プロローグ
ここは異世界。
中世の西洋によく似た、ファンタジーな世界。
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広大な敷地に、お城のような豪邸が建っている。
王国の三大公爵家のひとつ、フランベルジュ公爵家の邸宅である。
今日は、国の重鎮や上級貴族たちが集まる舞踏会の開催日。
私は、舞踏会の準備のため、公爵家のご令嬢エリザベス・フランベルジュ様の私室を訪れた。
私の名前は、マキナ。
おはようからおやすみまで陰からエリザベス様を支える専属メイドの一人である。
メイド服として支給されている黒い仕事着を着用して、金髪を三つ編みに結っている。
「お嬢様、そろそろお時間でございます」
お声をかけると、長い金髪の女性が振り返った。
青い瞳は意思の強さを感じさせ、その立ち姿は凛々しくも美しい。
私は、貧しい教会の孤児院で育った。
そのような私を身近に置いて下さるお嬢様の度量の広さには、いつも感謝の念が堪えません。
敬愛の念を込めて、うっとりと眺めていると、お嬢様と目が合った。
「マキナ。あなた、私の変装をして舞踏会に出席しなさい」
「は?」
青天の霹靂だった。
美しくも独裁的な私のご主人であるエリザベス様が、よりにもよって開催当日に舞踏会に行きたくないと言い出した。
「お嬢様は、気高く高貴な公爵家のご令嬢。私が代わりをお勤めするなど恐れ多くてできません」
私のささやかな抵抗は、お嬢様の一言で遮られた。
「今日は、なんだか気が進まないのよね。嫌な予感がするわ」
その発言は、単なる気まぐれ、わがままでは無い。
お嬢様の『嫌な予感』はよく当たる。
些細な嫌がらせから、暗殺まがいの事件の発生まで、何度となく回避していた。
その的中率は未来予測めいていて、あらかじめ予測された危機ならば、その被害を最小限に食い止めることができる。
裏返せば、お嬢様の『悪い予感』は、公爵家にとって大きな転機となっていた。
ゆえに、『そんな場所に私を送り出さないで下さい。私がひどい目に合ったらどうするんですか!』などと言えるはずもなく。
「あなたの才能を眠らせておくのは勿体ないわ。こんなときに役に立たずにどうするの?」
と、言われてしまえば頷くしかなかった。
(でもそれ、メイドの仕事では無いと思います)
「あら? 何か言ったかしら?」
「いいえ、お嬢様の仰せのままに」
あぁ、お嬢様。本当に私の変装で良いのですか?
私は、地味で目立たず出しゃばらない事が得意な女ですよ。