良弓は張りがたし
「秘書よ、今年の地球派遣参加者は今年も十名なのか」
「はい、それがですね、今年は十名の予定でしたが……、実は一名が不参加の返答なんです」
秘書は額から流れ落ちる汗を拭いながら答えた。
「不参加だと。それはどういうことだ」
「も、申し訳ありません」
秘書は腰を直角に折った。
「どういうことか訊いておるんだ」
「それがですね、理由がよくわからないものでして」
「理由がわからないだと。何、呑気なことを言っている。地球への派遣は誰もが憧れる研修だぞ。すぐに理由を調べろ。この研修を断るなんてことは前代未聞だし、わしは認めとらんぞ」
「は、はい、早急に」
秘書は踵を返しその場を離れようとした。
「逃げるな、話はまだ終わっとらん」
王様が秘書の背中に向けて怒鳴った。秘書はビクッと背筋を伸ばした。
「は、はい」秘書は王様の方に恐る恐る振り返った。王様がギロりと睨んでいた。秘書はまた背筋を伸ばした。
「地球派遣はわしの長年の夢だった。そして、その夢がやっと叶って、毎年研修生を送り込めるようになった。みんな喜んでくれて、派遣希望者が後を絶たない。そうだろ」
「さようでございます」
「研修から帰ってきたら、地位も収入も大幅にアップする。それなのに何故断る奴がいる。しっかり調べておけ」
「申し訳ありません。すぐに調査いたします」
「マスコミは地球派遣の素晴らしさや派遣から帰ってきてからの好遇をしっかり伝えているのか」
「はい、マスコミもしっかり伝えてくれてます。地球は美しい星で、食べ物は美味しいし、景色が綺麗で、地球人は勤勉で思いやりがある。そんな素晴らしい環境下での研修が受けられて、このイイナリ星に帰ってきてからは、王様直属の職に就き、安定した生活が送れる。そんな内容で伝えてくれております。現に今回選ばれた他の九名は光栄に感じているようで、お礼の手紙が届いております」
「わしは、その手紙を見ていないぞ」
「申し訳ありません。十名分揃い次第、お持ちする予定にしておりましたが、一名が、そういう状況でしたもので、……」
「わしは、みんなに地球派遣に行って地球の素晴らしさを肌で感じてもらいたんだ。そして、この星を地球のような素晴らしい星にする為に、わしに協力してほしいんだ。秘書よお前も地球派遣に行ってよかっただろ」
「はい、私も地球派遣に参加させて頂いたことを、有り難く光栄に思っております。そのおかげで今の私があります。国王のお考えは本当に素晴らしいです」
「王様、不参加で提出した者がわかりました」
「そうか、そのバカはどこのどいつだ?」
王様が厳しい視線で秘書を睨んだ。
「あ、は、はい。不参加で提出した者は『リョウキュウ』という女性のようです」
「女か、女の派遣ははじめてだな。やっぱり女はダメだな。なぜ、今回女を選んだんだ?」
「実はですね、地球では、女性の活躍が目立っており、女性の方が優秀だという情報が入ってきておりまして」
「地球では女が活躍して優秀だと」
「は、はい、地球からの情報ですが」
「女はダメだ。優秀すぎるんだ」
「優秀すぎる、ですか?」
「いや、まあいい。とりあえずすぐに『リョウキュウ』をここに呼べ」
「リョウキュウさん、ご足労いただき有難うございます。本日、お呼びだてしたのは、地球派遣をお断りした件なんですが」
「ああ、その件ですか」
リョウキュウは面倒臭そうに後頭部を掻いた。
「どうして参加されないのか、その理由をお聞かせいただけませんか?」
「地球派遣の参加は任意でしたよね」
「一応はそうです。参加は任意ではありますが、これまで全員が参加しており、不参加の返答が始めてなものでしたので、一体どういう理由で不参加なのかをお聞かせ頂ければと思いまして」
「わたしは、このイイナリ星をもっと素晴らしい星にしたいと思っています」
