深紅いドレスの女性
本当の手詰まりである。
一体どこで間違えたのだろうか?
もう、逆転の機会は無いのかと、絶望しかけたそのとき。
「あなたたち、嫌がる女性を連れて、どこに行くつもりですか?」
聞き覚えのある女性の声が聞こえた。
振り返ると、目元を白い仮面で隠した女性が立っていた。
風に緩やかになびく長い髪は太陽のような金色。
深紅い薔薇のようなドレスを着て、優雅かつ上品な立ち姿だった。
「そこをどけ!」
先頭の男が、問答無用とばかりに女性に襲い掛かった。
おそらく、その体重差は二倍以上。
だが、深紅いドレスの女性は動じることなく呟いた。
「無粋な人」
レースの装飾の付いた扇子を振ると、突風が生じて屈強な男を吹き飛ばした。
その様子を見てリリカは行動を開始した。
リリカは、無抵抗な少女を装っていたが、その前髪の隙間から覗き見える瞳は、冷静に逆転の機会を探していたのだった。
突風に吹き飛ばされて転倒した仲間の姿を見て、屈強な男たちに動揺が生じた。
リリカは、その隙を付いて男の腕から抜け出した。
コマのように回転して、男の膝裏を蹴り飛ばした。
思いがけない反撃に男は片膝を付いた。
リリカの回転は止まらない。
さらに加速した回し蹴りを男の側頭部に叩き込んだ。
あっと言う間の出来事だった。
蹴られた男は地面に倒れこんだまま、ぴくりとも動かない。
リリカが次に襲い掛かったのは、私を抱えたもう一人の男である。
女性ひとりを片手で抱えているために、リリカの襲撃速度に対応できない。
リリカは、男の無防備なわき腹に、肘打ちをぶち込んだ。
小柄な女性の打撃だが、リリカの速度に全体重を固い肘の一点に乗せた一撃である。
その男は、うめき声をあげて崩れ落ちた。
私は、腕の力がゆるんだ隙をついて抜け出した。
リリカと一緒に、距離をとる。
すると、男たちの周囲を取り囲むように光の円が発生した。
深紅いドレスの女性の魔術である。
「さぁ、お仕置きの時間よ」
男たちが、我先に逃げ出す素振りを見せたが、すでに遅い。
まるで襲撃者たちを断罪するかように扇子を振り下ろすと、光の円の中に眩い電撃が発生した。
そして、光が消えた後には、イオン化して金臭い空気の香りと、気を失った男たちが倒れていた。
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私とリリカは、深紅いドレスの女性に駆け寄った。
「助けていただき、ありがとうございました。ロベリア様」
二人そろって頭を下げると、その女性は微笑んだ。
「危ないところだったわね。でも、間に合ってよかったわ」
「でも、どうしてロベリア様が舞踏会の会場にいるのですか?」
ロベリア様は、この国に三人しかいない、希少かつ貴重な魔法使いである。
普段は王立時計台で魔術の研究に取り組んでおり、滅多なことで外には出てこない。
「エリザベス様から、緊急の依頼があったからよ。『嫌な予感』が止まらないってね。あなたたちは、ずいぶんと大事にされているらしいわね」
私は、感激して涙ぐんだ。
「エリザベス様、ありがとうございます」
リリカも同じように感涙していた。
そこで私は、大事なことに気が付いた。
そうだ、控室に残った仲間たちはどうなったのだろうか。
それに、第三王女様の身柄が心配だ。
「今すぐ公爵家の控室に行きましょう!」
私たちは、気絶した男たちを会場の職員達に任せて、公爵家の控室に向かった。