舞踏会には行きたくない
準備に時間がかかり、舞踏会の開場時間に十分以上も遅刻した。
本当は、舞踏会に行きたくは無いのだけれど、これ以上遅れるとエリザベス様の品位に傷がつく。
『私はお嬢様、私はお嬢様』と、唱えながら、できるだけ速足で廊下を進む。
公爵家の令嬢らしく高貴かつ優雅に見えるように会場に近づくと、会場係の職員が微笑んでドアを開けてくれた。
ちょっと待って。
まだ心の準備が!
目線だけで礼をして、目立たないように入場すると会場が静まり返っていた。
あれ?
これなんの時間?
おそるおそる周囲を見回すと、金髪碧眼の美貌の男性が足早に近づいてきた。
お嬢様の婚約者、エドワード第二王子である。
これはマズい。
私が偽物だとばれてしまう。
「おぉ、エリザベス嬢。来てくれて良かった」
「ご心配いただきありがとうございます。エドワード王子」
さり気なく、扇子で口元を隠して返答する。
だが、エドワード王子にじっと見つめられた。
あれ? どこかおかしいところがありましたか?
「今日のドレスもとてもお似合いです」
「エドワード王子の衣装も素敵ですわ」
良かった、バレなかった。
でも、王子さま。婚約者を偽物と見抜けないのはどうかと思います!
これは、公爵家の総力を上げて、私をエリザベス様に変身させてくれたおかげでもある。
ダサいメイドの三つ編みをほどいて執拗にブラッシング。
ウィッグで髪を増量して最近流行の髪型に整えた。
さらに、変装の域に昇華された化粧技術によって、もはや別人と言える容姿に変身した。
「今、何が起こってますの?」
さりげなく周囲を見回すと、耳元でエドワード王子が囁いた。
「それが、大変な事件が起こったんだ」
「事件?」
早速、お嬢様の『悪い予感』が当たったようね。
でも、舞踏会でのトラブルの発生は想定内。
問題は、どのような事件が起こったのか。
それを確認しておく必要があるわ。
「一体、どういうことですの?」
「たった今、隣国から留学生として我が国に在学していた第三王女が偽物だと判明したんだ」
「えぇっ? 偽物?」
一瞬、ヒヤリとした。
自分の変装が見破られたのかと勘違いした。
婉曲的な糾弾の表現かと思ったが、エドワード王子に私を糾弾するような様子は見られなかった。
「やっぱり驚くよね? そんなことを公の場で発表してしまったら両国の関係に傷が付くだけだ。戦争派の老人達は喜ぶだろうけれど、現状は誰も得をしない状態だよ」
「それで、みんなが様子を伺っているのね」
「あの偽物の第三王女は隣国のスパイの可能性がある。最悪、身分詐称、機密情報の違法取得罪などで死刑だろうね」
「し、死刑? (私も身分詐称で掴まっちゃうの?) そんなのひどいですわ!」
ショッキングな単語の羅列に演技を忘れ、少しだけ元の自分に戻ってしまった。
いけない、立て直さなければ。
でも、次のエドワード王子の発言だけは、どうしても聞き逃せなかった。
「おいおい、どうしたんだい? いつもの君なら、すぐに断罪追放だとか言い出すじゃないか」
「は? なんですって?」
(お前、お嬢様をなんだと思ってますの? ぶっ転がしますわよ!)
公の場で、エドワード王子に向かって暴言を吐きそうになった。
精一杯笑顔を作って自制をしたら、逆に王子は顔色を青くして震えあがった。
「あっ! も、もちろん冗談だよ。場を和ませようとしたジョークだよ(こっわ、今日は雰囲気が違うから別人かと思ったけど、やっぱり本人だったよ。こっわ)」
「あ、あら、冗談でしたの? 相変わらずエドワード王子は面白いですわ(あぶない、あぶない。私が偽物だとバレるところでしたわ)」
ここでふと考えた。
こんなとき、エリザベス様なら、どうしていただろうか?と。
私は、孤立無援の第三王女様の断罪追放劇を黙って見守るべきかしら?
いえ、こんなときエリザベス様ならこう言うわ。
「お待ちください皆さま。彼女は隣国のスパイなどではありませんわ!」
会場に、エリザベス様になりきった、私の声が響き渡った。
私は『エリザベス様だったらこんな美味しい事件を見逃すはずが無い』と確信していた。