黒服部隊のカレン
時刻は少し戻る。
「――さんにーいちゼロ」
紳士が抱えていた箱が爆発した。
閃光と爆音。
非殺傷目的の対人爆弾である。
同時に、複数の人影が部屋になだれ込んできた。
明らかに戦闘の専門家の動きであった。
黒服部隊のカレンが顔を上げたときには、すでにエリザベス様に変装したマキナと、第三王女様に変装したリリカが連れ去られた後だった。
カレンの容姿は、赤い髪をお団子にまとめたメイド服姿である。
鋭い目つきとアスリートのような均整の取れた体格は、日頃の戦闘訓練の成果である。
カレンが周囲を確認すると、メイド服を着た第三王女様は、近くにいたメイド達に庇われており、無事だった。
カレンは、マキナ達を救出するために駆け出した。
だが、控え室のドアを通過しようとしたとき、ドアの死角に人の気配があった。
咄嗟にしゃがむと、カレンの赤い髪を掠めて棒状の武器が通過した。
「おやおや? 勘が良いですね」
ステッキを剣のように構えた、シルクハットを被った紳士がいた。
「そこをどきなさい!」
カレンは、メイド服に忍ばせたナイフとフォークをまとめて投擲した。
紳士は、ステッキを巧みに振って全てのナイフとフォークを叩き落とした。
常人にできる動きでは無い。
剣の達人のみが可能な絶技だった。
次にカレンが投げ付けたのは、白い卵だった。
紳士が反射的に撃ち落とすと、卵の殻が破裂して白い粉のようなものが宙に舞った。
「ちっ、なんだこれは?」
紳士は、甘い香りのする粉塵を嫌って後退した。
ちなみに、白い粉の正体は小麦粉である。
そのほかに、適量の砂糖とベーキングパウダーが入っている。
カレンは紳士を追って廊下に飛び出した。
そこでカレンが見たものは、廊下に一列に並んだ円筒形だった。
「いつの間にこんな物を?」
小銃と言うには太すぎるが、大砲と呼ぶには細すぎた。
紳士は、円筒の後部から伸びる導火線に着火した。
「さぁ、踊れ!」
カレンの背筋が冷たくなった。
円筒が火を噴く直前に、カレンは壁を蹴って控室に飛び込んだ。
火薬の破裂音が連続した。
廊下を横切って火花が途切れることなく射出される光景が見えた。
だが、しばらくすると破裂音は止み、青白い煙と、火薬臭い空気だけが漂っていた。
カレンが慎重に廊下を覗くと、廊下に一列に並んだ円筒形だけが残されていた。
礼服を着てシルクハットを被った紳士の姿はどこにも無い。
カレンは、かすかに青白い煙をあげる円筒を観察した。
「これは、花火じゃない!」
カレンは、花火が仕込まれていた円い筒を蹴り飛ばした。
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公爵家に割り当てられた控室に向かうと、廊下の途中でカレンが悔しがっていた。
「どうしたのカレン?」
彼女に怪我は無いようだったが、廊下全体が火薬臭い。
「あっ、あなた達無事だったの?」
カレンが駆け寄ってきた。
そして、深紅いドレスに白い仮面を付けた女性を見て固まった。
「ど、どうしてロベリア様がここに?」
すると、リリカが飛び出してきてドヤ顔で説明した。
「私たちの危機を察したエリザベス様が、ロベリア様にお願いしてくれたのです!」
私たちの声を聞いて、メイド仲間たちも控室から顔を覗かせた。
全員元気そうで、大きな怪我は無いようだった。
第三王女様だけは、突然現われた白い仮面を付けた女性を見て不思議そうな顔をしていた。
真実は話せないのであとで上手く説明しておこう。
「私たちが拉致された後に、何があったの?」
「すぐに追いかけようとしたけれど、あの胡散くさい紳士に邪魔された」
そう言って、カレンがまた悔しがった。
話を聞くと、まったく歯が立たずに時間稼ぎに付き合わされたらしい。
「まぁ、誰も怪我が無くて良かったわ」
ロベリア様の言うとおりなので、全員頷いた。
「この件は、国の専門機関に引き継いで調査してもらうことにするわ。みんな良く頑張ったわね。私たちはこれで撤収します!」
私は、あらかじめロベリア様と打合せておいたセリフを発言した。
「あっ、もちろん第三王女様も公爵家に一緒に来てもらいますからね」
「はい。よろしくお願いします」
こうして、この日の騒動は終了した。