘭』とおっしゃったのですか?」

「き、聞き間違いではなく?」


 目玉をひんむいた女官たちの質問に、雪寧はおっとりとうなずいた。


「えぇ。間違いなく『香蘭を寄こすように』とおっしゃいましたよ、陛下は」


 うえぇぇ~と、言葉にならない悲鳴があちこちからあがる。


「皇帝陛下が、香蘭に、朱雀宮に来るよう命じた。間違いないんですね?」


 ひとつひとつ確かめるように詩清が雪寧に聞く。


「えぇ、そうよ」


 詩清と女官たちは互いに顔を見合せ、一様に首をひねった。


「女官に陛下のお手がつくのは、ないってこともないわよね?」

「そうね。たいがいは有力妃嬪のそば仕えとかの上級女官だけど」

「もしくはやってきた瞬間に話題をさらう絶世の美女とか!」

「そんな逸話、あの伝説の貴蘭朱さまくらいしか聞かないわよ」


 女官たちはすっかり青ざめている香蘭を一瞥し、またまた首をひねる。


「香蘭って実は有力な貴族の娘なの?」


 雪紗宮の人事を担当している者が即座に首を横に振る。


「ううん。都から遠く離れた田舎の、聞いたことのない下級貴族だったわよ」

「じゃあ、私の目が悪くなっていて……香蘭って本当は美女?」


 全員が声をそろえて答える。


「ううん、モグラにそっくりよ!」


 詩清がズイと身を乗り出し、訳知り顔で口を開く。


「こうなると結論はひとつしかないわね」

「どういう結論になるのよ?」


 みなが固唾をのんで詩清の言葉を待つ。


「……新しい陛下はとんでもなく変わった女の趣味なのよ。ほら、これでどの妃嬪にもお渡りがなかった謎も一挙に解けたわ」

「たしかに。なにひとつとして欠点のない、皇后の座にもっとも近いとされる翡翠妃さまですら待ちぼうけって話だものね」

「そう。翡翠妃さまは美しすぎたんだわ、モグラがお好みの陛下にとっては!」


 名探偵詩清の謎解きに、みなが「おぉ~」と感心したようにうなずく。


「ちょっと、みんな。香蘭に失礼が過ぎると思うわ」


 雪寧が注意をするが、当の本人の耳には周囲の声など聞こえていなかった。


(どうしましょう。まずいことになりました。私の肌に触れたが最後、殿方はみな正気を失ってしまうというのに!)


「焔幽が所望したのは本当に香蘭なのか?」とみなは疑っているが、香蘭自身はいっさい疑問に思ってはいない。むしろ、ついに来るべきときが来てしまったと頭を抱えていた。


(生まれ変わってようやく手に入れた穏やかな日々。手放してなるものですか!)


「香蘭、真っ青だけど大丈夫? もしかして私、困ったお願いごとをしてしまったかしら」


 雪寧が申し訳なさそうに眉尻をさげる。


「大丈夫ですよ、雪寧さま。まさか自分にお声がかかるとは思っていなくて、香蘭もびっくりしているんでしょう」


 詩清が言えば、みんなも口々にしゃべり出す。


「本当よね。香蘭よりはまだ私のほうが納得できるわよね」

「え~、あんたと香蘭はどっこいでしょ。顔はともかく身体ならこの宮では私が……」

「ここは花街じゃないのよ。当代の陛下にお仕えするなら、この私の教養が!」


 これまで散々底辺だと自分たちを卑下していた彼女たちだが、まさかの同僚、それも決して美女とは言えぬ香蘭が指名されたことで妙な自信が湧いたようだ。


「陛下の趣味はよくわからないけど大出世じゃない、香蘭!」


 詩清はにこやかに香蘭の背を叩く。


「もし宮持ちの妃にでもなれたら、上等な衣の一枚くらい恵んでね」

「私は西大陸の砂糖菓子がいいわ。一年分、頼んだわよ」


 詩清はほんの軽口のつもりだろうが、食いしん坊の鵬朱は目が本気だ。


 雪寧が心配そうに香蘭の顔をのぞく。


「じゃあ、お願いして大丈夫かしら。陛下からどうしてもと懇願されてしまって、私としても少し断りづらくもあって」

「えぇ。なんの問題ございません。どうかご安心なさってくださいませ、雪寧さま」


(あわわ、私の口ってばなにを勝手に!)


香蘭はとにかく職務には忠実だった。


 前世は完璧な皇后、今世は完璧な下級女官、仕事は不備なく完遂せねば気が済まない質なのだ。

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