「ほほぅ、良い心がけだ。その為にも地球派遣に参加してほしいんだ」
秘書の隣でソファにふんぞり返っていた王様が身を乗り出した。
「王様のおっしゃる通りです。あなたがこの星をよくしたいと思ってくださっているなら、ぜひ地球派遣に参加していただけませんか?」
「地球派遣に行く時間がもったいないのです。そんな時間があれば、この星に残って、いろんな改革に取り組み、皆が住みやすい平和で楽しい星にしたいのです」
「地球派遣に行くことで、『私の星』を、君が言うような、素晴らしい星にするヒントが見えてくるはずだ」
「王様、『私の星』ではなく『私たちの星』です」
「なんだと」
王様がリョウキュウにきつい視線を向けた。
「リョウキュウさん、地球派遣は選ばれし者しか参加出来ないのです、私どもで優秀な人材だと判断した者に、今後、この星を地球のような豊かな星にしてほしいと思い、派遣しているのです。あなたは選ばれた人です。それも女性では初です。すごく名誉なことですよ」
「わたしなりに地球について調べてみましたが、マスコミが報道しているほど良い星ではないというのが、わたしの印象です。戦争やテロが各地で起こり、妬みや憎しみの多い星です。マスコミの情報を鵜呑みにするのは危険です」
「確かに、地球は君の言うような一面もある。それは我々も理解している。しかし、地球はたくさんの国に別れていて、我々が派遣しているのは『NIPON』 と言う国だ。おもてなしの心のある地球の中でも平和で美しい国だ。私はその『NIPON』 のような国を目指しているのだ」
「『NIPON』 ですか」
「そう『NIPON』だ」
「わたしの周りにも、地球派遣に参加した人が多くいます。わたしの父や兄もそうです。しかし、その人たちが派遣から帰ってきて、この星を良くしようとしているかと言えば、そうではありません。平和ボケして、腑抜けになって帰ってきた印象を受けます。派遣に行くまでは、この星を素晴らしい星にしようと志を持っていたのですが、帰ってきてからは、自分の地位や収入を守る事だけ考えるようになってしまっています」
「私も地球派遣に参加した者です。あなたの言うような事は決してありません。『NIPON』で、多くの事を学び、幸せを実感して帰ってきました」
「とにかく、わたしは参加いたしません。この星に残って、この星に住む人達にとって住みやすい星にします」
「女王よ、やっかいな奴が現れたぞ」
「やっかいな奴ですか?」
「そう。わしに反旗を翻す奴だ」
「あらー、大変。この星にまだそんな奴がいるんですか。あなたが今日機嫌が悪いのはそれだったんですか」
「優秀な人材は、一つ間違えれば、わしに反旗を翻す。地球派遣の目的は、そうした優秀な人材をイエスマンの腑抜けにしてしまう事だ。そして、わしの命令通りに働く優秀な家来にしてしまうことなのだ」
「あなたの考えは、素晴らしいですわ。そのおかげで、この星は永遠に、あたしとあなたの物ですもの。邪魔する者はいませんわ」
「しかし、邪魔しようとする女が現れたんだ」
「まぁ、それはやっかいねぇ。大体、女の方がやっかいよ。男は単純だから地位やお金で心が動くのよ。でもねぇ、女はそんな単純じゃない」
「今から法律を変えて、地球派遣の参加を義務にするしかないな。それと期間もこれまでの一年間ではなく、しっかり腑抜けになったのを確認してからこの星に戻すようにしよう。あいつを今のままこの星に置いておくことは危険だ」
「リョウキュウさん、まずはこの『NIPON』を変えるのですか」
「そうよ、まずこの『NIPON』を変えないと、ここに研修にくるわたしたちの仲間は、みんな平和ボケしてダメになるわ。そしてイイナリ星に返って王様の言いなりになってしまう。そうならないために、この『NIPON』をわたしたちで変えましょう」