偽の王女さま
本当は、心臓がばくばくしているけれど、公の場でエリザベス様が無様な姿を晒すはずが無い。
私は、胸を張ってゆっくりと騒動の現場に近づいた。
騒動の中心は、痩せた紳士と、不安げに立ち尽くす隣国の銀髪褐色肌の第三王女様だった。
痩せた紳士は、留学生として我が国に在学していた第三王女様が偽物であると公表し、スパイであると主張している。
第三王女様が言い逃れできない状況で、自分の手柄を多数の人々に見せつけたいのだろう。
そうでなければ、わざわざ国の重鎮や上級貴族たちが集まる舞踏会で公表する理由が無い。
だが、その行為は隣国との関係を悪化させるだけで、我が国には何の利益ももたらさない。
私の役割は、エリザベス様が予言された『悪い予感』の被害を最小限に抑えること。
そのためには、『第三王女が隣国のスパイである』という主張を覆す必要がある。
「あらためて問いましょう。どうして第三王女様をスパイだと断じたのですか?」
「証拠はこの手紙だ。ここに我が国の機密情報が事細かに記載されている」
痩せた紳士は、自信満々に嫌らしく笑った。
「その手紙が、彼女の書いたものだという証拠はあるのですか?」
「この封印に押されたしるしは、間違くなく隣国アストレア王家の紋章。これが何よりの証拠となる!」
王家の紋章の偽造は重罪である。
万一、紋章が偽物ならば、ここにいる第三王女様は隣国のスパイとして投獄される。
「なるほど。状況証拠は、明らかに彼女が本国でスパイ行為を働いていたことを示していますね」
「納得していただけましたか? お嬢様」
痩せた紳士は勝ち誇り、可憐な第三王女様は青くなって震えていた。
「えぇ、とても興味深いお話だわ。では、彼女が偽物だと言う証拠はどこにあるのでしょうか?」
「本物の第三王女は、今も隣国の別荘に滞在している。おおかた勉強が嫌になって逃げ出したのだろう。それに、王女自ら危険を犯してスパイ行為を働くはずが無い。そんな事は常識じゃないか」
「あらあら? その情報は、あなたの推測が多すぎて証拠というには確度が低いですわ」
よし、あの紳士の弱点を見つけたわ。
物的証拠が何も無い。
ここを強引に論破すれば、有耶無耶にできるはずだわ。
「だが、そこにいる本人が『自分が偽物である』と認めているのだ」
「は? 本当なの?」
ど、どうして自白しちゃったの王女さま?
黙っていれば、いくらでも言い逃れできたのに。
「はい。わたくしは、第三王女ではありません。本当は、ただの王女様の専属メイドなのです」
その声は不安げに震えていたが、確かに彼女は偽物であると自白した。
あぁ、偽の第三王女様。
その正体が、私と同じ専属メイドだったなんて。
あなたも、苦労しているのね。
痩せた紳士は、ここぞとばかりに声高に勝ち誇った。
「おわかり頂けたかな? 何も知らないお嬢様!」
えぇ。あなたのおかげで、偽の第三王女様は誠実すぎてまったくスパイに向いていないと確信しましたわ。
痩せた紳士が得意げに笑っている。
気に入らないわ。
あなたは、公の場で可憐で誠実な第三王女様(偽)を断罪し傷つけた。
そして、なによりも許せないのは。
あなたは今、私と私のご主人であるエリザベス様を明らかに侮りましたわね?
私は、偽物の第三王女様に歩み寄って手を取った。
背筋を伸ばし、扇子の先を痩せた紳士に突き付けた。
「いいえ、何も知らないのはあなたの方。私が真実を教えてあげるわ!」